オレの先生
コン、コンコン…
ドアをノックする乾いた音に海馬瀬人は読んでいたハードカバーから目をあげた。
独特なドアの叩き方で直ぐに訪問者の顔が浮かんできた。
「入れ」
素っ気無く一言。するとドアは遠慮がちに開き、おずおずと遊戯が入ってきた。
「よう」
軽く片手をあげて作り笑顔を海馬に向ける。海馬は内心ほくそ笑んでいたが、あえてここは無表情を保ったまま重たい本をガラステーブルに置いた。
「そんな所で固まってないでさっさと来い」
のっけから命令口調に流石の遊戯もムッとしたが覚悟を決めて海馬の元まで足早に近づいたものの印象的な瞳は伏せられたままだ。
遊戯と大好きな相棒の身体が分れて三ヶ月あまり。
高校に通い始めて最初のテストが近いのだ。杏子や獏良が協力してくれていたが彼らだって自分の勉強がある。そこで彼の相棒の計らいで海馬瀬人に協力してもらうことにしたのだ。
「数学と物理は問題ないようだな」
とりあえず海馬の持っていた以前のテストの問題をさせてみたのだが…。「その代わり国語と英語が最悪だ」
じろりと机に突っ伏している遊戯を見る。
「おい、起きろ。これからが本番だ」
「疲れたぜ」
「ちなみに遊戯。以後、俺のことは海馬先生と呼ぶように」
眼鏡の奥の蒼い瞳がキラリと光る。
「はっ…?何でだよ」
途端に引きつる遊戯の頬をむにゅっと抓って
「Yugi!repeat after me 海馬先生」
「うぅ〜海馬せんせい」
「That's right」
嫌みったらしく英語使いやがって。
そしてそれが様になっていやがる…。
「とにかく今日は英語を集中的にやる」
いやにやる気の海馬が少々、気になりはしたが遊戯も頷いた。
「分ったぜ」
しばらくは海馬は本気で先生になりきり遊戯も努力した。だが2時間もすればいい加減に飽きてくる。海馬は欠伸をかみ殺した。
メイドが持ってきてくれた紅茶も冷めてしまっている。
遊戯の褒めるべきところはその我慢強さと根気づよさ。そして集中力だ。
「海馬…先生これは?」
「ん…それは前置詞の後ろは動名詞だけだ。『彼女はさよならも言わず出発した』はShe left without saying good-bye.になる。」
「なるほど…難しいぜ」
ちなみに中1レベルの英語である。
「…遊戯」
耳元で囁くように呼んでやると彼は擽ったそうに首を竦めたが目線は参考書から外れない。
「なんだよ」
「頭の運動と身体の運動は交互に行った方がより効率よく頭に入る」
そうきたか…。
海馬の指は太股目指して伸ばされたが遊戯に無情にも叩き落される。
「オレは勉強しにきたんだぜ!」
「これも勉強の一つだ」
「そんなわけあるか!」
どんな理屈だ!と憤慨したが海馬は涼しい顔を崩さない。否、それどころか微妙に微笑んでさえいる。
「クク、遊戯。授業には保健体育なるものがある」
「ほけん?」
「そうだ。人間はなぜ生まれたのか。どこから生まれ、どこへ行くのか…。それを講義するのが保健体育だ」
「どこから生まれ…どこに行くのか…」
遊戯がこういった話をすれば食いついてくるのは百も二百も承知している海馬である。もう一息といったところか。
「遊戯。性の営みは正に人間の神秘なのだ」
「海馬…」
海馬は遊戯の肩を掴むと強引にこちらを向かせ真正面から紅い瞳を覗き込む。
思わず、彼は持っていたシャープペンを指から滑らせてしまった。
海馬の蒼く深い瞳に囚われるともう抜け出せない。
「何千、何万という精子がただ一つの細胞目指し激流をのぼる。その神秘を… 味わいたくはないか」
「かいば…」
首を少し傾げて微笑んでやる。
「海馬先生だろ?武藤くん」
優しい声音に遊戯は思わず背筋がぞくりと粟だった。
「かいばせんせい…」
はい、引っかかりました・・・。
海馬は心内の高笑いを何とか気力と精神力で押さえ込み自分の膝に遊戯を抱え上げると細い顎を片手で捉えた。
「武藤くん。先生と一緒に神秘の世界へ旅立とうじゃないか」
「かいばせんせい…」
自分の瞳が潤み、頬が熱くなるのを遊戯はとめられない。
知らず知らずコクリと頷いていた。
後日、遊戯が猛烈な勢いで会社にやってきた。
「海馬ぁぁ!!高校の授業には保健なんてないって相棒が言ってたぜ!!」
社長室の自分の椅子の上、優雅に足を組み書類に目を通しながら海馬はしれっと
「お前は中学からやり直しだ」
「なんだと!」
「一般常識も日本語さえ危なっかしいからな…まあこの俺直々に貴様には講義を行ってやる。感謝しろよ」
「罰ゲームだぜ!海馬っ!」
はっとなって遊戯を見ると額のウジャトが自己主張を始めている。
「よっ、よせ遊戯っ」
「マインドクラーッシュ!」
「ぐわあああっ」
無残な悲鳴が本社中をこだました。海馬といえば何でも一週間ほど自分がオタマジャクシになる夢を見たとか見なかったとか…。
キリ番2222hitGETで「家庭教師」をネタに書いてもらいました。 海馬の言葉にまんまと引っかかってしまい美味しく召し上がられた 闇遊に萌えさせていただきました。 大砂様有難う御座います。 |