ティマイオスシンドローム


「すまぬ、ティマイオス」
「別に気にするな。それにしてもいい加減、老朽化がすすんでいるのかもしれないな」
ふいに湿っぽい水気を含んだ風が、僅かに開いた窓の隙間から吹き込んでティマイオスは、濡れる中庭に視線を流した。
暗雲が立ち込め、外はまだ夕方だというのに真っ暗だ。
その隙間からバケツをひっくり返したような雨が叩き付けていた。
「大体、雨漏りとはいただけん。今度、技術士によく言っておかねば」
クリティウスは遠くでゴロゴロと低い音を発している雷に耳を澄ませながらふとティマイオスを見遣った。
彼は窓の直ぐ横に置かれた木製のチェアの上に素足で腰をかけ、何でもヘルモスから借りたという下界の神話が書かれた分厚い本を眺めていた。
机に置かれた燭台の炎が風でユラユラと揺れてティマイオスの横顔をオレンジ色に染める。
幼きあの頃はティマイオスは雷の音が苦手だったなと遠い日に思いを馳せた。騎士たるものそんな物、怖くはないと言い切ってはいたが寝る時にはいつも自分のべッドに潜り込んできた。
「クリティウスが怖いといけないから、オレが一緒に寝てやるんだ」
「別にオレは怖くはないぞ?」
「手が震えているぜ、クリティウス」
それはティマイオスがこんな近くにいるからだ。
そう言おうと口を開いたが彼の青い瞳が有無を言わせなかった。
「手、繋いでおいてやるからな」
そう言って笑ったティマイオスの顔は今でも忘れない。
それがすっかり
何だ?クリティウス
自分の視線に気がついたのか、ティマイオスが羅列してある活字から視線を上げてこちらを見ていた。
「いや、別に。そちらに行ってもいいか?」
そう問うとティマイオスは、瞳を細めて笑った。
「ここに来ても座る場所がない。オレが行くぜ」
黒色の綿の下穿きから覗く白い美しい足が床について、ぺたぺたと音をさせながらティマイオスの寝台に座っているクリティウスの傍らまで歩いてきた。
クリティウスの隣にぽすんと腰掛けて、また閉じていた本を開く。
「あ、お前も読むか?中々面白いぜ?」
机の上にはまだ数冊の本が乱雑に積んであった。
「そうだな。たまには読書も悪くない」
「フフ
ティマイオスは笑顔のまま、手を伸ばして卓上の本を取った。その刹那、伸ばした体のしなやかさ。
短い上着と下穿きの間から白い腹と背中が覗いて、思わずクリティウスはゴホンと咳払いをした。
「どうした? 風邪か?」
「いや、何でもないのだ」
視線を僅かに逸らして、クリティウスは少しだけ体をティマイオスから離した。
「フフ変なクリティウスだな」
いやにご機嫌のティマイオスの笑顔。
彼から厚さ五センチ以上ある本を受け取って、クリティウスは金色の髪をかき上げた。
その仕種を横目で見ながら、ティマイオスも再度、本に集中しようとページを捲り始めた。

コチコチとティマイオスが唯一、自慢にしていた振り子時計の音が響く。何でも彼の祖父が下界に降り立った時に人から譲り受けたものだとかで、彼は何時までも大切にしていた。
相変わらずの雨の音。
そして少しずつ雷は近づいているのだろうか。
大きくなっている気がする。
何となく、横にいるティマイオスが気になって小さな文字達から視線を上げた。

少し顔を俯けている顎のライン。
今は唯一となってしまった瞳を僅かに伏せているので長い睫毛の影が頬に落ちていた。
ページを捲る細い指。
あの指が大剣を振り上げ、闘うなどと誰が想像するだろう。
僅かに開いた胸元に、視線が吸い寄せられるのが分った。
微かに見える先の戦いで受けた、モンスターの爪跡。
そうして彼は満身創痍となってゆくのだ。
だが、悔しいと思う気持ちと同時に湧き上がる劣情。
思わず胸が高鳴った。

クリティウス」
「なんだっ?」
突然、名を呼ばれ驚いて体を揺らした。
「あのな、そんなにじっと見つめられたら流石のオレも落ち着かないぜ」
「そんなにオレはお前を見ていたか?」
「穴があくほどな」
自分の方へと振り向いているティマイオスの瞳が煌めいた。
「そんな、つもりはない。悪かったな」
「お前はいつも難しい軍事書ばかり読んでいるから、少しは気分転換になると思ったんだが」
つまらないか?と身を乗り出してクリティウスの手元を覗き込んだ。
「そんな事はない。オレには未知の領域だから戸惑っているだけだ」
下界の神話は特に色恋沙汰が多い。
「フフ確かに我ら騎士にとっては未知の領域だな」
ふわりと笑うティマイオスから、何とも言えない良い香りが漂ってくる。風呂に入った後だったのだろうか。
近くで見れば、襟足が僅かに湿り気を帯びていた。
真っ白い項。
血なまぐさい戦場に在るのに、彼はいつだって花のようだった。
傷だらけの体も、ギラギラと闘いに向けられた視線も持ち合わせ尚且つ彼は自分たちの軍の象徴とも言えるべき存在だったのだ。
誰もがティマイオスに憧れ、若い兵士は彼を目あてに入隊する者も多いと聞く。
この細い腕に体にどこにそんな力が、と思うほど彼の戦いぶりは力強く、そしてどんな逆境さえも覆していく強い精心力を持っていた。
「ティマイオス
そっと掌で彼の顎を包み込み、唇を寄せようとするとティマイオスはするりと彼の腕から抜け出した。
「フダメだぜ。今日は本を読むって決めてるんだ」
「ティマ」
そしてクリティウスは思わず、幼少の頃に呼んでいた呼称を使った。
「クリティウス」
そして彼の声は甘く掠れ、ふいにあらぬことを思い出しかけてクリティウスは赤面した。
そんな彼を横目で見ながら、ティマイオスは笑顔を崩さぬまま又、本を開く。
開いておきながら、全身で彼の気配に耳を済ませていた。
クリティウスは誰の目から見ても容姿端麗だ。
剣の腕も強く、ティマイオスの片腕として戦場にはいつも傍らに在った。戦場での彼はティマイオス以上に厳しく、そして無表情だ。
そんな彼が一度、ティマイオスと二人きりになると純情な青年に様変わりするのをティマイオスはいつも不思議な気持ちで見つめていた。
そして今日は少し意地悪をしたくなったのだ。


燭台のロウソクが揺れる。
その風が止んだ瞬間だった。
室内が黄色く発光し、あっと思った時にはドカンと雷の爆音が聞えた。
っ」
近くに落ちたな」
クリティウスはきょろきょろと周囲を見回した。
そしてもう一度ゴロゴロと聞こえ始め、光を放ったその直後にもう一度、落ちた。
「んっ
密かに呻いたティマイオスを振り返ると、彼の膝から床へと本が落ち当の本人は思わずだろうが両手で両耳を塞いで蹲っていた。
その光景を見て、クリティウスは唖然と口を開いた。
「ティマイオス?」
そして再三に渡り、雷が響いた。
「うあっ」
とうとうティマイオスが我慢できずに、傍らにいるクリティウスの胸に体当たりするようにして体を預けてきた。
いきなりの行動にクリティウスは驚くと、支えきれずにティマイオスを胸に抱いたままベッドに転がった。
「いっ
強かに背中をぶつけて呻いたが、胸の上のティマイオスがしがみついているのを見下ろして、少しだけ微笑んだ。
「ティマイオスまだ怖かったのか、雷」
「違う! 少し驚いただけだぜ」
慌てて身を離そうとする彼の腰をようやく捕らえて、クリティウスはそのまま寝台へとティマイオスを押さえつけた。
「クリティウス!」
「今日はオレが一緒に寝てやろうか?」
「いらぬ世話だっ」
じたばたと手足を動かし何とか抵抗しようとする体を、クリティウスは己の体で押さえつけ、そっと耳朶を甘噛みした。
「ティマ」
「ンッ・・・」
囁かれるように名前を呼ばれて、思わずクリティウスの顔を見上げる。
「クリティウス
「お前はいつも変わらない。雷が怖かろうが我らの最高のリーダーに代わりはない」
顔が笑ってるぜ?」
憮然として口を開くと、クリティウスは笑みを深くした。
「嬉しいのだ。オレだけが知っているからな」
「なにをっあ」
腰を捉えていた掌が、そっと下肢に伸びてティマイオス自身に触れた。ゆるゆると手を動かしてきゅっと握ると、胸の下のティマイオスは頬を真っ赤に染めてクリティウスの上着を掴んだ。
「ティマのこんな顔やここが弱い事も」
するりと尻の割れ目に指を沿わしてしっぽがあった跡を丹念に撫でた。
僅かに骨が突起している跡をぐりぐりと指で押さえられて息が止まりそうになる。
っは」
「ここもだったな」
頬にかかる髪をかきあげて、右目の痛々しい傷跡に舌を這わした。
ピクンと震える睫毛を見て、愛しさが込み上げる。
「それから、ここ
今度は胸へと向けられて、覗いた腹の隙間から掌を差し込んだ。
「あ、あっ
きゅっと抓まれればそれだけで、吐く息に熱が篭るのだ。
「んあ」
「指揮官のお前のこんな甘い声を、オレだけが知っている」
「はあ意地悪するな」
着衣の下で器用に動くクリティウスの指を、必死に押し留めながらティマイオスは精一杯、強がって笑ってみせた。
「フン今日意地悪なのはティマイオスの方だろう?」
細い項に吸い付くように口付けると、途端に身を捩って逃れようとする。
「跡は、残すなクリティっ」
「いつまで理性を保っていられるかな?我らが指揮官殿」
「ああっ」
性急に体を弄られて、ティマイオスは腰を浮かせた。
こういう風に彼の立場を引き合いに出せば、驚くほどティマイオスは乱れる。ずっと頑なに己の役目と立場というものを厳粛に受止めて馴れ合いをさけていた。
そして何よりそれがティマイオスの誇りだったのだ。
だが、それを汚されることにひどく欲情するのも彼とこういった行為を重ねる内に見えてきた事実だった。
ゆっくりと彼の体に沈めた指を引き抜けば、喰らいついてくるように引き絞られる。
「ティマ少し力を抜け」
「あ
下着の間からそっと己を差込み、熱く熟れた場所を確かめる。
雨の音も雷の光も、全てが二人から白く飛んでいた。
「クリティ焦らす、な
何度も繰り返し、先端を擦り付けて来るクリティウスに僅かに抗議の瞳を向けた。
「フすまぬ余りにお前のここが気持ちいいからな
「あっ」
ようやく待ち焦がれていたものが、侵入してきた。
幾度経験しても慣れぬ破瓜の痛みに、ティマイオスの歯が食いしばられる。
「ティマイオス声をせ出せ」
甘く囁いてやっても、彼は頑なに首を振った。
「誰も見ていない。オレだけだ
「あっ」
少し乱暴に突き上げた。
「オレの前では指揮官からただのティマイオスに戻れ」
「ああっクリティウスっ」
浮き上がる肩を寝台に縫いとめ、些か乱暴に抜き挿しすると堪らず彼は背中に爪をたてた。
「あううっ」
力強いクリティウスに身を任せて、ティマイオスはただ揺られていた。
いつだって前を向いて未来を切り開く腕はクリティウスの背中にまわり、大地を踏みしめ歩く足は、己の片腕と呼べる男の腰に艶かしく絡みついている。
先を見越す一つ目は、快楽に蕩けて宙を彷徨っている。
どちらもティマイオス。


「ひっああああっ」
「くっう」

互いに弾けた瞬間、きつく抱き締めあった。



叩き付けるような雨から、今はさらさらと流れるような雨音に変わっていた。
雷もいつの間にか遠くに去って行ったらしい。

腕の中で眠るきちんと筋肉はついているが骨格が細く小さい体。
ティマイオスが人の上に立ち、皆を引っ張るならばクリティウスは彼の片腕として後ろから皆を押す。
ティマイオスが全幅の信頼を寄せてくれている。

それがクリティウスの誇りだった。

「ティマ」
クリティウスは穏やかな寝息が漏れる彼の唇に今日、初めての口付けを落として自分も眠るべくティマイオスの頭に頬をくっつけた。


キリ番4444hitGETで「クリティマ」を書いてもらいました。
内容は、私の方から指定させていただいたんですが・・・
も〜素敵な内容になっていたので嬉しかったです!!
大砂様有難う御座います。

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