Secret・Love
23日から年末にかけて年納めのパーティがスケジュールに所狭しと書き込まれている。
会社で日中の業務をこなし夕方になると社長室に隣接する仮眠室に入りタキシードに着替える。
わざわざ着替えに屋敷に戻る気にもなれない。
海馬は、軽く溜息を吐くと鏡の前に立ち己の服装を確認する。
確認が終わると社長室の前で控えている磯野を連れ黒塗りの高級車に乗り込む。
磯野から手渡される書類に目を通しながらこれから暫く続くパーティに嫌気を起していた。
年末に向けて忙しい時期に何故くだらないパーティなんかに出席しないといけないのだろうか?
くだらないなんて言いすぎかもしれない。これも仕事の一環なのだ。
いろんな人間に会い顔を売るには、絶好の場所なのだから。それに新しい繋がりが出来る場所でもある。
そう割り切ってしまえば楽なのだが・・・
パーティに来る連中がそんな事ばかり考えているワケでは、無い。
年頃の娘が居る所なんかは、ここぞとばかり娘を売り込んで来る。
特に相手が独身男性だと解れば。
確実に自分の所にも売り込みに来るだろう・・・そう思うと辟易してしまう。
今夜のパーティには、モクバは、来ない。「用事があるから」と言っていたが大方凡骨共とクリスマス・パーティ
をするのだろう・・・そしてその中には、アイツも居るのだろう・・・
瞼を閉じれば思い浮かぶのは、紅い髪を炎の様に逆立て血の様な紅い瞳。小柄で華奢なその躰からは、
想像も出来ない他の者を圧倒させるオーラを放つ存在。
自分の心を虜にしている少年の姿がハッきりと思い出される。
彼は、今何をしているのか?彼とパーティに参加する事が出来たらどんなに楽しいだろうか・・・
でも彼は、自分と同様にパーティを嫌う。どんなに誘っても断ってくる。
今回のパーティも誘うつもりだったが断られるのが解ってたから誘うのを残念した。
「瀬人様会場に着きました。」
磯野から掛かる声に海馬の意識は、現実世界に引き戻される。
もう少し彼を思い出していたかった・・・そう思うが今自分がしているのは、仕事なのだ。
私情を挟んでいるワケには、いかない。
運転手が車を降り後部座席側の扉を開ける。最初に磯野が降り引き続き海馬が降りる。
その時感じた、違和感。ここに居る筈の無い相手の心地好い視線。
まさか?と思った。下に降ろされていた視線を少しずつ上に向けると会場入り口付近で腕組みをして
こっちを睨む少女の姿が飛び込んで来る。
蒼い瞳を丸くさせながら驚いた表情を浮かべていたがそれが次第に柔らかいモノに変る。
少女も自分の方を見ながら笑みを浮かべたのが解った。
高鳴る胸を感じながら足が一歩踏み出した時
「あの・・・もしかして御一人ですか?」
恐る恐る話しかけてくる女性。
女性は、白いドレスに身に纏い淡い青色が混じったプラチナの髪を後ろに結い上げ頬を朱に染めながら
立っている。
儚気な雰囲気を持っているその女性は、確かに見た目美しいのだろう。
しかし海馬には、興味が無い。しかも海馬にしてみればその女性が纏う<儚さ>は、<幸薄い>女の
イメージでしかなかった。
何時もの様に無視をするつもりだったがこの会場に居ると言う事は、何処かの令嬢なのだろ邪険に扱うワケ
には、いかない。
「スミマセンがココで連れの者とおち合う約束をしています。失礼」
本当は、約束なんてしない。
早く少女に近付きたいと思ったのに少女の姿が会場入り口付近に無い。
まさか自分の見間違い?
だが心の何処かで、「アレは、間違い無く。彼だ!!」と言っている。
きっと勘違いをしやすい彼の事、きっとさっきの事も見て何か勘違いした可能性がある。
勝手に勘違いをし落ち込み真実を確認しないままとんでもない行動に移す。
もし本当に彼が勘違いをしているのなら早くそれを解かないといけない。
海馬は、急ぎ会場内に入ったが余りの人の多さにこの中から彼だけを探す事に眩暈を感じる。
途方に暮れ掛けていると男達によって築かれた人垣が目に入った。
男達は、年若く確実にその中心に居る人物に好意を寄せている事が窺い知れる。
そしてその中心に居るのが何故か彼だと海馬の感が知らせてくれる。己の感を信じ男達の間を潜り抜けて
みれば中心に居たのは、紅い背中まである長めのウィッグ、白いファーで胸元を隠し、華奢な躰を引き立たせる
真紅のドレス。
唇には、うっすらと引かれた紅いルージュ。
遊戯は、話しかけてくる相手に笑みを返しそれなりに対応をしている。男達は、遊戯の気を引こうと遊戯の
肩や腕に触れてくる。それを払う事なく対応すている遊戯に対し海馬の心に広がるドス黒い感情。
海馬は、遊戯の二の腕を掴み自分の方に引き寄せる。
海馬にグイグイ引っ張られ人垣から出様とすると一人の男が
「何だね君は、彼女を何処に連れて行くつもりだ?」
遊戯の事を<彼女>と言う男。そんの男に冷ややかな視線で
「これは、俺のモノだ。貴様等には、関係無い」
そう言い放つとスタスタと歩いて行く。そんな海馬に腕を引っ張られたままの遊戯は、小走りで何とか追いついて
いる様だ。
会場内の壁際まで連れて来られた遊戯。
少し息が上がっている様だ。真紅の瞳を海馬に向ける。
「ゆう・・・」
遊戯の名前を最後まで言おうとしたが遊戯から伸ばされた白い人差し指が海馬の唇に触れ言葉を遮って
しまう。優しい笑みを浮かべた遊戯が自分の唇にも人差し指をあてがいながら
「シ〜オレの名は、ユウキ・・・」
ユウキ・・・?何時もと雰囲気の違う遊戯。そして何時もと違う声。
まるで本物の女の子を相手にしている気分になる。
「何故貴様がココに居る?それにその声・・・」
怒る気なんて無い。たださっきの光景が脳裏から離れない。その所為か荒い言い方になってしまう。
それにその姿にその声、本当に遊戯なのか迷ってしまう。
「モクバが・・・」
そう言うと少し俯き加減になる。何だか居たたまれない気持ちになってくる。
「モクバに言われたんだ・・・海馬がパーティの度に嫌な思いをしているからって・・・それに嫌な事押しつけられて
困っているからって・・・だからオレにも参加して欲しいって・・・オレが居ればそんな思いをしなくて済むって言うから
でももしオレの参加がお前にいって迷惑だと言うのならオレは、このまま帰るぜ」
頬を朱に染めて打ち明ける遊戯に海馬の胸が何だか温かいモノが込み上げてくる。
幾らモクバの提案であってきっとこの男は、来なかっただろう。
遊戯がココに来たのは、俺の為・・・俺が不愉快な気持ちにならない様にする為に来てくれた。
そう思うと今この場で遊戯を抱きしめその可愛い事を言う口にキスをしたい気持ちになる。
「迷惑なモノか。貴様が俺の傍に居てくれるだけでどれだけ俺は、楽しいと感じられるか・・・」
何と表現したらいいのか解らない、本当に言葉とは、陳腐なモノだ言いたい事を上手く表現出来ないのだから。
それでも海馬の表情を見て何を言いたいのか理解したのか遊戯の表情が柔らかいモノになっていく。
まだ頬を朱に染めているが自分だけに向けられる笑みに先程までの苛立ちは、消え去る。
「だったら俺以外の男に笑顔を振りまいたり気安くその肌にふれさせるな」
だが一応釘を挿して置く事にする。
「あれは・・・オレだってしたくなかったぜ。一応オレは、海馬のパートナーなんだ。お前の印象を悪くしたくなかった
だけなんだぜ」
海馬の為じゃなかったら相手を無視するか邪険に扱うかっていたかもしれない。
でもここで海馬の印象を悪くしたら・・・そう思うと愛想笑いを何とかしていたのだ。
「声は、ボイス・チェンジ・キャンディーを舐めさせられたからだ。見た目が女なんだから声も女の声にした方がイイって」
「ボイス・チェンジ?」
そんなキャンディーなんて開発した覚えは、無い。
「モクバが技術スタッフに命じて作らせたらしい。1個舐めると2時間は、声が変ったままになるって言ってた。
オレが舐めてから20分程経過したから後1時間40分ぐらいは、このままだぜ」
鈴虫の様な可愛い声。きっとベッドの中では、カナリヤの様な綺麗な声で自分の為だけに歌を奏でてくれる
だろう。そう思うとこの後に控えているもう一つのパーティをキャンセルしたいと思ってしまう。
それを察したのか
「この後のパーティもちゃんと参加するんだぜ!」
と釘を刺されてしまう。
頬を少し膨らませ唇を少し尖らせた遊戯の仕草が可愛くて顎に手を掛け自分の顔を近付けると
「今は、キスをしてる場合じゃないだろ?挨拶回りが先だぜ。キスは、車に乗るまでお預け」
お預けって・・・俺は、犬か?
そう言いたいが遊戯は、場所さえ弁えてくれるなら何処でもキスには、応じてくれる。
だから海馬は、我慢する事にした。早く遊戯の唇に触れたいのでサッサッと挨拶回りをする事にした。
そうと決めた海馬の動きは、早かった。
遊戯は、海馬から離れない様に彼の腕に自分の手をあてがい着いて行く。
挨拶をする度にいろんな人から自分達の関係を聞かれる。
そんな事を聞いてどうするつもりなのか解らなかったがその都度海馬が「私の恋人です」と紹介をして
くれた。
それが恥かしい様で嬉しい様で複雑な心境だった。ただ湧き起る疑問を胸に抱いて。
四方から突き刺さる様な視線が正直痛い・・・
きっと海馬の隣に居るオレに対しての嫉妬。
眉目秀麗で文武両道で若輩にして大企業の社長。
そんな彼に想いを寄せている女性も居るのだろうし彼の財産目当ての女性も居るのだろう。
今迄パーティに女性同伴で来た事の無い彼。
仕事一筋で女性に興味が無いのだろうと思っていたのに今回のパーティで女性を同伴しその女性の
事を尋ねられたら『恋人』と紹介している。自分達が入る余地が無い。
しかしそれは、オレの所為じゃない。海馬は、オレを選びオレは、海馬を選んだ。ただそれだけの事・・・
嫉妬される事に余り慣れていない遊戯にとって居心地が悪い。
そんな遊戯に対し海馬は、優しく肩を抱き寄せ。
「くだらん感情だ。貴様が気にする事は、無い。貴様は、俺だけを見、俺だけを感じていればいいのだ」
恥かしくなる様な単語に遊戯は、頬を染めながら
「そうだな・・・」
とだけ言った。
最後の挨拶相手なのだろうか。恰幅ある初老の男性の所に行くと
「上月会長 お招き頂き有難う御座います。」
恭しく頭を下げる海馬。遊戯もそれに見習って礼をする。
「海馬社長。貴方の行動力には、恐れ入る・・・」
暫く続く仕事の話し、それを遊戯は、笑みを浮かべて聞いているだけ。
ただ上月会長の斜め後ろに居る女性の存在を気にしながら。
彼女は、会場入り口付近で車から降りて来た海馬に話しかけて来た人だったからだ。
「・・・そうそう海馬社長そちらに居られる方は、社長の恋人ですかな?」
優しそうな笑みに隠された鋭い観察力。
自分の全てを見透かされそうで余り気持ちの良いものでは、無い。
「彼女は、私の婚約者です。」
堂々と言う海馬の言葉に少なからず遊戯は、驚いていた。
さっきまで『恋人』として紹介されていたのに何故ココに来て『婚約者』なのか・・・
「しかしこちらの女性は、貴方より幼い気がするのだが・・・」
「見た目だけで判断しないで下さい。ユウキは、私と同じ年。私がここまで頑張って来れたのも
ユウキの存在が在ったからこそなのです。」
自信に満ち溢れた言葉。
出会いは、どうであれ海馬は、遊戯と一緒に居たくていろんなイベントを企画した。
そしてそれが、悉くヒットしたのだ。それは、遊戯が居てこその成功。もし彼が居なければココまで会社を
成長させられたかどうか解らない。
「そこまで言わせるとは、凄いお嬢さんだ。もし海馬社長が御一人でしたら私の孫娘キサラを進め様と思って
たのに」
残念そうな会長。
「それでは、私達は、まだ行く所がありますので失礼させていただきます。」
そう言い会釈する海馬。それにつられて遊戯も会釈をすると
「そうだったな。この時期は、何処の上役も挨拶回りしていたな・・・足止めをして済まない」
会長は、笑顔で答えてくれた。しかし何かを言いたそうなキサラは、複雑な表情。
意を決し
「ユウキさん少し御時間頂けませんか?」
名を呼ばれ少し驚く遊戯だったが
「いいですよ」
と承諾し海馬に先に車に行ってる様に言う。
「何ですか?」
会場の隅に行くと遊戯の方から尋ねる。
「海馬さんとは、どれぐらいのお付き合いなんですか?」
「う〜ん2・3年ぐらいかな?」
「どうしてそんなに曖昧な答え方するの?」
「もともと仲が良いってワケじゃなかったんだ・・・一緒に居ても付き合ってるワケじゃなかったし
でも何時の頃からか互いが互いの傍に居る事が当たり前になって
そこから付き合いだした様なもんだし・・・どうしても曖昧になってしまうんだ。」
少し照れ臭いのかぶっきらぼうな答え方になってしまう。
自分は、どうしてこうも口下手なんだろう。海馬の様に上手く話せたらって思ってしまう。
「キサラさんでしったけ?言いたい事あるんならハッきり言った方がスッキリすると思うんだけど・・・」
モジモジしているキサラにじれったさを感じる。それに車中とは言え海馬を待たせているのだ。
彼は、機嫌を損ねると後が厄介なのだ。
「・・・ユウキさんは、海馬さんには、似あわない!不つり合いなんです!!」
力一杯に言うキサラ。その瞳には、ウッスラと涙が浮かんでいる。
「私は、貴女が海馬さんと付き合う前から好きだったのに・・・横から急に現れて海馬さんを私から奪うなんて
卑怯よ!!」
「別に奪ったワケじゃない。それに貴女は、もともと海馬と付き合ってなかったじゃない?
自分の気持ちをハッきりと海馬に伝えず。物影から見ていただけなんでしょ?それにつり合うとかつり合わない
とかそんなの貴女が決める事じゃない。海馬自身が決める事だと思う。海馬の事が好きならハッきり言えば
良いじゃないか。」
キツク言いたいワケじゃない。でも彼女は、女なのだ、彼の妻になり子を成す事が出来る。
自分は、男だから跡取りを設ける事が出来ない。何時までも傍に居る事が出来ないのだ。
どんなに好きでも・・・
「用件が済んだのなら失礼させてもらう」
そう言いながら立ち去る遊戯。
キサラは、遊戯の後ろ姿をただただ見送る事しか出来なかった。
「遊戯・・・」
会場入り口付近で海馬は、遊戯を待っていた。
「車の中で待っていればイイのに・・・」
寒い外で待たなくても・・・
「貴様と少しでも長く一緒に居たいと思う俺の気持ちがココで止まらせた。」
「キザな男だぜ」
「貴様の前だけではな」
そう言うと自分のコートの中に遊戯を入れ優しく抱き寄せる。
(温かい・・・)
海馬の温もりと匂いが遊戯の不安を和らげる。
車中何度も海馬から啄む様なキスを繰り返される。それが何故か気持ちイイ。
「あの女と何を話していた?」
「気になるのか?」
囁く様に言われ背筋がゾクゾクしてくる。
このまま抱かれたいと思ってしまう。
「貴様絡みの内容ならな・・・」
海馬に抱きしめられ背中で撫でられる。
その行為の意味に気が付き。
「パーティは、後もう1個あるんだぜ・・・それが終わるまで待てよ・・・」
「待てない」
「じゃ〜明日のパーティ一緒に参加してやらないぜ・・・海馬Co.主催のパーティも今週有るんだよな?」
くっ・・・今週行われる海馬Co.主催のパーティは、遊戯も参加しないと意味がない。
彼との仲を大々的に公表するのだ。彼が不安がらないように。
そして自分に無意味な縁談話を無くす為に・・・
「じゃ あの女と何の話しをしていた?」
パーティ会場でキサラが遊戯に話しがあると呼び止めた。
2人っきりの時間を邪魔されたのだ。その内容を自分も知る権利があると海馬は、言うのだが
「ライバル宣言をされただけだぜ」
「ライバル宣言?」
間違った事は、言ってない。しかし眉間に皺を寄せる海馬に
「オレと居る時ぐらいココの皺を何とかしろよ。不機嫌そうに見えるぜ」
そう言いながら海馬の眉間の皺を撫でる。
自分の眉間を触る遊戯の手を掴むと
「貴様は、あの女をライバルと認めたのか?」
何のライバルかを問わずに問いかける海馬を遊戯は、小首を傾げながら
「別に・・・認めるも認めないも同じフィールドに立ってるわけじゃないから・・・」
彼女は、まだ海馬に自分の気持ちを告白していないのだ。もしライバルとしてみるのなら同じフィールドに立った
時からだ。
「それにオレは、まだお前を手放す気も無いからな」
「なっ・・・貴様何のライバル宣言をされた・・・」
遊戯の言葉に海馬は、顔を朱に染めた。
遊戯が無意識の内に言ったその言葉の意味が解ったからだ。
「?何のって『恋のライバル宣言』だぜ?」
・・・『恋のライバル宣言』・・・自分で言って急に恥かしくなる遊戯。
(オレって何言ってるんだ?ココココ・・・恋・・・って・・・)
自分の両頬を抑えながら海馬から視線を外す。
心臓が信じられないぐらいドキドキ言っているし顔が熱い・・・と言うより躰中が沸騰したかのように熱くて
し方が無い。
そんな遊戯が愛おしくその小さな躰を抱き寄せると
「貴様は、俺の・・・俺だけのモノだ。俺の傍から離れるな。俺の傍に居ろ。そして俺の隣で俺が見ている
モノを一緒に見るんだ」
海馬なりのプロポーズ。きっと遊戯には、この狂おしいまでの想いは、通じてないかもしれない・・・
しかし言っておきたかった。少しでもこの気持ちを解ってもらいたかった。
「いいのか?オレで・・・」
「貴様以外俺の隣に相応しいヤツなんて居ない」
重なりかけた唇。しかし遊戯の片手が海馬の口に当てられ
「ボイス・キャンディーをもう1個舐めないと声が元に戻ってしまう・・・それに・・・」
車窓を指さす。その指先に見えるのは、次のパーティ会場。
後数分で着いてしまう。
「構うものか・・・貴様の唇を堪能させろ」
「そうもいかないぜ。このキャンディーを舐めている最中にキスをすると相手の声まで変えてしまうらしいからな」
女声の海馬なんて変だぜ
言外言う遊戯だったが確かにこの姿で女声とは、自分で想像してもおぞましいモノがある。
「屋敷に戻ったら覚悟しておけ」
会場前に着くと磯野が後部座席の扉を開け海馬と遊戯が降りるのを待つ。
2人は、今夜2つ目のパーティ会場内に入ると手っ取り早く遊戯を著名人達に次々を紹介する。
目まぐるしく変る相手に遊戯は、疲れてしまうがそれでも気力で乗りきるがその顔に浮かぶのは、
ぎこちない作り笑いのみ。
終始変る事の無い表向きの笑み海馬には、恐れ入る。
自分もこんな表情が出来たら・・・
そして本日2度目のパーティ会場に来てから終始変わる事の無い挨拶・・・
海馬は、会って挨拶する人達に遊戯の事を『婚約者』と紹介しているのだ。
否定したいもののなかなか見る事の出来ない海馬の上機嫌さに否定する言葉が出て来ない。
人が居る手前遊戯が否定出来ない事を知って海馬は、そう紹介してるのだ。
そしてその都度、彼の恋人もしくは、婚約者にと連れて来られた娘達の嫉妬の眼差しと落胆の溜息が
所々で感じ見て取れる。
海馬がどれだけモテているのか思い知らされる。
だから時折、彼の相手が自分でイイのだろうか?と不安になる。
彼なら素的な人と沢山廻り会える筈なのに自分が傍に居る所為で・・・そんな事を考えてしまう。
そう言えばそんな事を相棒に言ったら
「どうしてそんな風に自分を否定するの?君の悪いクセだよ」
そう言って遊戯の両頬を自分の手で挟み込み
「君は、充分に海馬君とつりあってるよ。
海馬君もそう思って君を選んだんだと思うよ。もう少し自分に自信もちなよ」
と笑顔で言ってた事を思い出す。
(そうだよな・・・コイツが自分で認めた相手以外の者をプライベートな時に傍に置く事ないもんなぁ)
自信を持ってもいいんだよな・・・そう思うと心が軽くなったような気がした。
表に出たワケでもないのに遊戯の些細な心の変化を感じ取ったのかなんとなくだが海馬の表情もさっきより
和らいだかの様に見えた。
今夜2つ目のパーティを終え帰宅の途につく海馬と遊戯。
慣れないパーティに疲れたのかウトウトとしている遊戯の頭を自分の方に抱き寄せ
「少し寝ていろ。屋敷に着いたら起こしてやる」
囁かれるとそれが気持ち良かったのか「うん・・・」とだけ肯き遊戯の瞼が降ろされた。
遊戯の耳に聞こえるのは、規則正しい海馬の胸の鼓動。
それを聞けるのは、彼に寵愛された自分だけの特権。
自分に寄りかかり安心した様な表情で眠る遊戯。
彼の髪を梳きながら微かに聞こえる寝息と子供の様なあどけない寝顔を堪能する。
きっと彼が安心して眠れるのは、自分の腕の中のみ・・・
それは、守り守られると言う関係では、無いから。
何時までも対等だから・・・
遊戯を見つめる海馬の穏やかな表情
それは、彼自身が無意識の内にしている事なのだろう。
2人は、口に出す事の無い甘くて温かい想いを胸に抱きしめながら互いの事を想い逢う。
それを知る者は、きっと神のみなのだろう・・・