クリスマス
「寒い・・・」
空気が冷たい所に風が吹き明日香は、肩をすくめる。
半年程前に両耳に小さな穴を開けた。
これと言って大事な意味は、無い。
ただ御洒落がしたかった。
アカデミアに居た頃は、御洒落なんて考えた事が無い。寧ろそんな時間があるのなら自分の腕を磨きた
かった。
でもアカデミアを出て街中を歩けば可愛い衣装やアクセサリーを身に着けた女性や展示している店を見て
興味が湧いてきた。それに対戦相手を見ていて時折自分と比べてしまう事だってあった。
己を磨き腕を磨く彼女達が格好良く見えたのだ。
いきなりイメチェンなんて出来ないだから両耳に小さな穴を開けた。
今自分が出来る唯一の御洒落だったから・・・
そう言えばピアスを着けた時、亮は、何も言ってくれなかった。
小さいモノだから気が付いて無いのかと思ったけど本当は、気付いていた。
情事の最中何回も耳朶を噛んでピアスを何度も舐めていたから・・・
だからピアスは、18金かプラチナしか着けない。
金鍍金だと剥げる可能性が有るでしょ?
夜の街中を目的の場所まで歩く。擦違う人達は、アベックか子供にプレゼントを買い家路に急ぐ親。
誰かと待ち合わせをしている人にこれから待ち合わせ場所に行く人。
いろんな人達、個々に目的が有る。
自分もこの人達と同じ様に目的がありその場所に向っているのだ。
普段ならファンの人達に囲まれるけど今日みたいな特別な日は、ファンに囲まれない・・・
寂しい様な嬉しい様な複雑な心境だ。
目的の場所まで後数分。
街明かりが大分賑やかで華やかだ。
この時期限定のイルミネーションの所為で・・・
余りにも綺麗なので思わず足を止め見上げてしまう。
ただの街路樹がこの時期だけは、色とりどりの電飾によって綺麗に着飾っている。
この先にある公園なんかは、もっと凄いだろう。
もう少し見ていたいけど待ち合わせをしている相手を待たせるのは、どうにも性にあわないので先を急ぐ事に
した。
待ち合わせ場所に指定した公園に到着。
待ち合わせをしていた相手は、既に公園の入り口に居た。
「ゴメン〜待った?」
「いや・・・予定の時間は、まだだよ」
時計を見れば約束の時間より5分近く早く着いていた。
互いに顔を見合わせてクスクスと笑う。
「中に入ろうか」
そう言って肩を抱き寄せられると何だか幸せな気持ちになる。
公園内は、既に幾多のカップルがイルミネーションを堪能している。
放射線状に電飾を飾られた木々の下には、トナカイとサンタをかたどったイルミネーション。
「綺麗ね・・・」
「ああ・・・」
2日前亮に公園のイルミネーションを見たいと強請った。
てっきり断られると思っていた。
何故なら互いにプロのデュエリストとして顔が知れ渡っていたから・・・ファンが自分達を取り囲むかもしれない。
互いのファンが睨みあいをするかもしれない・・・そんな不安が有ったし現実にそんな事が起きた事もあった。
でも亮は、
「いいな・・・じゃ見に行こう」と賛成してくれた。
同棲しているのだから2人で一緒に見に行けばイイのに待ち合わせにしたのは、別々に住む恋人同士感覚に
なりたかったのと彼へのプレゼントを用意したかったから。
彼には、クロムハーツのネックレス。
男の人がネックレスなんてそうそうしないと思いブレスレットの類も見たけどデュエルディスクの装着とかを考えると
邪魔になる可能性が高くズ〜と着けていて貰えない。
指輪だってカードを傷つける可能性だって有るので断念。
でもネックレスならディスクもカードも関係無いそれに絶対に見せないとイケナイワケでも無い。
しかしネックレスの値段が7万越え・・・少し考えたがそこは、恋の力!!
デビューして間もないのに自分なりに大奮発をして買った。
だが問題なのは、渡すタイミング。
それなりに雰囲気の有る場所で渡したい。
イルミネーションを見ながら歩いていると公園の中央に到着。
大きな木には、螺旋状に電飾が飾られている。
見ているとまるでその螺旋状の電飾に乗ってそのまま夜空へと駆け上って行けると錯覚してしまいそうになる。
そして良く見れば回りの木々の下にあるトナカイやサンタのイルミネーションは、全てこの木に向いて設置されて
居る事に気付く。
ああ・・・この螺旋状のスロープを駆け上って天高く舞いあがるのね。
子供達の為に・・・
子供の枕元にプレゼントを置くのは、親の勤め。
今の御時勢煙突なんて無いんだし勝手に人様の家に入れば不法侵入でサンタと言えど捕まってしまう。
それに全世界の子供一夜にしてプレゼントなんて配る事なんて時間的に無理。
だから両親がサンタ代行を行う。
明日香は、亮に寄り添いながら
「我儘聞いてくれてありがとう」
「我儘なんて言ったか?」
「言ったよ」
本当は、亮も明日香を何とか誘いたかった。
でもこう言うイベント事に慣れてないのでどう誘えばイイのか解らなかった。
それでも何とか明日香に渡すプレゼントも用意したり自宅以外で2人で食事に行く予定も綺麗な夜景が
見れるホテルも予約した。
だがいざ誘うとなると難しい・・・そんな中明日香に「公園のイルミネーションを見に行こう」って誘われた。
断る理由なんて無かった。
だから即賛成した。
家で2人きりになる事は、あってもデートなんてプロになってから初めての事かもしれない。
大分冷え込んで来たので
「明日香 温かい場所に移動するか」
と声を掛けると
「うん・・・」
と肯く。
予約していたレストランに行くと案内されたのは、窓辺から見える夜景がとても綺麗な席。
「ココには、良く来るの?」
「たまに・・・」
堅苦しく無い店。でもラフな格好で来れる様な店では、無い。
「ここでその日あった試合を思い出しイメージトレーニングしたり反省をしたり・・・」
明日香には、見られたく無い一面は、この店で置いてくる。
「明日香と一緒に居る時は、出来るだけ明日香の事考えたいからな」
邪魔なんて言われたらどうしよう〜と思ったけど私の為だなんて・・・でも私の前でもそんな亮の姿を見せて
欲しいなんて思うのは、我儘なのだろうか?
「そんな亮も見てみたい」
口を吐いて出た言葉。
言った本人が驚いたのは、勿論の事言われた方も驚いていた。
「だってどんな亮でも好きなんだし・・・私が見た事無い亮を知らない人に見られていると思うと嫉妬してしまう
よ」
「解った。今度からは、家でする様にしよう」
明日香の中にある自分に対するイメージが崩れたらどうしようかと思っていた。
確かに自分も明日香が自分の知らない表情を他人に見せていたら嫉妬してしまうかもしれない。
運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら完食し食前・食後に出されるシャンパンを堪能した。
明日香の中では、このディナーが終われば家に帰り夢の様な時間が終わると思っていた。
しかし店を出た亮と向った先は、都内でも指折りの高級ホテル。
しかも一泊何十万もするスイートルーム・・・
「亮・・・」
「何時も明日香に世話になっているからな。クリスマスぐらいは、こんな部屋に泊まるのもいいだろう?」
「うん・・・ありがとう・・・」
何だか嬉しすぎて涙が出て来そうになる。
だから亮に背を向け夜景を見るフリをした。
このホテルから見える夜景は、地上に散りばめられた宝石。
手に届きそうで届かない。
「明日香・・・」
明日香を包み込むように背後から抱きすくめられる。
耳に聞こえる彼の声が心地好い。背から伝わる彼の温もりが安心感を与えてくれる。
このまま流されそうになりながらも
「亮・・・ちょっと待って・・・」
彼の手の動きを制止し腕から逃れる。
「貴方にどうしても渡したかったの」
今を逃せばズルズルと渡せなくなってしまうかもしれない。
バッグの中からプレゼントを取り出すと亮に渡した。
目を見開き驚く亮。
そんな顔が次第に崩れ照れ臭そうな感じの笑みを浮かべた。
「俺からも明日香に・・・」
コートのポケットから取り出した小さなプレゼント。
顔を朱に染め満面の笑みを浮かべる。
そんな明日香の表情を亮は、素直に『可愛い』と感じた。
「「あけてもいい?」」
2人同時に発せられた言葉。
余りのタイミングの良さに思わず笑いが込み上げてくる。
開けられたプレゼントの包み。
中に入っていたプレゼントを見ながら
「亮が何時でも着けていられる様に・・・って思ったの」
それにネックレスだとディスクを装着したりカードをドローしたりしても邪魔にならないと思った。
「ありがとう」
明日香が亮から貰ったのは、淡いピンクのハート型をした天然石が着いたピアス。
「ローズクオーツと言う石が着いているんだ。それを見た瞬間明日香に似あうと思ったんだ」
多分亮は、知らないローズクオーツが恋愛成就の意味が有る事を・・・
明日香がピアスをしているのは、気が着いていた。でもどう言ってイイのか解らなかった。
正直な所女の子が喜ぶ言葉なんて自分は、知らないし思いつかない。
だから誉める事無く今日まで来てしまった。
「着けてイイかな?」
「良いけど明日では、ダメかな?」
「えっ?」
亮が言いたい事が何となく解った。
恥かしいながらも「じゃ・・・明日ね」と言いながら寄り添う。
今は、少しでも普段味わえない様な格別な甘い時間を過ごそうと心に決めた。
だからプレゼント達には、申しワケ無いけどバッグの中に入って貰う。
明日以降は、試合とかで離れる事が有っても寂しくない今日貰ったプレゼントが互いの心を繋いでくれているから。