戸惑い-1-
「海馬君!!もう一人の僕に何をしたの?」
勢い良く怒鳴り込んで来たのは、〈武藤遊戯〉。
遊戯の双子の兄。
そして彼が怒鳴り込んできた場所は、海馬Co.の社長室。
只の高校生が入れる場所では、無い。
「貴様には、関係無い事だ。」
『もう一人の僕に何をしたの?』そんな〈遊戯〉の問いに海馬の心は、穏やかでは、無かった。
遊戯には、何もしてないのだ。
したくても出来なかった。そんな余裕なんて無かった。
ただ彼に自分の想いを伝えるのに必死だった。
小さな躰を抱きしめながら・・・
今思えばキスをする絶好のタイミングだった様に思えるが本当にその時は、そんな事を思う余裕なんて無かった。
初めてなのだ。こんなどうしようもない想いをしたのは・・・
「彼ね どんなに話しかけても出上の空なんだよ。」
海馬君に先日在ってから様子がオカシイ双子の弟。
彼らしくないミスの連発に海馬君と何かあったと思ったんだけど・・・
やっぱり海馬君と何か在ったんだ。
海馬は、〈遊戯〉の姿を見ようとしない。
何処か落ちつきが無い様に見える。
だから〈遊戯〉には、海馬と遊戯の間に何かが在ったと思えた。
そんな時、内線が鳴り女性秘書の声が穏やかに海馬の心臓の鼓動を高鳴らせる相手の名を告げた。
社長室に通す様に指示を出す。
何とか落着きを取り戻そうとするが、すればする程落ち着かなくなる。
そんな海馬に違和感を感じながらも微かに聞こえた名前の主を〈遊戯〉も待った。
暫くして聞こえるノック音。
最初に顔を見せたのが秘書室の室長を勤める磯野だった。
そして彼の後に続き顔を見せ中に入って来たのは、〈遊戯〉の双子の弟にして海馬の意中の相手である遊戯
だった。
「失礼するぜ・・・相棒!!何でこんな所に居るんだ!!」
「君こそ何でココに来たの?」
険しい顔をする遊戯に対し〈遊戯〉の表情は、いたって優しげである。
「相棒が海馬の所に行ったって聞いたから来たんだぜ」
そんな遊戯の言葉に落ち込みそうになる海馬。
遊戯が来た事に対して何かしらの期待が在った訳では、無い。
否 期待をしたかったのかもしれない。
自分が告白した事に対する返事を・・・それを期待したかったのかもしれない。
遊戯は、〈遊戯〉の腕を掴むと
「帰るぜ相棒。」
「僕は、海馬君と話しがあるから帰らない」
「ココは、仕事をする場所だ。オレ達の様な学生が来る所じゃない。」
確かに会社は、仕事をする場だ。
働いていない者が出入りする様な所では、無い。ましてや社長室ともなれば・・・
「でもココじゃないと海馬君に会えないんだよ」
多忙の彼が何時屋敷の方に戻るかなんて誰にも解らない。
それなら会社の方なら逢える確率が高い、そう判断したのだ。
「海馬にも他の従業員の人にのも迷惑がかかる。」
遊戯は、必死になって〈遊戯〉を連れ出そうとする。
遊戯がココを早く出たいのには、理由が在った。
先日海馬に告白されてから一度も彼に逢ってない。返事を用意してないのだ。
何と返事すればイイのか解らない。
今迄彼の事を友達だと思ってた。否 心の何処かで親友とさえ思っていたのかもしれない。
そんな相手から告白をされたのだ。心の準備が出来てない。
自分が海馬に対してどう思っていたのか考えていた。
そして告白されてどう思ったのかも・・・
確かに海馬に惹かれる所は、あった。それは、同じ年零で在りながら高校生と大企業の社長業をこなす
彼にたいする憧れと尊敬だと思っていた。
彼に抱きしめられながら告白された時、抱きしめられた事に対して嫌だと思わなかった。寧ろ嬉しかった。
告白された時、心臓が止まるかと思う程ドキドキした。もう一度言って欲しいとさえ思った。
でもそれが海馬の言う《好き》と同じなのかどうか解らなかった。
考えれば考える程、思考は変な方向へと向いていく。
男が男を好きになるなんて在り得ない。
もしかしたら、新たな嫌がらせ・・・オレが浮かれて行く様を見て最後には、どん底に突き落し傷つき泣く様を
見たいが為なのかもしれない。もしかしたら告白された事自体夢なのかもしれない。
そう思えば思う程どうすればイイのか解らなくなって来た。
折角遊戯が来ているのに何も話さないままで居る事が出来ない。
二言三言だけでいい何か話したい・・・
「遊戯・・・」
思わず声が上ずってしまうがそんな事に構ってられない。
このままだと何の会話も無く遊戯が帰ってしまう!!
ガタン・・・
焦る気持ちからか急に立ちあがる。
我ながら情けない話しだと思う。相手は、自分より小さく力が無い。力を使えば簡単に抱きしめられその身を
奪う事だって出来るのに・・・
でもそんな事をすれば失うモノが大き過ぎる。
彼の全てを手に入れたいだがそれは、奪うのは意味が無い。
遊戯から差し出されなければ・・・心が伴わなければ意味が無い。
「海馬・・・未だ・・・答えが出ないんだ・・・」
少し俯き加減で途切れ途切れ話し出す遊戯・・・
その言葉を聞き何故か安堵感が海馬を包み込む。
「答えが出ない・・・俺は、期待していいのか?」
「?」
俯き加減だった遊戯の顔が海馬の方を向く。
紅い瞳に写し出される。己が姿・・・
「それは、嫌われてない・・・嫌いじゃない・・・事なんだろ?」
海馬は、遊戯に告白した時、後悔したのだ。
これが原因でもしかしたら嫌われ遊戯に避けられ逢えなくなるのでわ?
そう思うと聞きたい筈の返事が聞くのが怖かった。
だが『答えが出ない』の言葉に自分が嫌われてない事を察し安堵したのだ。
遊戯の言葉に一喜一憂している自分が何と滑稽な事だろうか。
「嫌いだなんて思った事無い・・・ただお前の事今迄親友だと思ってたから・・・だから・・・」
言葉が続かない・・・自分は、何を言おうとしているのだ?
「焦るな。今は、未だ答えを出さなくてイイ」
焦って答えを出しその結果に後悔されては、元もこうも無い。
寧ろ今の時点で大きな収穫を得たのだ。
『嫌いだなんて思った事無い・・・ただお前の事今迄親友だと思ってたから・・・だから・・・』
この言葉だけでも今は、いい・・・
+++++++++++
遊戯達の会話を社長室で一部始終聞いていた〈遊戯〉。
何となくだが遊戯の様子が変だった理由が解った気がした。
「もしかして海馬君に告白でもされてたの?」
双子の兄の問いに遊戯の躰は、ビクッとしたものの顔を朱に染めながら肯いた。
「返事してないんだ・・・」
コクン・・・
「何て言えばイイのか解らないし、自分が海馬君の事どう思ってるのか解らない・・・だから悩んでたの?」
「オレは、海馬の事親友だと思ってた。だから告白された時何て返事してイイのか解らなかった。」
不安気な顔をしだす遊戯に〈遊戯〉は、
(もしかして君は、自分の気持ちに気が付いてないの?)
「海馬君に告白されてどんな気持ちだった?」
「えっ?」
どんな気持ち?嬉しかったって事か・・・?
「嬉しかったとか嫌だったとか・・・いろいろ在るじゃない?」
「嫌だとは、思わなかった。寧ろ嬉しかった・・・憧れたし尊敬していた相手に言われたんだ・・・嬉しくない
ワケが無い」
「でも海馬君の態度は、横柄だし直に人を見下す。きっと彼と付きあう人は、大変だろうね」
少しでも自分の気持ちに気が付いて・・・
「確かにそうだろうけと大人の社会で働いていて・・・しかも大企業の社長ともくればそれになりに大変だと
思し覚悟とかいると思う・・・弱い所を見せたら会社を乗っ取られる可能性だってある・・・」
遊戯は、何とか〈遊戯〉に説明しようとするが如何せん口下手なので思う様に説明が出来ない。
どうしてもしどろもどろになってしまう。
そんな弟の事を良く解っている兄は、
「もし海馬君の事が好きだって人が現れてその人と海馬君が付きあったらどう思う?」
想像してなかった言葉に遊戯が固まる。
(海馬が他の人と・・・海馬が・・・)
「それは、海馬が決める事でオレがどうこう言う事じゃない」
「そうだけど君の気持ちは?」
(オレの気持ち?オレの・・・)
「嫌だ・・・海馬が他の誰かと付きあうなんて想像出来ない・・・」
海馬の傍に居るのは、自分だ。だから海馬が誰かと付きあう所なんて想像出来ない。
そこまで思うと自分の気持ちに気付き出す。
「あっ・・・もしかしてオレ・・・海馬の事・・・」
「その様子だと自分の気持ちに気が付いたみたいだね」
「相棒・・・オレ・・・」
「後は、どうすればいいのか解るよね?」
「でも・・・オレ男だし・・・海馬だって・・・」
ペシッ・・・
両頬を挟む様な形で叩かれてしまう。
「あのプライドの高い海馬君がどんな思いで君に告白したか解るよね?
海馬君が気にしてない事を君が気にする必要があるの?君より海馬君の方が大変な立場なんだよ」
「でも・・・」
「でも・・・もじゃない!海馬君の事好きなんでしょ?だったらその気持ちを言ってあげなよ。
それに君以上に海馬君の方が悩んだと思うよ?だって自分と付き合う様になったらマスコミだって放って
おいてくれないだろうから。」
「だったら余計に・・・」
「君は、何を聞いてるの?」
両頬に添えられていた手が遊戯の頬を摘まみ左右に引っ張る。
「ふぁいふぉ〜」
「海馬君が気にしてない事を君が気にしてどうする?グズグズしてると他の誰かに海馬君を取られるよ?」
「ふぉれふぁ・・・」
「嫌なんでしょ?」
引っ張られたまま肯く。
「だったらあ〜だこ〜だとぐずってないで返事すればいいじゃない?」
(全くこれじゃ海馬君が可哀想だよ。)
「ふぁらった・・・ふぁらったから・・・」
いい加減引っ張るのを止めて欲しい。
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