切っ掛け

 


「アトラス 少しは、仕事に慣れたか?」

「ああ・・・不動主任、ええ何とか。ただ未だ日本の言葉には、慣れてませんが・・・」

「不動でかまわないよ。それにしても1ヶ月でそこまで流暢に話せるのなら大したもんだよ。」

「御誉めに預かり光栄です。」

ほんの1ヶ月前まで日本語が全く話せなかったアトラス。

しかも話せないだけじゃなく日本語の聞き取りも読み書きも全く出来なかった。

そんなアトラスがたった1ヶ月で日本語が話せる様になりまた読み書きも出来るようになっていた。

 

 

彼は、アメリカの大企業I2社の開発スタッフとして働いていた。

たまたま科学者が集まる学会でアトラスの発表を聞いた時、とても興味を抱いた。

他の科学者の話しも興味が有ったのだがアトラス程のモノでは、ない。

アトラスの研究は、海馬Co,が行っているモーメントの研究に通じるモノを感じたのだ。

当時不動は、海馬Co.でモーメントの開発を行っているチームの主任。

何度実験しても後1歩と言う所で上手く行かなかず行き詰まっていたのだ。

この学会もどちらかと言えば気分転換の様なモノだった。それも出席すれば何かしらヒントになるモノが出て来る

かもしれないと・・・渋々出席をしたのだが、ヒントになる所か良い逸材を発見してしまった。

学会で発表が終わり科学者達が各々会場から出て来る。

不動は、背の高い男・・・アトラスの後姿を見かけると急いで駆けより話しかけた。

自分に話しかけて来る小柄な男。訝しむ表情を相手を見ていたのだがどう言うワケかこの小柄な男に興味を

持った。

「立ち話も何だからアチラのカフェで話しをしないか?」

アトラスの提案で近くのカフェへ。

コーヒーを啜りながらアトラスの研究の事について話してくる不動と名乗る男。

そんな男に何の興味も無い筈なのに・・・何故か聞いてしまう。

(こんな小柄な男の話しなんて別段楽しくも無いのに何故俺は、コイツの話しを聞いているんだ?)

解らない感情に戸惑いを感じてしまう。

しかも不動と話しをしていると気持ちがいいのだ。

このまま話していたいと思う。

「お前は、俺に何か言いたい事があるんじゃないのか?」

言葉の端々で言いたい事を飲み込んでいるのが解った。

だから促した。もしかしたら不動と一緒にいられるかもしれないと思ったから。

「そうなんだが・・・もしお前が迷惑じゃなかったらオレと一緒に海馬Co.で研究をしないか?」

「ヘッドハンティングか?」

「迷惑か?」

「いいや、面白そうだな。だが俺には、家族が居る。俺の独断で移住なんて出来ない。」

「そうだな。家族が居るのなら家族の了解を得てから詳しく話しを進めよう。」

「案外モノ解りがいいんだな?」

こう言う場合是が非にもと言わんばかりに押して来ると思っていたが不動は、そんな事をして来なかった。

「オレにだって家族が在るから同じ様に家族を持つ者の心情ぐらい把握出来る。」

その言葉に少しだが不快感を感じた。

キーワードは、不動にも家族が居る事・・・

日本人は、年齢のワリには若く見える。

目の前に居る不動だって若く見えるが20代半ば後半だろう。

それにこんな学会に出るのだそれなりの役職にも付いているのだろう。

「不動には、子供が居るのか?」

「ああ5歳になる男の子が1人居る。」

「不動に似て可愛いのか?」

「おいおい・・・オレに似て・・・ってせめてカッコイイにしてくれないか?そう言うアトラスは、どうなんだ?」

「俺の所も男の子だ。確か6歳になったばかりだったな。俺に似てカッコイイぞ。」

「近い内にお前の家に遊びに行ってイイか?」

「別にかまわないが・・・」

今日会ったばかりで既に遊びに行きたいと言う不動にアトラスは、驚いていた。

(日本人の事以前本で読んだ事あったが・・・本のイメージと違う様な気がする・・・)

『日本人は、積極性に欠ける』等と記述で読んだのに不動は、積極的だったのだ。

まぁ本に書かれている内容が全て当てはまり正しいとは、言えないも事実なので不動の様な積極的な日本人

も居るのだと思う様にした。

 

 

翌日本当に不動は、アトラスの自宅へと遊びに行った。

そして幼いジャックの相手をしていたのだ。

そんな不動にアトラス婦人は、好感を抱きアトラス共々日本に来日してくる事を承諾。

数日後にアトラスは、I2社を退社し海馬Co.へと移籍して来た。

 

それから1ヶ月

それ以後は、家族ぐるみの付き合いが始まり。

婦人同士も仲良く子供同士も仲良かった。

当初話事が出来なかった日本語も彼と彼の才知故にか半月後には、ほぼ話す事が出来るようになっていた。

「なぁ遊星のパパは、俺のパパと仲イイよな。」

「パパにとってジャックのパパは、親友だって言ってた。」

互いの父親が勤めている研究所の中庭に生えている1本の大きな木の根元付近、遊星が自分で作ったゲーム

をしているとジャックが話し掛けて来た。

「遊星には、親友が居るのか?」

日本に来て1ヶ月のジャックには、遊星以上に仲良くなった友達は居なかった。

それゆえにか自分が遊星にとってどんな存在なのか気になった。

「ジャックは、親友だよ。オレ、ジャック以外のヤツとこんなに長く話した事ない・・・」

5歳という年齢の遊星。何時も父親の後に付いて研究所に来ていた所為で何処か大人びてしまい他の子供

との付き合いが上手く出来なくなっていたのだ。

そんな遊星に話しかけて仲良くなってくれたのがジャックだったのだ。

 

研究室の廊下に居た不動。

自分の息子が他の子供と同じ様な遊びをしないので心配だった。

だがジャックと知り合ってから少しずつ子供らしい表情を垣間見る事が出来るようになり外で遊ぶようになっていた。

しかしジャック以外の子供とは、遊ぼうとしない。

心を開いていないのだ。

「そんなに子供の事が気になるのか?」

「ああ・・・人付合いの苦手な子だからな」

苦笑する不動に

「父親は、人懐っこいし人付合いが良いのにな。それは、遺伝しなかったわけか。」

父親似の息子だと言うのに。

多分将来は、父親に似た可愛い存在になるだろう。

そうなれば自分の養子として迎えるつもりだ。

「これは、これは不動博士にアトラス博士こんな所で休憩ですか?」

「これは、ゴドウィン長官。こんな所まで足を運ばれるとは・・・」

「長官殿は、暇なのか?忙しい時期にこんな所まで来るとは」

「アトラス!!」

屈託無い笑みを浮かべ長官と呼ばれる男と話しをする不動に些か不機嫌な態度をしてしまうアトラス。

「いいんですよ不動博士。アトラス博士の言い分も解ります。モーメント完成には、『赤き竜』の存在が必要。

しかもモーメントは、既に完成していると言っても過言では、無い。

後は、『赤き竜』をの力を注ぎ込めばいいのですから。」

アトラスは、ゴドウィンの事が気に入らなかった。

何かとてつもない事を隠している気がしてならなかった。それが何なのか上手く口に出して説明は、出来なかった。

「私は、明日南米に飛んで『赤き竜』を呼ぶ実験を行うつもりです。」

「『赤き竜』の力は、未知数。現地の人々に尊大な被害が出ない事を祈ります。」

「未知数なら現地人の居ない場所を実験場所にすればいいものを・・・」

「ア・・・アトラス!!」

「ハハハ!!確かにアトラス博士の言う事も一理あります。しかしあの地には、不思議な力が在るのですよ。

現地の方々には、別の地に移住を願ったのですが断られました。私達も必要最低限の被害で抑えるつもり

です。」

被害を出さないとは、言いきれない不動が言う様に未知数の力を求める以上、大なり小なり被害は付いて

来るものなのだろう。

(何とも言いがたいが近い内にとてつもない不吉な事が起きるかもしれない・・・多くの命が奪われるのか・・・

それとも俺達が死ぬ事になるのか・・・解らないが・・・この目の前に居る男は、大きな鎌を振りかざす死神にし

か見えない・・・)

 

「これ以上 博士達の邪魔をするのは、良くないので御暇させていただこう。」

「邪魔だなんて・・・」

「早く行け。」

「アトラス!!」

「それでは、失礼。」

軽く片手を上げるとその場を立ち去るゴドウィンを見送りながら

「どうしてお前は、何時も長官に対して失礼な態度を取るんだ?」

「気に入らないからだ。」

聞かれた事に対して率直な意見。

「好き嫌いだけでは・・・」

「好き嫌い等と言ってない。俺は、ヤツの存在自体気に入らない。それだけだ。」

「フゥ・・・まぁ人それぞれだろうけどな。」

ゴドウィンの腰巾着のイェーガーは、彼を崇拝しているからな。

「それよりも・・・」

ゆっくりと自分の顔を不動に近付けるアトラス。

「お前 夕べ寝てないな。目の下に隈が出来ている。」

不動の顔を両手で固定させながら親指の腹で目許をなぞる。

不動には、似つかわしくないソレ・・・

「ああ・・・どうすれば『赤き竜』無しで研究を成功させられるのか考えていた。

オレは、出来る事なら『赤き竜』の力を借りたくない。

『赤き竜』を従えては、いけない。科学が進み人は、己自身が神の様だと錯覚し欲に手を出す。

それは、本物の神さえ従える気持ちで・・・驕った考えには、神罰が下るだろう・・・

そして制御出来ない力は、全てを奪う。」

アトラスの方を向いていると言うのにその瞳は、何処か遠く見るかの様にアトラスを見ていなかった。

「お前は、科学者なんだぞ。」

「ああ・・・そうだったな。科学者が神罰等・・・元々科学は、神を冒涜する行為なのにな・・・」

この研究の先に何が在るのかなんて当の研究者でも解らない。

 

ただ・・・自分は、大いなる罪を犯している事は、間違いないだろう・・・


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