挨拶
全くもって我が上司殿は、不思議な人だ。
小柄で実年齢より若く見え子供も居る。
(日本人としては、普通の身長らしいが・・・)
頭脳明晰で頼りがいが有るかと思いきや抜けている所は、トコトン抜けている。
天才・秀才と呼ばれる類は、一般常識に欠けているのが多いがこの上司もそうだろう。
一度脳が目覚めれば優秀なスタッフ数人掛りでも太刀打ち出来ないのに、そうでもない時は壁に
顔面からぶつかり時には、鼻血を出したりゴミ箱に蹴躓いてゴミを散らかし女性スタッフや掃除専門
のスタッフに小言を言われたり・・・おっちょこちょいの一面も見せてくれるの飽きる事が無い。
「不動主任 おはよう御座います。」
何時もの様に白衣を着て来た不動に笑顔で挨拶をすれば、寝起きなのかトロンとした瞼で
「ああ・・・おはよう。」
片手を上げて挨拶をされる。
どうやら夕べは、彼専用の個室で泊まった様だ。
主任ともなれば大事な研究資料も持っているし個人でいろいろ調べたりもする。
勿論仕事を自宅でするのは、厳禁だ。
紛失等でもすれば一大事だから。
それ故に不動は、時折と言うか週3日は自分専用の個室で寝泊まりしている。
まぁ彼の場合、自分の研究に夢中になりすぎて帰るのを忘れていると言ってイイ位だろう。
癖の有る頭をポリポリと掻いて少しズレた眼鏡を人差し指で直す。
脳が目覚めている時の彼は、清楚な感じがするのに・・・。
脳が寝ている時の彼は、本当にだらしが無い。
それでもスタッフ達は、文句の一つも言わない。
寧ろ親しみを感じているのかもしれない。
まぁ人間一つぐらい欠点が有ってもイイと思うのだが・・・欲を言えばそう言う欠点を俺だけに見せて
欲しい。
そっと彼に寄り添えば微かに香る体臭。
無臭に近い彼から体臭が出るのは、風呂に入ってない証。
別に彼の体臭は、臭いと言う訳でもないしコロンの類を着けていれば体臭を隠す事も出来る。
何時までも着いて回るアトラスに不動は、
「どうしたんだ?」
小首を傾げて訊ねると
「朝の挨拶が未だですので」
笑みを浮かべて答える。
少し困った様な表情を浮かべる不動が余りにも可愛くこのまま抱きしめたい心境に陥るが如何せん
ココは、研究所・・・不動のプライベートルームじゃない。
一応場所を弁えないといけないのだ。
頬を朱に染めながら不動は、アトラスの白衣の裾を引っ張り人気の無い場所へと移動する。
どうやら覚悟を決めたのだろう。
非常階段の踊り場・・・
「本当にアメリカでは、男同士でもキスで挨拶をするのか・・・?」
「勿論。」
(ハグをしあい頬を触れさせるだけだがな。)
口同士を重ねる様なキスなんて好きな相手かノリでするぐらいだろう。
瞼を閉じながらアトラスの方を見上げる様に顔を上げる。
(本当に何も知らないんだよな・・・)
思わず笑みを浮かべながらそれでも不動に顔を近付ける。
「ん・・・」
何度重ねても慣れないのか固く閉ざされた唇を何度も刺激し緩く開かせる。
まるで宝を封じている扉を開けるかの様に。
奥で眠る宝を探すトレジャーハンターの気分でアトラスは、不動の口腔内を縦横無尽に舌で犯し
不動の舌を探す。
濃厚なキスに不動は、立っているのも辛いのか自分の腕をアトラスの首に回ししがみつく。
不動の口腔内に有る空気まで奪う。
苦しいのか首に回っていた両手がアトラスの胸元に宛がわれ力無き力で押しのけ様としてくる。
流石に酸欠状態にさせるのは、良くないので解放してやる事にした。
何故かって?潤んだ瞳・紅潮した顔なんかで人前に出てみろ不動の様な世間知らずは直に暗闇
に連れ込まれ襲われるのがオチだ。
第一 不動を襲ってイイのは、この俺だけだ。
それにそんな不動を見てイイのもこの俺だけ。
「ハァハァ・・・お前なんてキス・・・するんだ・・・?」
「何時もと同じ挨拶のキスをしたんだが」
余裕の表情で自分を見つめて来る。
だがその顔を見つめ返す事なんて出来ない。
だから不動は、アトラスの胸に身を委ね顔を見ない様に・・・そして見られない様にする。
(全くとんでもない男だ。オレだってこれが挨拶じゃない事ぐらい知っている。)
知らないフリをして彼からされるキスを甘んじて受けている。
それは、彼に言えない気持ちを胸の内に秘めているから・・・
そしてその気持ちを彼からされる『朝の挨拶』に乗せているから・・・