GUARDIAN


「オイ。ラリーまたあの白い犬が来ているぞ。」

庭が見える室内でナーヴが不機嫌そうにこの家の当主ラリー・ドーソンに話し掛ける。

「あら?もうそんな時間になったのね。」

あっけらかんとした様な感じで時計を見る。

暫くすると2階まで伸びた木の枝を伝い黒い犬が1匹降りて来た。

「遊星のヤツまた何処に遊びにいくつもりだな。」

白い犬より一回り程小さい黒い犬。

ラリー・ドーソンが溺愛している飼い犬だ。

ちなみにナーヴも遊星の事を気に入ってた。

それ故にか遊星がここ最近知り合った白い犬と出掛ける姿を見ると不愉快になってし方が無い。

「遊星にとってあの白い犬は、どういう存在なんだ?」

ズズズ・・・と熱い珈琲を啜りながらボヤクと

「恋人じゃないかしら?」

余り気にしていないのかラリーは、平然とした表情で言うと

「ブッ・・・こっ恋人って2匹ともオスだぞ!!」

思わず珈琲を吹き出すナーヴ。

「ナーヴ汚いわよ。別にオス同士だからって恋愛をしては、イケナイなんてナンセンスだわ。

恋は、自由でなければならないと思うんだけど」

「それは、君だけの理論だと思うけど」

「あら。同性愛は、人間だけに許される行為だとは思わないわ。生きている以上男も女も関係無く愛し合って

も良いと思うんだけど」

そんな2人を余所に遊星は、白い犬の元へと駆けて行く。

 

 

 

「ジャック!!」

遊星は、白い犬の傍にハニカミながら近付く。

「遊星」

ゆっくりと近付いて来る遊星にジャックは、簡単に毛づくろいをしてやる。

気持ち良さそうな表情の遊星。

このままココで襲いたい気分になる。

「遊星 そんな誘う様な顔をするな。お前の事が欲しくなる。」

「さっ・・・誘ってない!!」

「ハハハ・・・冗談だ。」

白い犬は、高笑いすると

「行くぞ。今日行く地区を制覇すれば俺は、名実共にキングとなるのだからな」

「ジャックの夢だもんな。」

ジャックは、前々からキングになる事を夢見ていた。

そしてそれを何度と無く遊星に話していた。

キングになったら何がしたいとかそういう事は、言わなかったが・・・。

 

ジャックがキングになりたかったのは、最愛なる遊星の為。

遊星の様な飼い犬を良く思わない連中は多い。

単体で行動なんてすれば虐めの対象になりかねない。

遊星が単体でも行動が出来るようにしたかった。

自分が遊星の元に赴くばかでなく遊星からも来て欲しかったからだ。

 

 

+++

 

「キャ〜!!ジャックよ!!」

「ジャック・アトラスが来たわ」

「何時見てもカッコイイ」

色めきたつメス犬の声。大半がジャックの熱烈なファンなのだ。

中には、発情期中のメス犬も居て決闘が済んだジャックの元へ向い交尾を迫って来るのも居る。

だがそんなメス犬達にジャックは、決闘の後目もくれず一目散に遊星の元へと向っていたのだ。

その所為で遊星は、ジャックファンのメス犬達から邪険に扱われていたのだが・・・。

 

「また遊星がジャックの傍に居る〜!!」

「何様のつもりなのかしら?」

時折聞える妬みの声。

一々そんな事を気にしていたらキリが無い・・・と思いつつも気になってしまう。

「遊星 気にするな。お前は、俺の傍に居ればいい」

「オレは、別に・・・」

指摘されて一瞬ドキッとした。

まさかジャックに心の中を読まれたと思ったからだ。しかし・・・

「お前が何かを気にし心が沈んでいると尻尾が垂れて下がってしまう。

それに俺を見ようとしなくなるしな。」

自分の心の中を読まれたワケでは無く。身体的な事でバレテいた事に何故か安心した。

「遊星 お前は、何も案ずる事無く唯俺だけを見て、そして俺の隣にいればいい。

遊星見ていろお前に最高の地位を与えてやるからな!!」

そう言うとジャックは、相手方数十頭に向って歩み出す。

胸を張って畏怖堂々とした態度のジャック。

顔立ちも美しく躰も大きいし全身を白い毛で覆われ神々しく見える。

とてもミックスだとは、思えない。古えの血を受け継いでいるのかもしれない。

そして神秘的な菫色の瞳。

彼の子孫を産みたいと願うメス達の気持ちが解る。

彼の熱烈なファンの中には、綺麗なメスや可愛いメスだって居る。

彼は、選べる立場なのだ。

それなのに何故彼は、自分を選ぶのか?

聞いてみたいのに聞くのが怖い。

そう言えば以前ラリーが言っていた。

「貴方は、現存する犬の中では、とても珍しい犬なの。ううん珍しいなんて言葉で片付けられない。

貴方の種類は、貴方だけを残して滅んでしまったのだから・・・」

そんな事を言っていた。

(もしかしたらジャックは、オレが珍しいから傍に居るのかもしれない。だからメスじゃないオレと躰を結ぶ

のかもしれない。オレが何処にも行かない様にするために)

段々心が沈んで行く。

目の前で繰り広げられる死闘が現実世界から離れて行くようだ。

ジャックと言う存在が遠く感じられる。

そんな感覚に襲われていると不意に背中にズシンとした重さを感じ躰が地面に着いていた。

何事かと思い首を微かに背後に向けると大型犬が大きな両前足で自分を押えているではないか。

回りのメスの慌てふためく声。

そして聞える自分を呼ぶジャックの声。

そんなジャックに自分を押えこんでいる大型犬が

「コイツが大切なら大人しくオレ達に嬲られるんだな。」

背骨がミシミシと音を発てているかの様な感覚に見舞われる。

霞む意識の中で大型犬の言葉通り大人しく相手方の犬に嬲られるジャック。

美しい毛皮が次第に赤く染まり出す。

(ジャック・・・ジャック・・・)

声にならない言葉で必死にジャックの名を呼ぶ。

(このままじゃジャックの足手まといになってしまう・・・それだけは嫌だ。オレは、ジャックと一緒に居たい。

ジャックが見ようとしているモノ。見ているモノをこれから先も見ていたい。)

そう思うと震える手足に力を込め立ち上がる。

「なっ!!貴様ぁ〜!!貴様の様な弱者は、強者の足元で這いつくばっていればいいんだよ!!」

そう叫びながら大型犬は、更に体重を遊星に掛けて来る。

ミシミシと本当に音が聞えて来る。このままだと本当に背骨を折られてしまうかもしれない。

(考えるんだ。この馬鹿犬が次にとるであろう行動を・・・)

そして大型犬が体重を前足に掛けるホンの一瞬だが上半身を浮かせる事に気が付いた。

その一瞬の隙に遊星は、大型犬の下から抜け出し相手の口先に渾身の力を込めて噛みついた。

本当なら首筋を噛むのだがこの大型犬の首筋は、弛みに弛んでいるので噛み付いても効果が薄い。

なら口先を噛み呼吸を塞ぐ事にした。

これなら大型犬より小さい自分でも倒す事が出来る。

だがこの方法がベストだとは、決して言えない。相手が息苦しさ故に首を大きく振り回せば遊星なんて

簡単に振り払われてしまうかもしれないのだ。

振り落されない様に必死に噛みつくしかない。相手が倒れるまで・・・

そんな遊星の反撃を目の当りにしていたジャック。

ジャックにしてみれば遊星は、守るべき存在であって守ってもらう存在では無い。

(俺とした事が遊星の力量を見誤ったか・・・否・・・俺は、遊星に言った俺の隣に居ろと・・・)

ジャックは、立ち上がるとさっきまで散々自分を痛めつけてくれた相手に倍返しで痛めつける。

(俺の隣に居る以上遊星にもそれなりに力がある。喧嘩に勝つための力だけではない。知恵と言う名の

力。例えどんなに喧嘩する力が弱かろうが知恵を使い自分で勝つための活路を見出す事も力だと言える)

遊星は、一瞬の隙で抜け出しそして自分でも勝てる方法を見つけた。

(お前は、最高のパートナーだ!!)

 

数分後---

大型犬を倒した遊星がジャックと合流した事で数十頭居た相手方の犬の大半が地に平伏する様に倒れ

大半が尾を下げ逃げて行った。

泥だらけの遊星にジャックは、近付くと汚れを拭ってあげるかの様に舐め出した。

「ジャ・・・ジャック!!汚いから舐めるな・・・」

擽ったいのと気持ちイイのと恥かしい気持ちが入り乱れてしまう。

「今回は、遊星に助けられたな。」

優しい眼差しに優しい声に照れてしまう。

「ジャックの足手まといになりたくない・・・」

「ん?」

「ジャックと一緒に居たいからジャックの御荷物だけには、なりたくないんだ!!」

自分の気持ちに有った想いを思い切って口にしてしまう。

『しまった』と思った時には、既に時遅し・・・。目の前で鳩が豆鉄砲を食らったかの様な表情を浮かべて

遊星を見ているジャック。

言うんじゃ無かったと思うが口を付いて出てしまった言葉を戻す事も取り消す事も出来ない。

「遊星・・・嬉しいぞ。」

 

 

+++

 

どうやって帰って来たのかなんて覚えてない。

ただ自分の家が見えた時全身の力が抜けてしまい自分がどれだけ緊張していたのか帰って来てやっと気が

付いた。

 

「ラリー 遊星の姿が見えないのだが本当に帰って来たのか?」

「フフフ・・・カッコイイ御友達を連れてね。」

どことなく嬉しそうに遊星の部屋を覗くラリー。

ナーヴもこっそりと遊星の部屋を覗くと互いに寄り添う様に眠る2匹の犬。

「遊星を捕られたって心境なんだが・・・」

ラリーから「遊星が怪我をして帰って来たの!!」って興奮気味に連絡があった。

しかも驚きと言うより嬉しそうに聞えた。

急いでラリーの元に駆け付ければ満面の笑みを称えて向えてくれた。

ゆっくり扉を閉めると2人は、リビングへと移動する。

「あれだけ大切に育てて来た遊星が怪我をして帰って来たと言うのに君は、嬉しそうだね。」

普通なら取り乱してもオカシク無いし、その原因である可能性が高い白い犬まで追い返す事なく迎え入れ

たのだ。

「怪我の内容にもよるわ。遊星が背負った怪我は、あの子が健康で元気な証だと思うしあの子にとって勲章

みたいなモノだと思うの」

「勲章ね・・・」

「何があったのか解らないけどきっとあの白い犬・・・ジャックの為に負ったモノだと私は、思っているの。」

「ジャック?・・・あの白い犬の名前なのか?ラリー 君は、ただの野良犬まで名前を着けるのか?

物好きにも程が有る。」

「私が着けた名前じゃないわ。ジャックは、元々飼い犬なの。千切れ掛かっていた首輪に『ジャック・アトラス』

って名前が書かれてあったの」

「捨て犬か迷い犬か・・・」

「脱走犬よ。」

「脱走犬?」

「飼い主の事が嫌いで飼い主の元を脱走した犬。でもその御影で遊星の友達になってくれたんだし私にとって

願っても無い事だわ。

あっでも友達なんて言葉でいいのかしら?寧ろ恋人の方がピント来るんだけど」

「ラリー あの2匹は、オス犬なんだが・・・」

そう言えば彼女は、同性愛を容認している事を思い出す。

「ラリー 君に聞きたいと思っていた事があるんだが・・・」

「何しかしら?」

「もしかして数百年前に行われた狂気とも言える実験の事を気にしているのかな・・・と・・・」

ラリーは、キッチンに向うとカップに珈琲を煎れ戻って来る。

「気にしようにもその実験が行われた時、私は生まれてないわ。」

数百年前に行われた狂気とも言うべき実験。

それは、キメラ実験。

種の異なるモノ同士を掛け合わせて造られた生命体。

「その時の実験データは、私の先祖が博士の元から盗み出した事によって人体実験までには及ばなかったん

だし問題ないわ。」

「だが動物を使った実験は行われてしまった。」

生み出された異形の生命体。

データ紛失後、外に漏れる事を恐れた博士は実験施設諸とも異形の生物を生きたまま跡形無く燃やし埋め

てしまった。

火事の後、暫くは異臭がたち込めたらしい。

だがその中で生き延びた種が居たのだ。

それが遊星の先祖。遊星の先祖は、元々ラリーの先祖のペットだったのだ。博士の命令で実験体として差し

出されキメラにされた後、ラリーの先祖が研究データ共々持ち出したのだ。

遊星の先祖が掛け合わされたのは、イワトビペンギン・・・

それ故に遊星の髪には、黄色味かかったオレンジのラインが入っているのだった。

「私ね 長年の夢があったの」

「夢?」

「何時か遊星を連れて外に散歩に出ると言う夢がね。

でもジャックのおかげでその夢が叶うかもしれない。」

「早く夢が叶うといいな。」

「ええ」

 

ナーヴ・・・貴方は、優しいわ

でも私は、遊星を守る為なら何だって出来るのよ。

自分の夢を捨てる事も・・・

親友の貴方を殺す事も・・・

遊星に憎まれるかもしれないけど遊星の親友であるジャックでさえも・・・

私は、手にかける事が出来る。


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