幻夢〜桜が見る夢〜-1-
「ん〜」
晴れた空の元、人気の全く無い場所を不動は伸びをしながら歩いていた。
そして辿り付いた場所は、大きな枝垂れ桜が1本植えられたそれほど広くない広場。
研究施設からそれほど離れた場所では、無いのに誰も知られていない場所。
そんな場所を何故不動が見つけられたのか?
ただの偶然だった。
一人息子の為に新しい玩具を作っていた時、たまたま吹いた風に設計図を飛ばされてしまったのだ。
それを追いかけていたらこの枝垂れ桜の在る広場に辿り付いた。
この場所から海馬Co.の研究施設がよく見えるのに何故研究施設からこの桜の木が見えないのだろう?
不動の聡明な頭脳が簡単に答えを出した。
この場所は、ソリットビジョンによって隠された場所。
誰が何のためにそんな事をしたのか解らない。
何時もならそんな事を気にしないのだが今回は、何故か気になり調べてみた。
そこで解った事・・・
「へ〜こんな所が研究所近くに在ったのか?」
暢気な声で背後から話し掛けられ。
振返る必要が無い聞き覚えの有る声。
「どうしてお前がココに居るんだ?」
「貴方が外出する姿が見えた。」
だから後を付いて来たと言うのだ。
「付いて来なくても・・・」
ただの息抜きだったのに。
「もしかして俺って邪魔?」
解っていて言っている分タチが悪い。
そんな風に言われたら
「別にそう言う意味じゃない」
と否定せざる得ない。
「しかし変わった花だな。」
「何だ?桜を知らないのか?」
「えっ!!これも桜なのか?こんな変わった枝ぶりなのに・・・」
垂れ下がる枝を見て驚いている様だが花を見て腑に落ちないなりにも納得は、したようだ。
「これは、枝垂れ桜と言って江戸彼岸と言う種類の変種なんだ。」
「変種・・・こは、見事だな。しかしアメリカで見たのと幾分に姿形が違う。」
「アメリカに在るのは、染井吉野の種類だろう・・・この枝垂れ桜とは、親戚の様なものだな。」
「親戚ね・・・」
美しい巨木に圧巻される。
見る者全てを虜にしてきたんだろう。
しかしこれほどの巨木なのに何故今迄この桜の存在に気が付かなかったのか?アトラスは、不思議だった。
「もうそろそろだろう。」
そう不動がそう言うと何処からか一人の少年が姿を現した。
美しい燃える様な紅蓮の髪。
こちらを見る瞳は、その髪の色に勝るとも劣らぬ真紅のルビーを思わせるほどの美しさ。
力強さを感じる反面、儚さも感じた。
なんと言う曖昧な存在なんだろう。
しかしソリットビジョンが見せているのだと解っていても少年の姿全てに惹きつけられ魅入ってしまった。
目が離せない。
そんなアトラスの心中を知ってか知らずか
「彼は、初代デュエルキング武藤遊戯だ。」
話しだす。その瞳は、少年の方を向いたまま・・・
「彼が武藤遊戯だって?歴史書で見た人物とは、異なる様だが」
デュエリスト達が名を連ねる歴史書に当然だが初代デュエルキング武藤遊戯の写真も掲載されている。
だがその写真の人物は、髪型こそ目の前の少年とは同じだが穏やかな優しい表情を紫かかった瞳が印象的
だった事をアトラスは思い出す。
「歴史書の武藤遊戯は、20歳を越えてからのものばかり。それ以前の彼に関する資料は、全く存在していな
い。それは、本人と海馬社長が全てを消去したと言われているから・・・」
何故武藤遊戯は、己に関する資料を消去したのか歴史的に謎とされてきた。
「オレは、こう思うのだ武藤遊戯は2人存在したと・・・」
「2人?双子なのか?同名で?」
そんなの有り得ないよく似た名前を付けたとしても同じ名前を付けたりしないだろう。
「双子なんかじゃない。多重人格みたいなもんだよ。」
「多重人格?それじゃ武藤遊戯の躰にもう一人の武藤遊戯が?」
「それなら同じ名前でも誰も疑わないだろう?」
「しかし・・・」
「それに多重人格を持つ人間は、実際に存在する。」
その言葉にアトラスは、否定出来ない。実際にアトラス自身そういう人と接した事なんて無いが興味本位で開いた
医学書や精神世界に関する本に度々そういう文を読んだ事があった。
「目の前の彼の人格が存在したのは、武藤遊戯が20歳になるまでとしよう。そうすれば20歳前までの武藤遊戯の
資料が廃棄され存在しないのも肯けると思う。」
自分以外の自分・・・それは、どんな感じがするのか・・・。
「・・・俺ならどんな自分でも・・・自分に関するデータは、残しておく・・・自分を否定する行動なんしてたくない。」
「否定じゃない。武藤遊戯は、彼の存在を認めているんだ。」
「認めているのにデータを消すのか?彼が存在していた証を?!」
「武藤遊戯は、彼を大切に想ってくれている唯一人の人物の為に全てのデータを消したんだ。」
「唯一人の人物の為に・・・」
「彼を永遠のライバルと認め彼を追いかけた海馬瀬人の為だけに・・・」
「海馬瀬人の為に・・・ってどうしてそんな事が言える?唯のライバルなんだろう?」
歴史書に海馬瀬人と武藤遊戯がライバルだと言う事は、書かれているので誰もが知っている事だった。
だが解っているのは、そこまで・・・個人の気持ちなんて当然の事だが記されているワケでは無い。
「お前は、あの少年の表情を見てどう感じる?」
「どうって・・・」
穏やかな幸せそうな表情。本当に海馬瀬人が彼の事をライバルだと認識していたら彼がこんな表情をしただろう
か?
きっとしないだろう。
そしてそんな彼を海馬瀬人も穏やか顔で見ていたのに違いない。
既にこの時代に生きていない2人。
もう終わりなのだろう少年が巨木の幹に触れながら悲しそうな表情を浮かべる。
そしてその身を宙に浮かせ溶け込むように少年は、消えて行った。
まるで枝垂れ桜に宿る精霊かの様に・・・
印象的な少年の悲しそうな顔。
海馬瀬人は、どんな気持ちで彼の悲しそうな表情をソリットビジョンに入れたのだろう。
そしてそれをどんな気持ちで見ていたのだろう。
「アトラス・・・こっちに来てみろ。」
少年が立っていた場所に不動は、膝を付き指を指した。
そこには、小さな機械が置かれている。
「これを見付けた時オレは、どうしてもこの中を見てみたいと思ったんだ。
だが壊れていた。歴史的にどうとは、思わなかった。科学者としてこの機械の事を知りたかった。」
だから修理をしたと言うのだ。
そして少年と知り合った。
「呼ばれたんだな・・・この桜は、この装置の事もこの装置が壊れている事もこの装置に収められている内容も
知っていた。
だが桜の木には、この装置を修理する技術なんてない。だから待ったんだ。
何年も何十年も・・・この装置を直してくれる技術者を。
そして見つけたんだ。不動・・・貴方を・・・」
風が吹いて設計図を飛ばしたんじゃない。
きっとこの桜の木には、精霊が宿っていて設計図を持ち出したんだ。
自分の根元に在る装置を修理してもらう為に・・・。
「もしオレを待っていたとしたら待つ必要なんて無かったんじゃないか?数多くの技術者をこの桜の木は、見て来た
だろうから。」
「貴方は、解ってないんですね。この木は、貴方にしか直して貰いたく無かったんですよ。」
「どう意味だ?」
意味なんて言った本人でるアトラスにだって解らない。
ただそう思っただけだった。
「それは・・・貴方・・・が・・・」
急に目の前が霞み出す。
微かにだが頭の中で誰かの声が聞こえる。聞き覚えの無い声。
頭の中で聞こえる声は、穏やかで不快な気持ちにはならない。もう少し聞いていたい気分になる。
頭を抱え膝を折るアトラスに不動は、焦り声をかけるが反応が無い。
まるで人形に話し掛けている気持ちなる程、何の反応も返って来ない。
「アトラス・・・アトラス・・・おい!!返事しろ!!」
虚ろな瞳に何も写していない。心ココに在らず・・・そういった感じだ。
しかし暫くして
「ああ・・・大丈夫ですよ。ちょっと眩暈がしただけ・・・」
優しい笑みを浮かべ不動を見つめる瞳は、不動が確かに知っているモノだったが何か違和感を感じる。
不動の顔に触れる優しい指。
「心配をさせてスミマセン。」
「別に心配をしていたワケでは無い。」
「不動、もしこのソリットビジョンに隠された映像が在るとしたら見てみたいと思わないか?」
「隠された映像? そんなモノは、無かったぞ?」
この装置を修理する際に映像は、全て見た。
だが隠された映像なんて全く無かった。否見つけられなかったのだ。
「隠されている以上それに見合ったパスワードが存在しているはず。それは、決して単純なモノでは無いかもしれ
ないし或いは、とても単純なモノなのかもしれない。」
「どうして隠された映像が在るなんて言えるんだ?」
「・・・俺なら・・・俺だけしか見れない映像を作る。人に見られても良い映像の他に・・・貴方ならどうします?」
その問いに不動は、答えられなかった。
そんな事を考えた事なんて無いから。
もし自分だったら・・・どうしただろう?
不動の頭に疑問の芽が芽生えだした。
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