日溜まりのような


外から指し込む光は、眩しすぎず又暗すぎず丁度良い明るさ。

室温も空調を入れずとも熱すぎず寒すぎない丁度良い温度。

カタカタ・・・

何時もの様に軽快な音を立てて叩くキーボード。

しかしその作業を行っているのは、何時もの場所じゃない。

穏やかな時間が流れる場所。

ここ数日の自分とは、全く無縁だったように思える。

 

空になった珈琲カップ。

何時もなら世話焼きのアノ男が熱い珈琲を煎れてデスクの上に置いてくれるだろう。

しかし今この時間にアノ男は、居ない。

今自分の傍に居るのは、ブランケットを掛けて貰いあどけない寝顔と寝息をたてる愛息子。

思わず顔が綻んでしまう。

愛息子 遊星に会うのは、幾日ぶりだろう?

何時も研究室に篭り殆ど家に帰ってない。そんな父親の顔なんて覚えてないだろうと思い夕べ帰宅したら

母の腕の中で小さな手を広げ抱っこをせがんで来た。

忘れられていない安堵感に胸を撫で下ろす。

正直な所、泣かれる事を想像し覚悟していたのだ。

 

不動は、デスク脇に置かれている魔法瓶に手を伸ばす。

そこには、妻が出掛ける前に用意してくれた珈琲が入っている。

普段家に居ない不動は、夫人に息抜きをしてもらおうと思い遊星の面倒を引き受けた。

彼なりの妻や子に対する償いなんだろう。

コポコポ・・・とカップに注がれる珈琲。

傍で寝る息子の頭を撫でながら

5歳だと言うのに年相応に見えないなんて・・・オレ譲りなのか?)

自分も実年齢より若く見られる。

まさか息子まで遺伝しているとは・・・苦笑してしまう。

5歳の愛息子。近所の人から3〜4歳に見られている。

普通の5歳児より背が小さいから仕方が無いのだろうが子供の成長は「あっ」言う間。

今どんなに小さくても成長するにつれて大きくなり年相応の身長に達してしまう。

(個人差は、在るだろうけど・・・オレとしては、余り大きくならないで欲しいなぁ。

出来る事ならオレと同じ身長であって欲しい)

流石に息子に見下ろされる自分の姿を想像して悲しいモノを感じたのだろう。

 

ゆっくり流れる穏やかな時間・・・

ピィ〜ンポ〜ン

それを打ち砕くかの様に鳴らされる呼び鈴。

折角息子との時間を一体誰が邪魔をするのだろう?

無視をするつもりだったがもししつこく鳴らされると遊星が起きてしまうかもしれない。

1回で鳴り終わると思わない・・・と言うか既に2回目の呼び鈴。

何時もなら誰が来たのかモニター確認をするが今日に限って確認せずに開けてしまった。

そこに居たのは、

「逢いたかったぞ!不動」

テンション高々の男。

「昨日も会ったはずだが?」

何時も自分の傍に居て甲斐甲斐しく世話を妬いてくれる相手。

「今日は、朝から不動に逢ってない。」

「今会っただろう?」

「不動は、俺に逢いたくなかったのか?」

「さぁ〜?2〜3日もすれば会うから会いたいとも思わなかった。」

「そんなぁ〜俺は、不動に逢いたかったのに・・・」

「まぁ立ち話もなんだから中に入れ。」

苦笑しながら家に入る事を進める。

玄関にカギをかけていると

「不動は、誰が来たのか確認もせずに扉を開けるのか?無用心だぞ。」

「いや、普段は確認してから開けるが・・・」

そう言えば今日に限って何故確認をしないで開けたのだろう?

「俺だったから良かったモノの。変質者だったらどするつもりだったのだ?」

「変質者って・・・」

「貴方は、年の割に若く見えるし可愛いんだ。襲われる可能性だってある。」

「可愛いって・・・大人の男に言う言葉じゃないな。」

さっき遊星を見ながら年相応じゃないと思っていたが面と向かって言われるとショックだ。

「アトラス・・・いい加減背中の子を下ろしたらどうだ?」

「ああ」

アトラスの大きな背には、彼の愛息子ジャックが背負われていた。

「来る途中で寝てしまったのだ。」

アトラスの背にしがみついているジャックを優しく抱き抱えると不動は、そのままさっきまで自分が座っていた

ソファへと向かう。

ブランケットに包まれた我が子の傍にジャックを寝かせると寝室に向かい毛布をかけてあげる。

「アトラス。お前の事だから眠りかけていたジャックにオレの所に遊びに行くとでも言ったのだろう?」

「解ったか?」

「お前の考えそうな事だ。」

「お見通しとは、恐れ入る。」

両手を上げ降参のポーズを取るアトラスだったが

「だが誤解は、しないでくれジャックが『行きたく無い』と言えば連れて来るつもりなんて毛頭に無かった。

ジャックがココに来ると自分で決めたのだ。」

「そうか?オレは、てっきりジャックを口実に遊びに来たのだと思っていたが」

「俺は、そんな卑怯な男じゃないぞ」

少し口を尖らせているアトラスの仕草が子供染みて可愛いと思ってしまう。

「なぁ・・・」

「ん?」

「オレ達は、この子達に何を残してやれると思う?」

「急にどうした?」

「今開発中のモーメント。アレをこの子達に残したい。だがもし悪い奴等に悪用されたらと思うと・・・」

モーメント・・・莫大なエネルギーを生み出す装置。

正しく使えば環境破壊をくい止める事が可能だろう。

だが悪い方に使われでもしたら・・・

「この世の終わりが近づくかもな。」

平然と言ってのけるアトラスに不動は、何とも言い難い怒りを覚える。

「モーメントに関係する連中が皆が皆、善人ばかりじゃない。悪人だっているだろう。

一歩間違えれば善人な者だって悪人になりうる。」

「アトラス!!」

「人の心は、千差万別。俺達にどうこう出来ない。

だったら守ればいい!!貴方がこの子達を・・・日溜まりの様な僅かな時間を大切にしたいのなら守ればいい!!

モーメントを・・・子供を・・・未来を・・・」

「守れって簡単に言うな。」

どうやって守ると言うのだ?

そんな大それた事。

「貴方が我々のモーメント開発スタッフの確固たるリーダーとなりモーメントを守ればいい。俺は、貴方が守りたいと望むモノを守りたい。貴方がこの日溜まりの様な時を守りたいと望むのなら俺は、それを守りたい。」

「アトラスが言うと何でも出来そうに思える。」

「出来そうじゃない。やるんだ。それに対して俺は、惜しみなく俺の持てる力の全てを貴方に捧げよう。」

テンション高々に話されると先ほどまで感じていた怒りが自然と消え失せてしまっていた。

「お前は、何時も自信に満ち溢れている。羨ましいかぎりだ。」

自分とは、正反対だとつくづく思ってしまう。

彼ほど自分に自信が有ったら・・・。

「他人を羨ましがるな。貴方には、貴方にしか無い良い所がる。

第一俺の自信満万な性格と態度が前の会社では、受け入れられなかった。」

そう言えば浮いた存在だったと言っていたような。

「アトラス オレは、こんな穏やかな時間を何時までも大切にしたい。

今は、モーメント開発スタッフの主任だがオレこの子達を守る為に開発スタッフの主任と言う地位だけで留まる

事なんてしない。モーメントに携わる全ての事柄を把握出来る責任者で居る。

その為には、お前の力を貸してくれ。」

「ククク・・・貸してくれだと?そんなモン俺から搾取しろ!!奪え!利用しろ!それに許しを請うな。

貴方には、その権利がある。俺がそれを望んでいるのだからな」

「アトラス・・・オレは・・・」

嬉しい言葉なのだがそんなに尊大に言われても返す言葉が無い。

「俺は、貴方と共に在り続けたい・・・」

そう言うと困惑している不動を抱きしめそのまま優しく口付けを落とす。

傍では、寝息を立てている我が子達が居ると言うのに・・・

 

 

 

暫くして・・・

「あなた、今そこでアトラスさんの奥さんと出会ったんだけど・・・あら・・・」

「どうしたの?」

「本当に仲が良いわね。妬いてしまいそう。」

「あら?本当」

クスクスと笑う奥様2人。

奥様方の目の前には、床の上で一緒の毛布に包まる息子の姿とその傍でゴロ寝をする亭主の姿。

「今日は、気持ちの良い天気でしたものね。」

「眠くなるのは、解るけど風邪は引かないでね。」

各々の旦那様にシーツを掛けてあげるとそのまま台所に・・・

 

奥様同士笑顔をたたえたまま夕飯の用意を仕出したのは、言うまでも無い。


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