不逞
「ルドガー少しいいかな?」
「はい、博士」
自分より小柄な男に呼ばれルドガーは、今やっていた手作業を中断した。
「入りたまえ」
促されるままルドガーは、不動博士の研究室に足を踏み入れた。
「いかがされましたか不動博士・・・」
「ダァ〜アゥ〜」
研究所には、相応しくない声。
ルドガーには、聞き覚えが有る声。
「博士、また連れて来たのですか?」
思わず瞼を閉じ眉間を人差し指と中指で軽く押さえる。
零れるのは、軽い溜息。
「遊星は、ココが好きなんだ。」
不動は、自分専用椅子に腰かけデスクに両腕を乗交わらせた手の甲に顎を乗せながら傍に在るベビーベッド
に目をやる。
ベビーベッドの淵に捕まりながら愛くるしい笑みを浮かべ父親とルドガーを交互に見ている。
本当に我が子が愛おしいのだろう。
優しい眼差しで我が子を見詰める不動博士。
ルドガーは、自分の胸の内でドス黒いモヤモヤとしたモノが渦巻いているのを感じる。
そしてその思いが不動博士の幼い子供に向けられていると気付く。
(まさか大人の自分がまだ赤ん坊に対して嫉妬するなんて・・・)
と思いは、するもやはり不動博士の眼差しが自分では無く他に向けられているのは不愉快でしかなかった。
「ルドガーそんな険しい顔をするな。遊星が不思議そうに見ているだろう?遊星の可愛い眼差しを一人占め
にするつもりなのかい?そうだとすると嫉妬してしまいそうになる。」
何時の間にか自分の席から離れベビーベッドへと近付く。
「遊星、お前の可愛い眼差しをお父さんに向けてくれないか?」
「アゥ〜ア〜キャッ」
不動博士が遊星に顔を近付けると遊星は、小さな両手で父親の顔に触れる。
「・・・で俺に何か用があったのでは?」
ココに呼ばれたのは、用が在っての事。それを思い出し訪ねてみれば。
ルドガーは、不動博士と2人きりの時は、自分の事を『俺』と言っている。
そんな部下に対し不動博士は、眉一つ動かす事無く淡々と
「用?・・・ああ・・・そうだったね。少しの間、遊星の面倒を見てくれないか?」
自分の用件を言う。
「遊星の?」
まさか子守りの為に呼んだのだろうか?
だがこの人なら子守りの為に自分を呼ぶ事なんて当然の様に在り得る。
「それならベビーシッターを雇うか研究所内に在る託児所にでも預ければいいでしょう?」
そうすれば研究に身が入ると言うモノ。
「それは、出来ないな。子供の愛くるしい姿を見ていられるのは人生の中でホンの僅か。私は、そんな僅かな
時間を無駄にしたく無いんだ。それにこの子は、人見知りをするしね。」
確かに子供の愛くるしい時間は、限られている・・・限られているからと言って仕事場に連れて来るのもどうかと
思う。
ただ遊星が人見知りなのは、博士から聞いて知っているがそれを自分が見たワケでは無い。
子供と離れたくない故の虚偽かもしれない。
「疑っている目をしている。まぁ遊星のそんな姿を見せた事無いから疑われて仕方が無い。
だが遊星の存在が在るからこそ君は、ココへの出入りが許されているんだ。」
不動博士は、遊星を抱き上げてルドガーに近付く。
「遊星、お前はルドガーのオジサンに遊んで貰いたいのだろう?」
「アウ・・・ゥ・・・ダァ」
父親に何を言われているのか理解出来てない遊星は、父親の顔に小さい手を当てながら抱っこされている
事に「キャッキャ」言いながら喜んでいる。
「俺としては、子供の世話より貴方の御世話をしたいのですが」
「私の?」
「そう貴方の・・・本当は、構ってもらいたいのは遊星の方じゃなく貴方の方でしょ?不動博士」
「どうしてそんな事が言えるのだい?」
意外そうな眼差しでルドガー見詰めている不動博士だがその心の置くに在るのは、ルドガーの指摘通り。
ただ本人が気付いていないのだろう。
無意識にしている行動なのだろがルドガーにしてみればタチが悪いと思ってしまう。
「貴方は、自分の気持ちに正直じゃない。そう貴方自身の欲望に」
ルドガーは、不動博士から遊星を取り上げると遊星をベビーベッドへ入れる。
急に父親の温もりを奪われた遊星は、少しぐずりそうになっていたが好きなオジサンであるルドガーに抱っこ
され笑顔を浮かべている。
「遊星 少しの間、お父さんを借りるぞ。」
そう言って頭を大きな手で撫でてあげると「キャッキャッ」と声を上げて喜んでいる。
でも直ベビーベッドに戻され不思議そうな表情を浮かべている。
「後で遊んであげるからそこで大人しくしているんだぞ」
遊星に優しく声を掛けると直にベッドから離れ不動博士の元へ。
「ルドガー?」
訝しい表情をしている不動博士。
そんな不動博士をルドガーは、抱き寄せ
「遊星の世話を盾に貴方がこうされたかったのでは?」
耳元で囁くとそれが擽ったいのいのか首を竦める。
そんな仕草が可愛く思える程自分は、この小柄な男に夢中なのだと病気なのだと感じてしまう。
だがそれは、決して不愉快なモノじゃなく心地よいモノ。
「貴方は、正直じゃない自分が構って欲しい時何時も遊星を盾にしている。俺が遊星の世話を本当に
していると不機嫌そうな顔をしているのを知らないのですか?」
クスクスと聞こえて来る事に不動は、少しムッとしたが必ずしも外れていないので反撃が出来ない。
多分この男が言っている事は、正しいかもしれない。そう思えるから・・・
暫くして軽く溜息を吐くと大きな躰に腕を回しながら。
「私は、自分がそう言う態度を取っている事に気付かないで居たし自分の気持ちにも気付いていなかった
まさか他人に指摘されるは、思いもしなかった。」
「自分で自分の事に気付かないのは、普通だと思いますよ。俺とて俺の事を全て知っているワケでもないし
自分の行動全てに気が付いているワケでもない。無意識の領域だって在ると思います。
貴方の行動も気持ちも無意識の領域がさせているのでしょう」
「無意識ね・・・」
自分の本当の気持ちなんて考えた事なんてないし知ろうとも思わなかった。
(無意識の内に自分の息子に嫉妬していたとわな・・・)
心地よい大きく逞しい腕に抱きしめられながら自分の思いに苦笑の笑みを浮かべた。
しかしその表情は、ルドガーから見る事は出来ない。
ルドガーから不動博士は、俯いてしか見えないのだ。
彼の顔を見たくてルドガーは、抱きしめていた腕を緩め片手を俯いている不動博士の顎にかけて上向かせる。
急に顔を上げられて相手の顔を間近で見た所為だろうか不動博士の顔が次第に朱に染まりだす。
愛しい人の顕著な変化がルドガーの心を幸せな思いで締め上げる。
(ああ・・・この人を自分だけのモノにしたい。)
だが目の前に居る人物に想いを寄せているのは、自分だけじゃない己が弟レクスも彼に想いを寄せているのだ。
そして自分と同じ関係をレクスとも持っている事を知っている。
だがレクスに対してライバル心なんて抱いていない。
この人の心は、決して自分達に向けられる事は無いのだから。
この人の心は、ベビーベッドの中に居るあどけない表情で自分達を見ている遊星にしか向けられていない。
幼い子供が相手では、どうする事も出来ない。
湧き上がる何とも言いがたい気持ちを胸の内に抱きながらも今は、目の前に居る最愛の人に溺れる為に
意識を切り替える。
「ルドガー?」
「シー静かに・・・」
「・・・ん・・・」
啄む様な口付けを交わしながら深みを増して行く。
近くのソファに躰を重ねながら
「遊星が見ている・・・」
「その方が貴方は、燃えるでしょ?それにそんな事を気にしていられるのは、今の内ですよ。」
立つ事に疲れた遊星は,今ベビーベッドの内で座りオモチャで遊んでいる。
大人達が何をしているのか理解する事無く・・・