観察


「兄さん又断ったって聞いたけど本気なのですか?」

「ああ・・・今の俺の実力では、足手まといになるだけだろうからな。」

「そんな事無いですよ。本当に実力が無いのなら誘ってくる筈無いでしょ?」

「今は、ダメなんだ。」

「にい・・・」

話しは、終わったと言わんばかりにレクスに背を向け歩き出す。

兄に伸ばした手を渋々下ろす。

(本当は、行きたいクセに・・・)

兄ルドガーに海馬Co.の不動博士から誘いのメールが来ていた。

ルドガーが書いたレポートに興味を抱き本人と話しがしたい言う事と願わくは、共に働きたい・・・と言われて来た。

兄が何度も日本語で書かれているメールを翻訳し読み直しいる事をレクスは、知っていた。

そして兄の胸中も・・・。

きっと狂おしいまでに行きたがっていると言う事を・・・。

ルドガーが不動博士の書かれた論文を読み共感し不動博士の下で働きたくて猛勉強をした事を知っている。

熱い想いも知っている。

だがプライドの高い兄がどうやったら不動博士の誘いに乗るのか・・・それだけが解らなかった。

「博士貴方が直々に迎えに来ないと兄は、貴方の誘いに乗りそうにありません」

窓の外、青く透き通る空を見上げレクスは、呟いた。

 

 

 

+++

 

研究所のカフェ。

レクスが何度も後押ししてくれていると言うのに自分は、先に進めない。

憧れの人からの誘いは、嬉しい。

何度も何度もメールを読み直す程に嬉しい。

何度平常心を失いかけたか解らないほどに・・・。

だがその誘いに乗るワケには、いかなった。

自分が博士の下でちゃんと役に立てるのかどうか解らなかった。

ただ一介の研究者が書いた他愛も無い論文なのだ。

研究者なら誰しもが書ける様な内容だった。

それが高名な科学者の目に止まるなんて奇跡としか言い様が無い。

夢なのかもしれない・・・。夢なら覚めないで欲しいと思った。

「ブルーアイズマウンテンをお持ちしました。」

「ああ・・・そこに置いといてくれ。」

たどたどしい英語でコーヒーを持ってくるウェイター。

何時もなら相手の顔を見ないのにたどたどしい英語が気になり見上げれば白いワイシャツに黒いスラックスに

黒いエプロン。

更に何と歪な髪型をした蒼い瞳の日本人が居た。

東洋人は、実年齢より若く見えると言うが目の前に居る青年の年齢は幾つなのだろうか?。

博士より上なのか下なのか?

「ココに来てどれ位になるんだ?」

多分普通の会話も聞き取れないかもしれないと思ったルドガーは、ゆっくり話しかける。

1週間ぐらい経つ・・・」

1週間で会話レベルまで話せるとは、上達が早いのか母国で事前に習って来たのか・・・)

「母国は、何処なんだ?」

「日本」

「アメリカには、留学か何か?」

何故自分は、この初対面の相手にココまで込み入った内容まで聞くのだろう?

コーヒーを持って来た段階で無視をすればいい。

会話をしても適当に質疑応答すればいい。

だが何故か気になる。

「人探し・・・と言う方が正解かも。」

「人探し?相手に関する情報が有るのか?」

「有るけど相手の人柄が解らなかったんだ。だから相手がどんな人物なのか知りたいと思って・・・あっもう戻ら

ないと・・・また時間があったら話しをしよう。」

そう言って青年は、ルドガーの傍から笑みを浮かべ離れて行った。

 

「博士いかがでした?」

「思った通りの若者だよ。彼を私の助手に欲しい。ああそうだ彼には、弟が居たね。」

「はい。レクス・ゴドウィンと言う・・・」

「彼も私の助手に迎え入れよう。」

「では、その手筈で・・・。」

「私は、もう少し彼を観察したい暫くココでバイトをするとしよう。」

「はっ博士ぇ〜!!」

「君これも人生経験をつむ上で大切な勉強だよ。」

「しかし・・・」

不動博士は、「ははは・・・」と笑いながら後ろ背に片手を振りながらキッチンへと向かう。

「全く自由は、人だなぁ。研究は、どうなれるつもりなんだ?まぁ空気の様な人だから皆に好かれるだろうけど」

 

 

+++

 

それから毎日に様にルドガーは、カフェへと足繁く通った。

コーヒーが目的では、無く先日知りあった日本人のユウに会うため。

ユウには「ココのカフェが気に入っているんだ。」と言いながら。

「・・・ふ〜ん。ルドガーは、迷っているんだ。」

「俺の様な無骨者が行って相手に迷惑をかけないかが不安なんだ。」

何時しか自分の悩みを打ち明けられる間へと進歩して行った。

「ルドガーは、心配性だな。君は、君の良さを知ら無さ過ぎる。もっと自分に自信を持って。

それにルドガーは、相手の事どれだけ知っているのだい?」

ユウにそう問われ自分は、不動博士と言う人物を何処まで知っているのか疑問を抱いた。

よくよく考えてみれば自分は、不動博士の顔を知らない。

「全く・・・全く知らない・・・俺は、相手の顔を知らない・・・」

彼の書いた論文を読んだ事が有るが彼の性格を全く知らない。

書かれている文面から自分は、彼の性格を決めている様に思えた。

「知らないのに崇高なイメージを抱かれていたんじゃ相手にとったら重荷かもしれないね。」

「俺は、相手が書いた文から相手の年齢や性格を勝手に思い描いていた。」

「しかしルドガーが長年想っていた相手の女性ってどんな人?」

ユウは、恋愛話しをしていると思っていた。

文にしたってメールやチャットでのやり取りだと思っていたのだ。

「生憎だが女性では、無い男性だ。」

「ええええ!!!!ルドガーってそっちの趣味あったの????」

ユウが驚くのも仕方が無い話しに出て来る相手は、女性だと思っていたのだから。

「そっちの趣味は、無いが相手に対する想いは、恋愛に等しいのかもしれない。」

不動博士が書かれた論文を初めて読んだ時の衝撃。

それ以来ず〜と想いを寄せていたのだ。

彼が発表する論文の全てを目にした。

だが彼の公演には、1度たりとも足を運んだ事が無い。

それは、自分が未だその域に達していないと思っていたから。

それに彼に会うのは、恐れ多いと思っていたのだ。

自分の中で何時しか神格化していた存在。

それは、多いに違うと思った。彼自身自分と同じ人の子なのだ。

そう思うと会ってみたいと思った。

「ユウ 俺は、決心した。来週にでも相手の所に行く。自分の崇高なイメージがどれほど愚かなモノだったのか

自分自身に思い知らせてやる。」

「君なら問題無いよ。君と会える日を楽しみにしているよ。」

「?」

ユウは、最後の言葉を小さく呟いたのでルドガーに聞き取る事が出来なかった。

翌日ルドガーがカフェに訪れるとユウの姿が無かった。

店長に聞くとユウは、急用が出来て夕方に辞めたらしい。

「お前に礼を言いたかったのに・・・」

思い出すは、ウェイター姿で満面の笑みを浮かべるユウ。

「そう言えばウェイター姿のお前しか知らないな。」

『ユウ』と言う名前以外知らない事に気付く。

 

 

+++

 

翌週ルドガーとレクスは、海馬Co.の研究所に居た。

「貴方達が新しく助手になられる方々ですね。私は、不動博士に貴方方を迎えに行くよう仰せつかった者です。」

兄弟の前に現れたのは、眼鏡を掛けた薄茶色の髪の青年。

「初めましてルドガー・ゴドウィンです。」

「レクス・ゴドウィンです。」

挨拶を交わした後兄弟は、青年に連れられ研究塔へと向かう。

「博士とは、どの様な方なのですか?私の様な者まで呼んでいただいて申し訳無いのですが・・・」

「そうですね。雲の様な存在・・・もしくは、空気の様な存在なのかもしれません。」

「「??」」

「クスクス・・・失礼。そうですね簡単に言えば掴み所が無いのですよ。研究者としては、頭脳明晰なのに何処か

幼い子の様な無鉄砲。博士の助手になると苦労は、絶えないと思いますよ。」

「研究の上で苦労をするのならそれは,願っても無い事です。」

「研究の上ではね。」

意味心な事を言われて困惑する2人。

「まぁ本人に会えば判りますよ。博士は、既に御2人と話しをされた事が有ると言っておられましたし。」

「?話しをした記憶なんてありません。寧ろ博士は、公演以外で顔を表さない方。」

「サイエンス系の出版物には、顔を出されるのを嫌っていますからね。顔が売れると自由に出歩けない・・・と

ボヤイておられました。ああ後もう少しで博士の研究室です。」

そう言われ2人は、ネクタイを締め直す。

初々しい2人の反応に青年は、自分が初めてこの研究所を訪れた日の事を思い出していた。

 

ピ〜。

「博士 ゴドウィン兄弟を御連れしました。」

その言葉と同時に現れたのは、二頭身の掌サイズの猫耳キャラ。

しかもゴドウィン兄弟には、見覚えの有る人物がモデルになっている。

そのキャラが一通り踊り終えると

「さぁ入室しようか。」

「えっでも博士から何の返答も・・・」

「これが博士の返答だよ。このキャラが踊っていると言うのは、入室許可が降りた証。」

青年は、そう説明すると扉を開け2人に入室を促す。

2人は、恐る恐る入室をすると

キュル・・・カタ・・・

椅子を180℃回転させて振り返る存在。

「博士御連れしました。」

「ご苦労様。下がって良いよ。」

「はい。」

青年は、一礼してその場を立ち去る。

残された2人は、目の前の椅子に座る存在に目を大きく見開いた。

「やぁ〜久しぶり。待っていたよ君達が来るのを・・・その前に『ようこそ』が先かな?」

「ユ・・・ユウどうしてココに?」

震える声で何とか訪ねると

「ココは、私の研究室だよ。私が居て何等不思議では、無い。」

「そう言えばさっきの人ユウの事博士って呼んでたけど・・・まさかユウが・・・」

「私がココの研究主任不動だ。よろしく」

屈託無い笑顔を浮かべるユウ事不動博士。

「我々を騙したのか!?」

偽名を使い自分達に近付いて来た不動博士に沸沸を湧き起こる感情。

「騙したつもりなんて無いよ。誘っても来てくれない君達がどんな人物なのか・・・私とて自分の助手に選んだ

相手の事が気になる。・・・ただ身分や名前を偽って君達に近付いたのは、詫びよう。すまない。」

自分の非に気が付いたのか一瞬の間を開けて謝る博士。

「・・・博士を責めているワケでは、ありませんよ。ちゃんと理由を言わずに居た兄にも責任があるんですから」

確かに博士にそんな行動を取らせたのは、ちゃんとした理由を告げずに曖昧にしていたルドガーの方にも責任が

あった。

「しかしどうして博士は、兄ばかりでは無く私まで誘ってくれたのです?博士の目に止まった論文は、兄一人で

書いたモノです。」

「その事かい?確かにあの論文は、素晴らしい。いろんな視点から書かれていて興味を抱いた。しかしその裏で

彼に協力している存在が居ると感じたんだよ。資料作成だけでは、無く彼を全面的に協力をしている者の存在

をね。まぁこれは、私の直感なんで正直な所何の確証も無かったけど・・・」

初めてルドガーに会った日の事を思い出す。

たまたま赤信号で停車をしていた。車窓を眺めていたら2人が一緒に出勤して来る姿を見たのだ。

2人の事が気になり同席していた人物に訪ねるとルドガーには、兄を慕う弟が居る事が判明。

不動博士は(あの論文の作成の陰には彼の存在が有るようだね。)と直感し2人を助手にする事を決めた。

だがなかなか助手として来てくれないルドガー。

彼の心意を知りたいと思う。本当に何の脈絡も感じ取れないのなら諦め様と思った。

だが彼と接して行く内に脈絡有りと感じ博士なりに頑張ってみた。

慣れない接客に当初戸惑いつつもルドガーに近付きレクスとも仲良くなった。

「憧れの方からの御誉めの言葉、有り難き幸せです。」

深々と頭を下げているレクスだったが

「・・・所で博士にお伺いしたいのですが表のキャラは、博士が製作されたモノなのですか?」

「そうだよ。面白みも色気も癒しも無い研究所だからね。ああいうキャラが居ると面白いかもしれないと思ったん

だ。」

「可愛いキャラですが・・・どうして猫耳なのです?博士をイメージするのならカニがピッタリだと思うのですが?」

単刀直入に聞くレクスにルドガーは、唖然とする。

否その前に何故そうも簡単に内解けられるか?

自分達を騙して近付いた相手なのに・・・だがレクスの存在は、今のルドガーにとって有り難いかもしれなかった。

「コホン・・・あの猫耳は、博士が考えられたのですか?」

ワザとらしく咳払いし会話に入る。

もしこの場にレクスが居なければこうして博士に話しかけられなかったかもしれない。

「あの猫耳は、スタッフの女性が着けたんだよ。私としては、レクスが言うようにカニをイメージしたのを考えて居たん

だ。」

少し頬を膨らませて言う。

まるで子供の様に・・・。

そして試作段階だったカニ頭のキャラを見せてくれる博士。

(そう言えば・・・自分達を案内してくれた青年は、レクスが博士の事を訪ねた時・・・)

『「そうですね。雲の様な存在・・・もしくは、空気の様な存在なのかもしれません。」』

と言っていた。更に・・・

『「クスクス・・・失礼。そうですね簡単に言えば掴み所が無いのですよ。研究者としては、頭脳明晰なのに何処か

幼い子の様な無鉄砲。博士の助手になると苦労は、絶えないと思いますよ。」』

とも言っていた。

そうだ、ユウの時だって掴み所が無かったし不思議な存在だった。

博士が自分達を観察していたのなら自分だってユウだった不動博士を観察していた。

(これでは、相こだろう・・・)

さっきまで感じていた湧き起こる感情が収まっている。

代わりに愛おしい気持ちが湧き上がって来る。

「博士、我々に施設内を案内していただけませんか?」

「そうだね。だがその前に君達のサイズを教えてくれないか?白衣を用意したいんだ。」

 

 

 

この人が本当に自分の上司として仕えるに相応しいのかこれからじっくりと観察をさせて貰おう。

 

 

 

・・・答えは、決まっているのに・・・


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