絆
博士との絆で製作中のモーメント。
それなのに博士は、モーメント研究の中止を打ち出して来た。
彼のためなら・・・。
彼が喜ぶ顔が見られるなら何だって出来るし何だってする。
「これ以上この研究は、続けられない。」
「どうしてです?博士」
「この研究は、危険すぎる。失敗したんだ・・・」
膨大な時間を費やし莫大な資金を注ぎ込んで行われて来た研究。
それを中止するとなれば上の人間は、黙っていない。
責任者である博士が何かしらの処罰を受けるのは、必死。
もう研究が出来なくなる可能性だってある。
神に愛でられし英知を備えた優秀な人材。
彼に代わる人間なんているのだろうか?
彼以外考えられない。
彼以外この研究を成し遂げられる人間なんてこの世に居ない。
彼以外に指示を仰ぎ仕える事なんて想像出来ない。
自分にとって彼は、特別な存在なのだ。
自分にとって彼の存在は、世界そのもの。
彼無くして自分の世界は、成り立たない。
彼無くして自分の存在なんて在りえない。
ルドガーにとって『不動博士』が生きる証であり自分の存在を認める証であった。
(これほど強く求める相手なんていなかった。彼だけなのだ。彼しか居ないのだ。)
心の中に渦巻く黒い欲望。
手放したく無い。手放せない。
彼の全てが自分のモノにならなくても彼との過す時間がさえ在ればどんな苦難が待ち受けていようとも乗り越え
られる。
それなのに・・・それなのに・・・
モーメントを・・・自分を切り捨てると言うのか?
溢れんばかりの怒り。悲しみ。
何とも言い様の無い感情に支配される。
「君達を悪い様にさせない。新しい主任の元で君達の才能を発揮させてくれ。」
太い円柱・・・モーメントを見つめる博士。
その時ルドガーは、感じた。
偉大で尊大な彼が小さく見えた。
そして泣いている様に感じたのだ。
実際に不動博士は、自分より小さい。
泣いている様に見えたが実際には、泣いていない。
そして悟った。
研究者にとって自分の研究を打ち切る決断をどんな想いで決定したのか。
心で感じるより早く躰が動いた。
彼を抱きしめていたのだ。
小さくて細い躰。
力を込めたら折れてしまうかもしれないと錯覚させられてしまう。
「1人で泣かないで下さい。誰も見ていません・・・」
「ルド・・・」
微かに聞こえる嗚咽。
泣くに泣けない立場・・・どれだけ我慢をしていたのだろう。
『愛しい』と言う感情が湧き起こる。
「博士・・・私は、何処までも貴方に着いて行きます。それが地の底であっても・・・」
「君を束縛する事なんて・・・出来ない・・・君は、君の人生を歩むんだ・・・」
「私は、誰からの束縛も受けません。私は、私の人生を歩みます。私の意志として。」
顔を上げ様とした博士の頭を後頭部を掴む様にしながら自分の胸に押しつける。
博士に感じて欲しい自分の温もりを・・・。
博士に聞いて欲しい自分の鼓動を・・・。
「私と貴方の間に在る目に見えぬ絆を絶ち切る事なんて出来ませんよ。」
(そう・・・いかなる運命も私達を引き裂く事なんて出来ない。)
この先どんな事が待ち受けていても不動博士が傍に居る限り・・・。
肉体が滅んでも魂だけとなっても自分は、不動博士と在り続ける。
『絆』と言う目に見えないモノに繋がれて・・・。