Dinner
-聖なる夜を祝う前夜祭-
前夜祭と言うには、痴がましいが小さなパーティを開く事になっている。
ほんの小さな親しい人達だけを集めたパーティ。
主催者は、ゴドウィン兄弟。
招待客は、不動夫妻。
毎年どちらかの家で行われる。
しかし今年は、不動夫人が身重で安静にしていないといけないと言う理由で取りやめになる予定だったが
毎年行われているパーティを自分の所為で止めるのは、忍びないと夫人に言われたが夫人の身を考えると
申し訳無い気がする。
「両家から一人ずつトレードすればいいのですよ。」
そんな提案をして来たのは、レクス。
「しかし別々で行う必要なんてあるのかね?だったら私の家で行えばいい。」
「夫人に要らぬ気遣いをさせる気ですか?」
「私だって家事ぐらい少々出来る・・・」
「博士の少々は、幼児のお手伝い以下だと思います。」
「しかしだね〜。」
「博士は、研究以外役に立たないんですよ?夫人の具合が悪くなった時冷静に応急処置が出来ますか?
救急車の手配が出来ますか?」
「うっ・・・」
痛い所を容赦無く突かれて口篭るしかない不動博士。
そんなやり取りと蚊帳の外で見ているルドガー。
彼だって弟レクスにかかれば口篭ってしまう。
多分三人の中でレクスが1番口がたつだろう。
その日帰宅した不動博士は、夫人にその事を話すと
「私も1人で居るよりその方が安心だわ。」
と言われたので「だったら夫婦だけでも」と言うと
「ルドガーさんやレクスさんは、冷静だから安心なの。貴方は、あわてんぼうのおっちょこちょいじゃない。不安
だわ。」
夫人の言葉に愚の音も出なくなる。
まさか身内にまでそう思われているなんて想像だにしていなかったのだ。
夫人だけは、自分の味方だと思っていたのに・・・。
コンコン・・・
傍にカメラの付いたインターフォンが有るのにアナログな方法でドアを叩く。
何の迷いも無く内カギと外カギが開く音が聞こえ直に扉が開いた。
「相手を確認もしないで開けるのは、無用心と言うモノだよ。」
笑顔で小言を言えば
「この時間貴方以外ココを訪れる人は、居ません。寒かったでしょ?早く中に入って下さい。」
そう言いながら招き入れる。
「男所帯ないので汚いですが・・・」
そう言って通された部屋は、綺麗に片付けられておりどこが汚いのか聞きたいぐらいだった。
(そう言えばこの前不意打ちで来た時も綺麗に片付けられていたな・・・)
彼等の性格なら整理整頓は、当たり前の事でそこから少しでも外れていると『汚い』の部類に入るのだろう。
「レクスは、もう着いた頃かな?」
「先程『着いた』と端末の方に連絡が有りました。」
不動博士は、会話の合間に着ていたコートをルドガーに渡すと当たり前の様にコートを受け取りハンガーに掛け
衣装ラックに直す。
「君達の家で君と2人きりになるなんて初めてだよね。」
何時も3人で居た。
それは、博士が・・・自分が望んだ事だった。
2人きりになると何を話したら良いのか判らなくなるから。
会話の無い空間は、自分達の鼓動が相手にばれてしまうかもしれないと錯覚してしまうから・・・。
それなのにまさか2人きりになる日が来ようとは、運命の神の悪戯にも程が有ると思ってしまう。
「博士の口に合うのか不安なのですが腕によりをかけて料理を作りました。」
案内されたリビングのテーブルに所狭しと置かれた料理とスイーツ。
レクスと交代で家事をしていると言うだけあって料理には、自信があるらしい。
(そう言えばレクスが以前焼いてくれたクッキーは、美味しかったな。妻も喜んでいたし・・・)
思い出したのは、手作りのアニマルクッキー。
ルドガーは、レクス1人で作ったと言っていたがレクスに聞いたら2人で作ったらしい。
(ど〜して素直に自分も作ったと言わないのかね?)
そして今日は、どういう風の吹きまわしか素直に自分で作ったを認めた。
(レクスが言うように自分で作ったと言ったが・・・私のイメージからかけ離れているだろう?)
博士には、無骨な自分を演じて来たつもりだった。
そんな自分が家事をこなすなんて知られたくないと思っていた。
「御気使いありがとう。それにしてもこの料理を全部作ったのかい?」
何処かの高級レストランを思わせる料理の数々。
思わず指で摘まんで先に食べてしまいそうになるぐらい美味しそうに見える。
「はぁ・・・恥ずかしいのですが・・・」
照れ臭そうにしているルドガーが何処と無く可愛く感じてしまう。
「恥ずかしがる事無いよ。私なんかインスタント食品しか出来ないんだから・・・その方が恥ずかしいよ。」
料理は、全く出来ないと言う博士。
だが家庭料理を作らせたら旨いと不動夫人から聞いている。
博士が作る家庭料理を1度堪能したいと思う。
厳かながら開かれるクリスマスパーティー。
何時もと違う雰囲気に互いが飲み込まれそうになる。
こんな別次元で仕事や家庭の話しは、禁句。
だがそうなると会話が続かない。
話して良いのは、お互いの知らない過去のみ。
古い情報なのに『知らない事』と言うだけで新鮮に感じられる。
話している本人ととって他愛の無い事でも聞いている相手にしてみれば楽しい。
もっと相手の事を知りたいと思ってしまい色々と質問とかをしている内に時間があっと言う間に流れてしまう。
「博士 御迷惑でなければ今夜は、泊まって行かれては?」
「う〜ん・・・そうだね。君との話しは、とても楽しいし有意義だと思う。野暮な事だが1度妻に電話をするよ。
君の家に泊まる事を連絡するね。」
そう言うと博士は、携帯電話を取り出し早速自宅へと電話を入れる。
博士との会話を中断させられ苛立つかと思ったがルドガーの胸には、甘い感覚が・・・。
博士と夫人の会話は、今日1日の中で1番短い。
その分自分との会話は、何て長いのだろう?。
この時間が永遠に続けば良いと思う。
席を立ち携帯電話を自身のコートに直すと
「電源は、OFFにしてある。君との楽しい時間を邪魔されたく無いからね。」
まるで恋人に言うような台詞を聞かされルドガーは、胸をときめかせる。
博士は、席に着くとだいぶ減った料理に手を伸ばす。
「本当に君の料理は、美味しいね。」
笑みを浮かべて食べる博士の姿をルドガーは、ワインを飲みながら堪能している。
(アルコール度数の低いワインなんだが博士の所為で酔ってしまいそうだ・・・)
アルコールには、強いルドガーだったが今夜ばかりは本当に酔ってしまうと思った。
時計の針が12時を差しかかろうとしていた頃。
博士は、席を立ちコートの所に向かう。
また携帯電話を取り出すのかと思っていたがどうも様子が違う。
何かをズボンのポケットにしまい込みながら戻って来る。
「どうされたのです。」
「ちょっとね。」
悪戯っ子の様な笑み。
博士の笑みは、その時その時に応じてコロコロと変わる。
見ていて楽しくなる程に。
(この人の笑顔は、私の心を癒してくれる。この笑顔を私だけのモノにしたい・・・)
そう思うが叶わない夢。
ただ博士がこんなにいろんな笑みを見せてくれるのは、自分だけなのだとルドガーは知っている。
他者の前では、余り笑みを見せないのだ。
夫人の前では、どうなのか不明だが・・・。
何時如何なる時でも博士の笑みを見ていたい。
この人には、泣き顔なんて似あわない。
守りたいこの人を・・・この人の笑みを・・・この人の全てを・・・。
そう強く心に願う。
(もし神が居るのなら私の全てを差しだし彼の全てを守って欲しい)
心からの願い。
「ルディーに似あうといいなぁ〜なんて思いながら選んだんだ。」
差し出されたのは、赤いリボンの付いた小さな箱。
「私に・・・ですか・・・」
思いがけないプレゼントに驚いているルドガーを見て『してやったり』と言わんばかりの笑みを浮かべている博士。
「開けてみて」
博士に促されるままリボンを解き箱を開けると小さなワイレンロッドの石が付いたピアスが2つ入っている。
まるで血を思わせる様な色合い。
「君が何を貰って喜ぶのか解らなかったんだ。それにそんな事レクスに聞けないしね。」
携帯電話の電源を切った段階で完全に2人きりの時間。
誰からの干渉も受けない甘い時間。
「君は、男だから指輪をしないだろうし研究中は邪魔になりかねないからやめたんだ。ネクタイは、毎日同じの・・・
と言うわけにもいかなしネックレスは、チェーンが切れると縁起でも無いと思ったんだ。」
口には、出さないが四六時中彼に肌身離さず着けていて欲しいという願い。
しかもワインレッドの石は、博士の血液を凝縮し固めて作られたモノ。
何時如何なる時でも傍に居る事が出来ないせめても自分の一部だけ・・・彼と共に・・・そんな願いが込められた
プレゼント。
他に言わせれば『重い想い』と言われそうだが。
石が何で出来ているのか解らないが博士の気持ちを感じ取ったルドガー。
「在りがたく頂戴します。」
貴方の気持ちと共に・・・。
「それでは、私から博士にプレゼントを・・・」
そう言って立ち上がろうとしたルドガーを博士は、制止して
「君からのプレゼントは、後で貰うよ。折角の時間なんだ。君を・・・君だけを感じさせてくれないか?」
言葉に隠された大胆な誘い。
蒼い瞳に見つめられて鼓動が高鳴る。
心臓を鷲掴みされた気分だ。
「そうですね。私も貴方を感じたいし貴方に私を感じて欲しい。」
博士から差し出された両腕。
それが何を意味しているのか解っている。
ルドガーは、博士を横抱きにして自分の部屋へと運んで行く。
そこから先は、2人だけが限られた時間の中で紡ぐ熱く甘い時間。
如何なる時間が過ぎ様とも私の心を貴方と共に・・・