夢色
偶然と言うか何と言うか・・・
まさか夢が1つ叶うとは、思っても見なかった。
ルドガーの机の上に置かれた冷めた飲みかけの珈琲。
元々は、熱い珈琲だったが資料整理やメール処理等の忙しさ故に余り飲む事が出来なかった。
熱かった珈琲は、時間を追うに連れ温くなりだした。
丁度その時
「ルディーこの珈琲飲んでいいかな?」
振り返ると何処から現れたのか不動博士がルドガーのマグカップを手にしている。
「そんな温い珈琲を飲まなくても今煎れま・・・」
最後まで言葉が続かなかった。
ドクンッ・・・
大きく鼓動が1回打つと煩い程の動悸で思考が停止してしまう。
目の前で起きている出来事が夢のようで・・・。
夢なら覚めないで欲しいと願った。
自分の飲みかけだった珈琲を不動博士が飲んでいるのだ。
博士の咽が上下に動く。
ゴクゴク・・・と言う音が聞こえて来そうだだが自分の鼓動の音が邪魔して聞き取れない。
しかも然りげ無く愛称で呼んでくれたのだ。
家族や親しい人にしか呼ばれた事が無いのに・・・。
それに自分が博士に愛称を教えた事なんて無い。
自分の気持ちを知っている弟レクスが博士に教えたのだろう。
良く出来た弟だ。
それにしても何と言う幸運なんだろう。
間接的とは、言え博士とのキス。
博士の口腔内にマグカップに付着し乾燥した自分の唾液が取り込まれる。
余りの出来事にルドガーは、気絶しそうになっていた。
(刺激的過ぎる!!)
「ルディーどうしたんだい?何かいけなかったかな?」
「いいえ・・・そんな事ありませんが・・・待って下されば新しい珈琲を煎れましたのに・・・」
「そんな必要無いよ。咽渇いていたし、だからと言って冷たい水なんて飲みたく無いし・・・お腹壊したくない
からね。まぁそんな事思っていたら丁度君の温くなった珈琲が目に付いたんだ。
思ってた通り飲みやすい温度だったよ。」
満面の笑み。
博士の笑みを目の前にルドガーの体中を掛け巡る血液が沸騰しそうになる。
余りにも神々しい笑み。
目が眩みそうだ。
(このまま理性を失い貴方の柔らかい唇に触れる事が出来たら・・・。)
だがココで我に返る。
今の時点で理性を失い博士を襲えば折角手にした『助手』の地位を失いかけない。
それは、これから先に起こりうるであろう薔薇色の人生を棒に振ってしまうかもしれないのだ。
もしかしたらこれから先博士と深い関係になるかもしれない。
今ココで棒に振るわけには、いかない。
ルドガーの心中なんて知る良しも無い博士は、ルドガーの沈黙を怒っていると解釈したのか
「ゴメン・・・君の珈琲を飲んだ事怒っているのかい?」
謝りながら恐る恐る訪ねると
「とんでもない!!博士が咽を渇いているとは、つゆ知らず飲み物を用意しなかった己の不甲斐なさに呆れて
いた所です。」
そう博士が咽を渇いていなかったら間接キスなんて在りえなかった。
何と言う幸運なんだ!!
(ああ・・・あのマグカップと代わりたい・・・)
今尚博士の手に握られているマグカップ。
「しかし温い珈琲が博士の咽の渇きを癒せて良かったです。」
「私も助かった。ありがとう」
そう言ってデスクの上にコトッと置かれるマグカップ。
ルドガーは、暫くそのマグカップを眺めていた。
不動博士の唾液が着いたマグカップ。
博士が口付けした場所に自分の唇を押し当てたい気持ちだったがそれをしたら折角付着した博士の唾液が
自分の唾液の所為で消えてしまうかもしれないと思い触れたい気持ちを押し留めた。
数時間後全ての仕事を終えルドガーは、マグカップを片手に給湯室へと向かう。
冷めた珈琲の始末をする為に・・・。
マグカップは、洗う事無く適度なサイズの箱を見つけ入れるとそのまま持って帰った。
レクスがルドガーの自室に入ると真空容器に収められたマグカップを見つけた。
容器の隅に小さく彫られた数字。
兄にとって何かの記念品なんだと思った。
まさか不動博士との間接キスのマグカップだとは、知る良しも無く。