節分
「おはよう御座います。」
研究室に行けば何時もの通り博士は、自分の席に座っておりレクスがお茶を用意していた。
しかし何か違和感を感じる。
「兄さんおはよう御座います。」
「ああ・・・」
返ってくれるのは、レクスのみ博士は無言だった。
ルドガーは、カバンとコートを自分のデスクの上に置くと博士の元へと向かう。
もしかしたら資料製作に無中になる余り耳に届いていない可能性があるからだ。
今迄何度もそんな事があった。
「博士おはよう御座いま・・・す・・・って何をしているのです!!!!!!」
博士が見た事の有る様な無い様な得体の知れないモノを黙々と食べている。
博士が食べている物体は、見た事が有るがそれは既に輪切りにされ食べやすくされているモノであり長い
筒の様なモノでは、無かった。
それを黙々と食べる博士。
自分の存在に気が付いている筈なのに・・・。
博士から何も言って貰えないルドガーは、ショックを受けて落ち込んでしまう。
(何故博士は、私を無視されるのだ?私は、何か博士のお気に召さない事でもしたのだろうか?)
色々と思い返すも何も思いつかない。
そんなルドガーをレクスは、苦笑しながら
「兄さんちょっとコッチに来て下さい。」
ルドガーに声をかける。
「そんな気分では・・・」
「博士が何故あんな態度を取っておられるのか知りたくないのですか?」
「!!! 知っているのか!!」
弟の言葉にルドガーは、驚きの表情を浮かべる。
「知っているから兄さんに教えてあげようと思ったんです。」
「教えてくれ!!」
ルドガーは、藁にでも縋る思いだった。
「これですよ。」
レクスがパソコンを操作して開いた画面。
「博士の祖国では『節分』と言うイベントが有るんです。その一環に長いスシを恵方と呼ばれる方角に向き食べる
と言う習慣があるんですがその祭一言も発する事無く食べないといけないんですよ。」
画面を見ながら説明をしてくれるレクス。
「そんなイベントが・・・では、博士は私を無視しているワケでは無いんだな。」
「勿論ですよ。博士は、祖国の習慣に習って無言でスシを食べているだけです。」
国によって習慣が異なる事は、知っているが博士の祖国にも変わった習慣が有る事を痛感しつつもまた博士の
事を知った様な気になった。
「恵方は、どうやって調べたんだ?」
「祖国の知合いから教えて貰ったそうですよ。スシを食べられる前に方位磁石で方向を調べてました。」
+++
愛くるしい小さな口でひたすらにスシを食べる博士。
(ただスシを食べているだけだと言うのに何故こんなにもヤラシク感じるのだろう・・・)
スシを食べる博士の口元に目が行ってしまう。
大きなスシは、博士の口に入りきっていない。
スシの角度を少しずつ調整しながら食べている光景は、情事を思い出させる。
(それにしても何と可愛いんだ!!)
(ルドガーがガン見しているよ〜。さっき挨拶しなかった所為で睨んでいるのかな?でも喋ると折角の願いが
叶わなくなってしまうし・・・早く食べたいけど怖くて食べられない〜レクス!!たすけて〜!!!)
トレイからファイルに持ち変えたレクス。
「兄さんそんなに博士が睨まないで下さい。博士が怯えているでは、ありませんか。」
「わっ私は、別に博士を睨んでいないぞ!!」
「今の博士は、小動物なんです。兄さんの様なマッチョ猛獣に睨まれたら可哀想でしょ?それよりこの資料に
目を通しておいて下さい。」
「博士が小動物なのは、解るが私がマッチョ猛獣って何なんだ!!そんな猛獣は、居ないはずだろう!?」
「私の目の前に居ますよ。金髪の褐色肌で科学者とは、思えない筋肉の持ち主が」
「レクス!!」
2人のやり取りを見ながら
(笑いたいけど・・・笑えない・・・しかし君達が私の事を小動物だと思っていたなんて・・・)
確かにこの2人に囲まれていればそう見えるのかもしれない。
(レクス・・・君もルドガー同様科学者とは、思えない筋肉の持ち主なんだが・・・)
「さぁ博士も早く食べて下さい。これは、博士の分の資料です。逃げ出さずにちゃんと目を通して下さい。」
笑みを浮かべながらレクスは、博士のデスクにドサッと資料のファイルを置く。
(君は、私を助けんじゃなく仕事を片付ける為に・・・もう少しゆっくり食べようかな・・・ッ・・・叶わないかも・・・)
上目ずかいにレクスを盗み見すると笑みを浮かべて『早く食べて下さい』と無言の圧力。
(ルドガーのガン見も怖いけど君の笑みも怖いよ。)
そう思いながら博士は、必死に太巻きを一身に食べた。
翌年から研究室では、太巻きを2度と食べない事を誓う博士だった。
《と言っても翌年も同じ事を繰り返す3人だった。》