愛し子


「おはようございます。」

「おはよう」

今日は、レクスが出張で居ない。

学会に博士代行で出席する為だ。

ココ最近博士は、モーメントにかかりきりだ。

不具合が発生したからじゃない。

モーメントに必要な遊星粒子の事で解った事があるのだ。

遊星粒子は『生きている』と言う事。

そしてこの粒子は、善にでも悪にでも人の心に反応する事。

すなわちこの粒子を用いれば神でも悪魔にでもなれる。

この事を知っているのは、自分と博士のみ。

 

 

・・・2人だけの秘密・・・

 

 

その事が解ってから博士は、何かに憑かれたかのようにモーメントに打ち込んでいる様に見えた。

そして時折見せる愛おしむような表情をモーメントに・・・否 遊星粒子に向けている。

ルドガーの心に小さくだが渦巻く嫉妬。

博士は、子供が誕生してから自分を見ようとしない。

大切な遊星粒子の名前を子供に付ける有り様。

博士の遺伝子を残す故で子供の存在は、大切だと思っているが・・・認めたくない。

モーメントは、自分と博士の想いの結晶なのだ。

家族なんかに博士を取られたくない。

このままモーメントと一緒にココに居られたら。

そう思ってしまう。

そんな事叶わないのに。

 

「ルドガーどうしたんだい?」

「いえ 何も・・・」

「最近 遊星粒子が不安定な動きをするんだ。心配で仕方が無い・・・」

 

(きっと俺の心に反応している所為だ・・・)

そう思うルドガー。

 

自分の嫉妬する心が遊星粒子には、解ってしまうのだ。

それなのに貴方は、解ってくれない。

俺の心を・・・

俺には、貴方しか見えないのに・・・

 

「遊星粒子は、私にとって大切な子供なんだ・・・」

「博士?」

(遊星粒子が博士の子供?博士の子供は、遊星の筈・・・)

「子供の出来ない私にとって・・・」

(子供が出来ない?遊星とい嫡子を作っておきながら・・・)

ルドガーの胸に渦巻く嫉妬の闇。

何処か寂しそうにモーメントを見上げる不動博士。

 

遊星は、れっきとした博士の子。

精子バンクなんて誰の精子か解らないモノを利用していない筈・・・。

博士の言葉の意味が解らない。

考え込んでいると

「はっ・・・博士?」

自分を見つめる瞳にドッキっとしてしまった。

その瞳の色は、何処か寂し気で・・・どうしてそんな色をしているのかルドガーには、解らなかった。

「君には、解らないのかい?」

「解らないとは、何がです?」

どうしてそんな瞳の色をするのか?どうして悲しそうな顔をするのか・・・。

自分の言葉に失言でもあったのか・・・いろいろと考えてしまう。

「このモーメントは、私と君が共に研究し開発に着手したんだよ。」

「そうですが・・・」

 

そうこのモーメントは、俺と博士が共に力を合わせ研究開発をした。

共にこの完成を目指して・・・そしてその研究が今も続いている。

科学者で有る以上一つの研究が完結したら終わりじゃない新しい発見を見つけ終わりの無い研究をし続ける。

「まだ解らないのかい?」

「スミマセン・・・」

申し訳無い気持ちになる。

「いいよ。君の頭脳は、科学者として優秀だけど人の心は、科学だけでは、解き明かせないからね。」

何かを遠まわしに言われた様な気がした。

 

博士は、少し寂しそうにモーメントの虹色に輝く光を見つめていた。

 

博士の顔にその虹色が映っているのを見ながら頭の中で博士がさっき言った言葉を反芻する。

『遊星粒子は、私にとって大切な子供なんだ・・・』

科学者にとって自分の研究対象は、子供と感じるのは、当然だ。

長く携われば情が湧く。

『子供の出来ない私にとって・・・』

理解出来ない。子息が居るのに何故子供が出来ないと言うのだ?

『君には、解らないのかい?』

博士は、俺に何を求めている?

『このモーメントは、私と君が共に研究し開発に着手したんだよ。』

そうこれは、俺と貴方が共に研究したんだ・・・。

子供・・・?

共に・・・?

出来ない・・・?

子供・・・

共・・・

出来ない・・・

 

その言葉がルドガーの頭の中を駆け巡る。

どれだけその言葉が巡ったのか解らない。

時間にして数秒だっただろうが考えているいる張本人にしてみれば数分だったかもしれない。

博士が言いたい事を理解したルドガーは、晴れ晴れとした気持ちになりながらも照れ臭い気持ちに陥る。

1歩踏み出し博士の背中を抱きしめれば、その耳元で

「気が付かなくてスミマセン」

(ああ・・・俺は、何て愚か者なのだろうか・・・この人は、自分達の関係の事を言っておられたのに・・・

そうこのモーメントは、俺達の子供なんだ。)

胸に込み上げる愛おしい気持ち。

渦巻いていた嫉妬が溶け出す。

「ルドガー・・・」

自分に絡みついている腕に博士は、手を乗せる。

「解れば良い・・・」

小さい声で囁くがその声は、ルドガーに聞こえない程小さいもの。

 

 

暫くして

「ルドガー 遊星粒子の動きが安定した。機嫌が良くなったみたいだね。」

嬉しそうに話す博士。

その身は、今もルドガーの腕の中。

ルドガーに遊星粒子に様子は、解らない。

ただ解るのは、今の遊星粒子が自分の心を感じとっている事。

 

 

「そうだ。誰かが言ったかのか忘れたけど『結婚とは、性器の使用を相互に許す権利の契約』らしいよ。」

不意に放たれる言葉。

自分の腕の中でどんな顔をしてこんな事を言っているのか疑問に思う。

「身も蓋も無い話しですね。しかも色気が無い。」

自分を見上げる顔は、満面の笑みで

「でも少しは、当たっていると思うよ。」

「貴方は、夫人との関係は『契約』だとおっしゃるのですか?」

じゃ自分との関係は?

「さぁ?そんな事考えた事ないよ。私は、今を大切にしたいだけ。」

妻との間に産まれた愛しい遊星とルドガーと共に開発に挑んでいる愛しい遊星粒子。

『共に愛しい我が子の成長を共に共感出来る相手と共に過す時間を大切にしたい』と言外に言っている

のが今のルドガーには、解る。

(貴方は、欲張りな方だ。抱えきれないのに無理に抱え込み手放せないでいる。)

そんな貴方を私は、愛しています。

きっとこの遊星粒子も貴方を愛しているでしょう。

遊星共々に・・・


『結婚とは、性器の使用を相互に許す権利の契約』たまたま読んだ本に書かれていたんです。
身も蓋も無い言葉だなぁ〜って思ったんで書いてみました。

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