自由意思


不思議な色彩を放つ光の湖。

その上に立ち光を浴びながらルドガーは、瞳を細める。

「不動博士・・・貴方は、あの時迷われましたか?」

返って来る筈の無い問いかけ。

ただ昔博士が言っていた言葉だけが記憶の奥深くから甦る。

 

---17年前---

 

「ルディー、人には《自由意思》があると思うかね?」

「《自由意思》ですか?考えた事もありませんが・・・在るのは、ないでしょうか?」

当然研究とは、無関係の話しをしてくる博士にルドガーは困惑するが他の事を考えるのも脳を活性化させる

手段なのだとルドガーは、判断した。

「『押そう』と言う意思が生まれて、そうして運動をプログラムする脳部位が活動して手指にボタンを『押せ』という

指示が送られているのだろう・・・と考えたのだろう?」

博士は、モーメントと起動停止ボタンを交互に見た。

「私は、そうだと思うのですが・・・何か違うのでしょうか?」

「一般的にそう考えるのは、普通だと思うけど実際はボタンを押したくなる意思が生まれるよりも前に脳の『運動

前野』が既に準備を始めているんだ。つまり最初に脳の活動が生まれて次ぎに『押そう』という意思が生まれ、

そして指令が出されて『手が動く』というメカニズムなんだ。」

「それでは、私達は脳の意思決定で動いていると?」

「自分の意思より脳の動きの方が先で意思は、ずうっと後・・・。」

カバーのかけられている起動停止ボタンの上をなぞる博士の指先。

「私には、理解出来ない。それでは、犯罪を認めているような発言だ。自由意思がなく、躰が勝手に動いて

過ちを犯したのなら、その人は何も悪くないでしょ?本人の意思では無いのなら・・・」

ルドガーがムキになって博士に問うが博士は、それが楽しいのかクスクス笑う。

「博士!!私は、真剣なのですよ」

「ああ・・・すまない。君の答えが私の思っていた通りだったので嬉しかったのと安心したんだよ。真面目な君

らしい答えであり問いだとね。」

そう言うとモーメントを見上げ

「《自由意思》が無いけど《自由否定》は、出来るのだよ。」

「《自由否定》?」

聞きなれない言葉にルドガーは、眉間に皺を寄せていると。

「ボタンを押そうと思った時、脳は1秒くらい前から押す準備を始めて意思が生まれた時には、準備されている

のだけど実際にボタンを『押そう』と言う指示が下るまでには、更に0.2〜0.3秒の時間の遅れがあるんだ。

ボタンを『押そう』という『意思』が生まれてもボタンを押す事を『阻止』出来るんだ。

ボタンを押したくなったかといってそれに従う必要は、無いんだよ。」

「それが《自由否定》・・・」

0.2〜0.3秒という僅かな時間で否定をする事が出来るのか考えるルドガーに博士は、苦笑して

「私達電工学の科学者とは事なる脳の分野だから深く考える必要無いよ。まったく君は、何事に対しても

真面目だね。そこが君の良い所であって悪い所だ。」

 

「博士 貴方の優秀な脳は、貴方がボタンを押す時どう判断されたのですか?」

幾ら問うても結果を見れば一目瞭然。

崩壊したサテライト。

「貴方は、私に言われましたね『ボタンを押したくなったかといってそれに従う必要は、無いんだよ。』と・・・」

ああ・・・きっと貴方自身も解らないのでしょうね。

見目麗しい貴方の躰を器にしている優秀な脳が判断した事なのですから・・・。


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