スカウト


今日は、珍しく誰も居ない。

 

遊星は、何をするのでもなくただボンヤリしていた。

クロウは、相変わらず配達の仕事をしているしジャックは、ブルーノと一緒に出かけ龍亞、龍可、アキは、

学校に行っていた。

遊星は、D・ホイールが載っているデュエル雑誌を片手に喫茶店に向かう。

店内では、無く風通しの良いオープンカフェに席を取ると手にしてた雑誌のページを捲りだす。

数ページ読んだ所で

「相席をしてもよろしいですか?」

と声を掛けられる。

別に満席では、無い。寧ろ空席が目立つ。

「別にかまわない・・・」

紙面に落していた目線を上げると

「こんな所でお茶をしているとは、思わなかったな。」

薄い水色かかった髪の男が目の前に居た。

「お前は、チーム・ラグナロクのハラルド。」

「私の名前を覚えていてくれて光栄だよ不動遊星。」

何処か嬉しそうにしている様に見えるハラルド。

1人とは、珍しいな。」

「私とて1人になりたい時だってある。それにそれを言うなら君だって1人では、ないか。」

「オレの場合は、たまたま皆用事が重なって1人になってしまっただけだ。」

自分を真っ直みてくる瞳に気恥ずかしい気持ちになって来て視線をそらしてしまう。

ハラルドは、少し無言になると徐に手を伸ばしマーカに触れる。

「醜い・・・」

そう呟く。

その言葉に遊星の躰がピクッと反応をし

「はな・・・」

言葉を紡ごうとしたが

「・・・だが君の場合は、違う・・・君の場合は、美しいと言うべきなのかもしれない。いや・・・そんな言葉は、

陳腐でしかないが君に合う言葉が思いつかない・・・。」

頬に刻まれたマーカを何処か愛おしそうに触れる。

遊星の頬を眺めていた視線が今度は、雑誌を持つ手に注がれる。

「君の手を見せてくれないか?」

手袋の外された手。

今迄の苦労が刻み込まれた手。

同年代の男子の手より老けているかもしれない。

見せたくなかったがハラルドは、身を乗り出し遊星の手を掴むと自分の席に着く。

「思っていた通りだ。君の手は、働く者の手。職人の手。君のこの手から多くのモノ達を命を吹き込まれたの

ですね。」

ハラルドの耳にも入っている。

遊星がジャンクの中から自分でD・ホイールを作り出す事を・・・。

「不動遊星 私の元へ来ませんか?君を悪い様には、しません。」

「オレに5D‘sを抜けろ・・・と?」

「そうです。」

「オレは、今の仲間から離れる気なんて毛頭に無い。・・・!!」

遊星の手の甲に恭しく口付けるハラルド。

「仲間から離れられないのじゃない貴方は、ジャック・アトラスから離れられない・・・そうでしょ?」

「!!」

遊星の手の甲に口付けながら瞳は、遊星の方を見ていた。

「彼は、1度君を裏切りサテライトを捨てシティに来た。その際、君の大切なモノを奪ったと聞きます。」

ハラルドが言う『大切なモノ』とは、当時遊星が組み立てていたD・ホイールとスター・ダストの事だろうと予測

する。

「ジャックの事をよく知らないで勝手な事を言わないでくれ。アイツは、オレをシティに連れて行く為に悪者に

なった。アイツにそんな行動を取らせたのは、このオレだ。」

ジャックは、遊星の身分を知る数少ない人物の1人。

遊星を本来在るべき場所へと誘う為にあえて悪者になったのだと遊星は、思っていた。

だから遊星は、1度たりともジャックを恨んだり憎んだりした事なんて無い。

寧ろジャックにそんな行動を取らせた自分を責めた。

「ますますジャック・アトラスが許せませんね。」

穏やかな口調だがその眉間には、微かに皺が寄っている。

「何故?」

「君を苦しめている上に君に想われている。それが許せない。」

どんな理由であれ遊星の心がジャックに向いている、それが許せないのだ。

「私なら君を苦しめない。君を大切にするのに・・・遊星 やはり君は、私の元に来るべきです。」

「チーム・ラグナロクへ入れと言うのか?さっきも言ったようにオレは、5D‘sを離れるつもりなんて無い。」

再度断るが

「別に5D‘sを離れる必要なんて無いしチーム・ラグナロクに入る必要も無い。君が離れるのは、ジャック・

アトラスの元です。」

「何故ジャックの元を離れないとイケナイ?」

「まだ解りませんか?私は、君を口説いてるのですよ。」

「なっ!!」

「君が私の元に来れば共にイリアステルと闘いましょう。」

「交換条件か・・・」

「私達は、私達のやり方でイリアステルと闘うつもりでしたから。」

「アンタは、オレを『破滅の運命がまとわりついている・・・』と言ったんじゃないのか?」

「確かにそんな事を言いましたが君の破滅の運命を私が『幸運の運命』に塗り替えて差し上げますよ。」

ハラルドは、全身全霊をかけて遊星を守り共に過すと言うのだ。

まさかそんなに誰かに想われるなんて思いもしなかった遊星は、困惑するしかなかった。

「遊星 私の手を取りなさい。」

手を取るも何もハラルドが既に遊星の手を握り離さないでいる。

振り払うのは、簡単だがそれによって強力な味方を失いかねない。

遊星は、迷っていた。そしてそんな遊星の心境を察したハラルドが

「聡明な君なら解っている筈です。私のこの手を振り払えば付くかもしれない味方が付かなくなる事を・・・

不動遊星 君が私と共に居る事でチーム・ラグナロクは、チーム・5D‘sの味方で居るのですよ。

君達にとって悪い条件では、無いでしょう?」

ハラルドは、遊星に5D‘sに留まっても良いと言っていた。

だがそれが何時までなのか解らない。

彼にとって遊星がジャックと一緒に居る事なんて許せないだろうから。

それに彼等が北欧に戻れば自分も同行せずには、おれないだろう。

5D‘sからの脱退・・・。

「すまない・・・オレは、お前の手を取る事なんて出来ない。」

「何故?」

遊星が断った理由なんて聞かなくて解っている。

それなのに聞いてしまう。

「お前達が北欧に戻ればオレは、否応なく同行しないとイケナイ。お前は、5D‘sに残っても構わない・・・

そう言うがそれは、日本に居る間だけの事WRGPが終われば自ずと5D‘sからの脱退しないといけなくなる。」

仲間と離れたく無いと言う遊星。

だがその言葉に隠されているのは、ジャックと離れたく無いと言う気持ち。

無理強いを強いてでも遊星を自分のモノにしたいハラルドだが彼自身馬鹿じゃない。

もし無理強いを強いて遊星を手中に入れたとしてもそれは、本当に彼の望む『不動遊星』なのか?と問われ

れば「YES」とは、言いがたい。

下手をすれば求めている不動遊星が壊れてしまうかもしれない。

「君を直にでも手に入れたいが無理強いを強いるのは男らしくない行為だ。君が自分から私の元に来るまで

待つのも楽しそうですね。」

「オレは、お前のモノになる事は無い。」

「人の気持ちは、移ろい易いモノ。君の心が何時までも彼の元に在るとは、言いきれない。

君の心が彼から離れるのを待つのも一興。だが・・・」

何処か楽しそうに話していたハラルドだったが一瞬だが反対側の通りに目をやり直に遊星に見なおすと急に席を

立ち無防備だった遊星の唇に自分の唇を重ねた。

余りにも手際良くしかも一瞬だったので遊星は、抵抗する間も無く受け入れてしまっていた。

「なっ・・・」

遊星が口元を押さえていると

「君が私のモノになる前提での手付ですよ。」

笑みを浮かべるハラルド。

「私自身そうそうに気が長く無いので早く別れてくれる事を祈るよ。」

そう言い残し遊星の分の伝票を手にするとそのまま会計に向かう。

ハラルドが去った後しばらく呆然としていた遊星。

ジャック以外の男からプロポーズされキスまでされた。

イヤ・・・プロポーズなら何度もされたけどキスまでされたのは、初めてだった。

唇を軽く押さえていると

「遊星!!」

聞きなれた甲高い声。

「ジャック・・・」

自分の名前を呼ぶ声に我に返る。

「お前 あの男に何もされなかったか?」

「えっ?」

ハラルドと一緒に居る所を見られていたのだ。

「キ・・・ウグ・・・」

遊星は、ジャックの口を押さえると

「ここは、公共の場だ。大きな声で言う事じゃないだろう?」

ウィンクをする。

それだけで黙るジャックじゃないが確かに遊星が言うように公共の場で必要以上に大声を出すのは、大人気無い

と思い黙る。

眉間に皺を寄せ不機嫌さを露にしているジャックの腕を掴みながら立ちあがる遊星。

勘定は、既にハラルドが済ませているのでその場を立ち去る。

 

人通りの無い路地裏にジャックを連れ込むと彼の肩に手を添え背伸びをすると彼の唇に自分の唇を重ねる。

積極的な遊星にジャックは、身動きが取れない。

「見たんだろう?」

自分とハラルドのキスシーン。

ジャックが言いかけた言葉。

「だったら消毒してくれ・・・」

決してハラルドが不潔だからと言うワケでは、無い。

寧ろ油まみれの自分より清潔だろう。

だがその言葉にジャックは、気を良くしたのか眉間の皺が消え口角が上がり嬉しそうにしている。

 

ジャックは、単純な男。

自分が彼に頼る姿を見せればそれだけで機嫌が治る。

 

角度を変え何度も貪る様なキスを繰り返す。

遊星の背中を撫でていたジャックの手が裾から中に入り肌を撫で様とした時

「そうガッツクなよ。」

ジャックの躰を押しやる。

「お前がこんな人気の無い所に誘ったんだぞ?」

「ここでスル気なんて無い。」

「お預けか?」

「夜になれば・・・」

クロウは、子供達の所に泊まりに行くしブルーノは、龍亞・龍可にディスクの調整を頼まれ2人の家に泊まりがけ

で出掛ける。

「夜じゃなくても俺は、お前を味わいたいのだが」

「デッキやD・ホイールの調整が終わってからでも遅くないだろう?」

そう言われ何も言えない。

 

 

 

コイツを1人になんて出来ない・・・。

コイツは、オレ以外心を許せる仲間がいない。

そんなコイツをオレは、愛おしく想っている。

 

どんな誘いもコイツが一緒でなければならない。

オレの才能を引き出す事が出来るのは、コイツだけなんだ。


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