赤ちゃんとパパ


兄さまがある日突然パパになった。

事の経緯は、午前中何の連絡も無くいきなりイシズが赤ん坊を抱き抱え海馬Co.に現れた事だった。

何時もなら表情1つ変えない兄だがイシズの事を毛嫌いにしている所為かイシズの不躾な来訪に不機嫌な

表情を露にする。

彼女に隠すつもりは、無いらしい。

そんな海馬の態度に厭味1つ言わずイシズは、笑みを浮かべながら。

「この子を貴方に引き取っていただきたいのです。」

と抱いていた赤ん坊を兄に指しだした。

「貴様この俺に・・・」

イシズに怒鳴るものの赤ん坊を見て言葉を最後まで発する事なく

「コイツを俺に託すと言うのだな?武藤や馬の骨では、無くこの俺に。」

「貴方以外誰に託せると言うのです?それに貴方の事もしこの子が一般の家に居たら腕ずくでも自分の傍に

置いて置くでしょ?」

イシズの言葉に何も言い返せない。

彼女の言うようにきっと力ずくでこの赤ん坊を自分の傍に置いておこうとするだろう。

「この赤ん坊の名前は、決まっているのか?」

「未だです。貴方が決めて下さい。」

穏やかな表情を浮かべるイシズ。

きっと名前が有っても海馬がその名前を呼ぶとは、かぎらないから。

「では貴様の名前は、遊戯だ。」

「えっ!!兄さまその名前は・・・」

兄にとって大切な名前・・・。

兄がこの世で唯一愛した者の名前・・・。

「兄さまその名前は、兄さまにとって大切な名前じゃないか」

兄に詰め寄るとイシズが笑みを浮かべ。

「貴方ならきっとその名前を付けると思いましたよ。」

「フン・・・この赤ん坊には、この名前しか思いつかん。」

イシズに見透かされていた事に海馬は、少々不機嫌になるもののこの赤ん坊には、この名前しか思いつかな

かったのだ。

そしてイシズもまたこの赤ん坊に『遊戯』以外の名前が思いつかなかったのだ。

2人の会話にモクバの眉間に皺が寄る。

兄にせがんで赤ん坊を見せてもらう。

そして納得したのだ。何故誰の子か解らない赤ん坊に大切な『遊戯』と名付けたのか・・・。

モクバ自身も『遊戯』と言う名前以外思いつかなかった。

「兄さま・・・」

「ああ・・・コイツは、紛れも無く遊戯自身だ。」

「では、この子を育てて下さいますね?」

「勿論だ。寧ろコイツを引き渡せと言って来ても渡さん。」

海馬の腕の中で寝息を立てている『遊戯』と名付けられた赤ん坊。

 

数分滞在してイシズは、帰って行った。

 

海馬は、急ぎベビー用品を磯野や河豚田に指示し購入させた。

勿論屋敷の方でもベビー用品を用意させた。

ベビーシッターの話しも有ったが海馬がその全てを却下した。

自分で育てるつもりなのだ。

「兄さま ペットを飼うのとは、ワケが違うんだよ。ここは、プロに任せて・・・」

「自分自身の身を守れぬコイツを見知らぬ者に任せるなど出来るワケが無かろう。」

赤ん坊の遊戯は、確かに自分の身を守る術を持たない。

誘拐され殺される可能性が無きにしも有らぬのだ。

「でも兄さまは、多忙で遊戯の世話をしている時間だって早々に取れないんじゃ・・・」

それでも遊戯を自分で育てると言い張る海馬にモクバが折れ自分も子育てに参加する事にした。

 

 

+++

 

遊戯が海馬邸に来て数日が経った。

『海馬 遊戯』と名付けられた赤ん坊。

海馬は、何処に行く時でも遊戯を連れて行った。

遊戯は、不思議な子で海馬が会議に出席中だったり手が離せない状況だったりするとグズル事も泣く事も

せずただただ海馬の手が空くまで待っていた。

ただオシメが汚れた時を除いて・・・。

 

子育てをした事の無い海馬にしてみればそれが普通だと思った。

弟モクバに言われるまで・・・。

「兄さま遊戯って変わった赤ちゃんだよね。」

「普通だと思うが?」

「そう?赤ちゃんって普通泣くのが仕事なんだけど遊戯って兄さまが忙しい時って大人しいじゃないかそれって

普通じゃないと思うけど」

子供ながらにして育児の専門書を読んでいたモクバ。

兄以上に知識は、有る。

「まるで兄さまの邪魔をしないようにしているみたい。」

赤ん坊らしからぬ赤ん坊。

他者に気遣う遊戯。

それは、まるで生前の遊戯・・・否 古代の王アテムの様だ・・・と思った。

自身の事は、後回しで他人優先。

そんな遊戯の姿が思い出される。

モクバが退室した後海馬は、ベビーベッドでオモチャに戯れる遊戯の頬を撫でながら。

「お前は、俺の・・・否 お前自身が生まれる前に記憶が有るのか?」

自分でも有り得ない質問だと思った。

しかし訪ねずには、居れなかった。

例え応えが返って来ないと解って居ても。

苦笑する海馬の顔を紅い瞳が見上げていた。

 

 

+++

 

余ほど疲れていたのか会社の社長室に設けられた仮眠室で横たわる海馬。

ジャケットとサイドテーブルの上に乗せネクタイをダラシナク緩め眠る。

海馬の目許には、隈が出来ており頬がやや痩けている。

{海馬・・・相変わらず無茶ばかりしているんだな・・・〕

セキュリティ万全の社長室に入れる者なんて限られている。

更に仮眠室なんて海馬自身とモクバと・・・そして海馬がこの世でもっとも愛した人物以外入る事なんて

出来ない。

秘書の磯野や河豚田でさえ入る事が許されていないのだ。

彼等が入れるのは、海馬自身かモクバの許可が有った時のみ。

 

今この仮眠室に居るのは、海馬と赤ん坊の遊戯のみ。

〔お前のお陰でオレは、無垢な魂のまま現世に来る事が出来なかったぜ?どう責任取ってくれるんだ?〕

話し掛けて来る相手の声は、口を通って出ているモノとは異なり空気を振動させているかの様に澄んでいる。

海馬の頬に触れる手は、透けており実際に海馬に触れているのかが定かで無い。

〔オレは、お前がどんなに大変なのか初めて知った。海馬・・・オレの我儘に付き合わせてスマナイ。〕

寂しそうな表情。悲しそうに揺れる紅い瞳。

「ゆ・・・うぎ・・・?」

訪ねてくる聞きなれた声。

声は、扉の方から聞こえて来る。

名前を呼ばれ振り返るとそこには、モクバの姿。

〔久しぶりだな・・・〕

「久しぶりって・・・本当に遊戯なの?」

〔ああ・・・〕

恐る恐る入室してくるモクバ。

その表情は、信じられないと言った感じで。

「透けて見えるけど・・・」

そこに居る遊戯に実体が無い事を聡明な脳が訴えているが触れ様と手が動くものの触れる事叶わず。

「やっぱり触れられないんだな・・・」

寂しそうにしているモクバ。

彼にだって解っているのだ遊戯自身この世の人間でない事ぐらい。

〔スマナイ・・・〕

申し訳無さそうに謝る遊戯だが

〔今のお前の目の前に居るオレに触れる事出来なくても生まれ変わったオレになら触れる事が出来るぜ?〕

そう言いながらベビーベッドで大人しく海馬の方を見ている遊戯に指指す。

「まさか・・・そうか・・・そうだったんだ・・・やっぱり遊戯は、遊戯の生まれ変わりだったんだ・・・。」

今迄に疑問が解かれモクバの顔に笑みが浮かぶ。

心の何処かで疑っていたのだ。

赤ん坊が遊戯の生まれ変わりかどうか・・・。

〔モクバその手に持っているのは〕

モクバの手に持たれているのは、哺乳瓶。

「遊戯の食事の時間だからな。」

でも・・・と言ってモクバは、サイドテーブルの兄のジャケットをハンガーに掛けミルクの入った哺乳瓶をテーブル

の上に置く。

「兄さまから貰うといいよ。」

遠慮がちに置きながら

「なぁ・・・遊戯・・・こまま兄さまの傍に居てくれるよな?もう2度と兄さまの傍を離れないよな?」

不安そうに訪ねると

2度と離れるなんて海馬が許すとでも思うのか?〕

「思わない」

兄の執着心は、半端でない事ぐらいモクバだって解っている。

遊戯の問いにモクバは、満面の笑みを浮かべて仮眠室を出ていった。

 

〔海馬何時まで寝た振りしているんだ?〕

モクバが居る間身動ぎせず寝ていた海馬。

その事に遊戯は、違和感を感じていた。

「気が付いてたのか?」

まだ目を閉じたままの海馬。

〔相棒が寝ている時寝返りを打っていたんだ。それなのにお前は、1度も寝返りを打たない。不思議に

思って当然だろう?〕

自慢気に答える。

〔何時まで目を閉じたままなんだ?いい加減目を開けろよ〕

「貴様がキスをしてくれたらな。」

〔無理言うなよ。オレは、お前に触れる事が出来ないんだぜ?〕

困った様な声を出す。

目を閉じたままの海馬には、遊戯が困った顔をしている事が声と雰囲気で解る。

だが海馬が目を開けないのは、意地悪をしている訳でない。

もし目を開けて遊戯の姿が無くただ自分の幻聴で有ったら・・・と言う恐怖から開けられないのだ。

モクバと遊戯の会話を耳にしていると言うのに不安で仕方が無いのだ。

〔なぁ海馬。赤ん坊のオレは、既にお腹を空かせているのだが何時になったら食べさせてくれるんだ?〕

幽体になっている今空腹なんて感じない。

だが海馬の目を開けさせる為の口実。

しかしそれが効いたのか海馬は、慌てて目を開けるとサイドテーブルに置いてある哺乳瓶に手を伸ばす。

〔クスクス・・・海馬やっと目を開けたな〕

思惑通り目を開けた海馬に遊戯は、微かに笑い声を上げて言う。

「貴様俺を騙したのか?」

蒼い瞳で実体の無い遊戯を睨む。

部下達が恐れ慄く海馬の睨みを遊戯は、平然と受け止めながら。

〔空腹なのは、事実だぜ。ただ肉体を離れている今は、空腹じゃないけどな。〕

自分が肉体に戻ったらミルクを与えてくれ・・・と言うのだ。

〔海馬・・・お前に無茶をするな・・・なんて言うのは、無理かもしれないがオレの事を想うのなら程ほどに

してくれないか?オレが成長するまでにお前が倒れたらイヤだからな〕

「遊戯 俺は、そんな柔な躰じゃない。」

不機嫌な顔を隠そうとしない海馬に遊戯は、苦笑しながら。

〔年を取ればそんな事言ってられないぜ?オレがお前の今の年になった時お前は、何歳になっていると

思っているんだ?〕

埋める事の出来ない年齢差。

「フン 貴様に案じられる様になっては、俺も堕ちたモノだ。だが貴様に案じられるは、悪い気がしない。」

〔海馬!!〕

「しかし今の貴様は、コイツなのだからコイツに余計な心配を掛けるのは、偲びない。」

赤ん坊の遊戯を抱き抱えなが柔らかい頬を突っつく。

赤ん坊を見る優しい表情の海馬。

きっと彼自身気が付いていないだろう。

そんな表情されて気恥ずかしい遊戯だったが海馬がそんな優しい表情が出来る事が嬉しかった。

〔海馬もう時間だ。オレは、肉体に戻るぜ。〕

「霊体でも良い・・・貴様に今度何時会える?」

オカルトを信じない筈の海馬から信じられない言葉。

その言葉に遊戯は、首を左右に振り。

〔もう現れない。幼い躰では、負担が大きいんだ。〕

「では、貴様が今の俺と同じ歳になるまで待つか・・・」

〔?〕

海馬が何を待つのか気になったが既に遊戯が肉体に戻らないとイケナイ時間が過ぎた。

赤ん坊の遊戯がグッタリしだしたのだ。

〔海馬が何を企んでいるのか知りたかったけどタイムオーバーだ。今のお前と同じ歳になるまで待つとするぜ。〕

残念と言わんばかりの態度を取りながらグッタリしている赤ん坊に近付き。

〔またなパパ・・・〕

そう言うと遊戯の姿は、薄れて行き消えた。

「何がパパだ・・・貴様が話せる様になったらパパなどと呼ばせんからな。」

『海馬』とも呼ばせない。彼には、呼んで貰いたい呼び名が有る。

海馬は、サイドテーブルに置いてある哺乳瓶を手にすると遊戯の口に近付ける。

待ってました〜と言わんばかりにミルクを飲む遊戯。

余ほどお腹を空かせていたのだろう。

「全く貴様ぐらいだな。この海馬瀬人から直接ミルクを飲ませてもらえるのは・・・」

穏やかな表情で遊戯がミルクを飲む姿を見つめている海馬。

本人は、自覚していないだろうがまるで我が子を慈しむ親の顔だった。

 

 

その後遊戯の霊体は、海馬の前に姿を現さなくなり海馬自身寂しさを感じつつも彼の生まれ変わりである

遊戯の子育てに励んだ。

遊戯が18歳になるのを楽しみにしながら・・・


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