幻想-1-
偶然だった
本当に・・・偶然だったのだ
彩の無い世界で俺は彩を見た
午後から来客の予定があった
でも急遽先方の都合でキャンセルとなり午後からの予定が開いた
開いたのだから溜まっている仕事を片付ける事にした。
しかしその仕事も夕方には終わってしまい
社に居てもやる事が見つからないので久しぶりに帰宅する事にした。
車中アタッシュケースに入れられている書面に目を通す
しかしそれさえも直に読み終えてしまう
車窓を流れる桜並木
その下を行き買う人々
中には足を止め桜の美しさに魅入っている人もチラホラ見える
「!」
桜を魅入っている人々の中で一際異彩を放っている人物に目が行く
彩の無い世界で見つけた彩・・・
思わず運転手に止めるよう指示を出すと扉を開けその人物の元へと駆け出す
何故・・・自分は走っているのだ?
そんな問いかけをしても答える者なんて居ない
自分の足に自信が在るわけではないが多分早い方に入ると思う
息を切らせながら異彩を放っていた人物が居たと思われる場所に来ればその人物は既に居らず
幻か・・・?と思わせてくれる
横顔を見た時心を奪われた・・・
美しい人物だった
紅い薄手のコートに身を包んだ人物
男なのか女なのか中性的な美しさ
何故かもう一度その人物に逢いたいと思った
人に執着しない自分が初めて気に留めた相手
しかし何故だかもう一度逢えると心か訴える
確信しているのかもしれない
翌日その人物に逢いたくて今度こそ捕まえたくて昨日と同じ時間に社を出て同じ時間に
昨日と同じ場所を通る
「!」
思惑通りその人物がそこに居た
心が嬉しさの余り昂揚する
急ぎ車を降りその人物の元へ行くが1度ならず2度までもその人物を見失ってしまう
辺りを見渡せどそれらしき人物など見当たらない
喪失感に襲われる
何故だか疲れがどっと押し寄せてくる
力無く車に戻り帰宅する事を運転手に告げる
今度こそ捕まえる気だった
捕まえる自信が在った
しかしその人物を捕まえて自分はどうするつもりなのか?
答えなど求めても出てくるワケが無い
帰宅後ラフな服装に着替えテーブルに着けば嬉しそうな弟の顔
何時も一人で夕食を取っていたから2日連続兄と夕食を供に出来て嬉しいのだろう
そんな弟にでさえ彩を感じない・・・
「・・・それでね 今日から新しい使用人が入ったんだけどソイツが凄く綺麗なヤツで最初見た時
男なのか女なのか疑問に思ったんだけど本人に聞いたら男だって言うんだぜ」
あんな中性的なヤツもいるんだなぁ〜って言う
「モクバ 使用人如きに親しくする必要は無い」
「あっ・・・うん・・・でもそいつM&Wが得意って言ってたんだぜ
もしかしたら兄さまの退屈しのぎの相手ぐらい出来るかも・・・」
自分の得意なM&Wに反応しない訳ではではない
だが自分と対等に渡りあえる存在がそうそう居るとは思えない
「モクバ」
一声かけるとビックとするモクバ
「解ってるぜ・・・」
海馬Co.のデータを狙うヤツは数知れず
会社の従業員のフリをして重要機密を持ち出そうとしたりハッキングなんてしてくる輩も居る
派遣の使用人に扮したりするのも居る
人を信用すれば裏切られる
それは親類縁者全てにも言える事
食事を終え
自室で食後のコーヒーを飲みながらハードカバーの本を読みだす
しかしその目に文字は写っておらず心のその場に存在していない
心に在るのは昨日と今日 車窓から見た彩在る存在の事
今日こそは捕まえられると思っていたのに・・・
捕まえる事が出来なかった
彩が在るのにその存在から何故か儚さを感じた
しかし自分は、そんな相手を捕まえてどうする?
名前も何処に住んでるかでさえ解らないのに・・・
それに自分の手に入るのかでさえ解らないのだ・・・
色々考えていると明日の休日出勤が面倒になってきた。
仕事している暇があるのなら自分の心を捕らえている相手を探す方が大事だ
海馬は秘書にメールで明日は休む事を伝える
秘書にも休みをやらないと躰を壊しかねない
夜も更け海馬はベッドに入る
明日またあの桜の場所に行こう
もしかしたら明日こそ相手を捕まえる事が出来るかもしれない
-翌日-
外は気持ちが良いほどの天候
海馬は、久しぶりの休暇に庭に出てみた
夕方近くにあの桜の在る場所に行く事を決めながら
桜で思い出したが海馬邸にも見事な枝垂れ桜が在る
気紛れなのか桜に興味を抱かなかった海馬だったが何故か急に枝垂れ桜が見たくなった
奥庭に足を運ぶ
何故か桜に近付くにつれ心が浮つく
足取りが早く軽やかな気がする
「!!!!」
まさかと思った。
枝垂れ桜の前にスーツ姿の人物が一人桜の木を見上げている
海馬の位置から見えるのは、その人物の背中だけど海馬の心が訴える
自分が捕まえたい相手だと
求めている相手だと
風が吹き地面に落ちている花弁を巻き上げ
枝から散り落ちる花弁と混じりその人物を覆い隠そうとする
捜し求めた相手が又消えると思った海馬は、その人物の腕を掴み抱き寄せる
今度こそ逃がしはしない
確かな温もりを腕に感じながら