もう一度逢いたくて
乾燥した大地。
目の前に広がるのは、切り立った崖とゴツゴツとした岩そして乾いた砂。
毎年必ず何があっても訪れる場所。
あの日と同じ月日・・・『闘いの儀』が行われた月日と同じ日。
闇の遊戯が冥界に戻ってから暫くして海馬の元に寄せられた報告。
千年パズルが安置されていたと思われる場所が見つかった・・・と。
だがその場所が本当に千年パズルが安置されていた場所なのか確認する術が無い。
ただ一人千年パズルを持ちかえった<武藤遊戯>の祖父双六を除いて。
海馬にしてみれば誰かに何かを頼むのは、不本意でしかないが我儘を言ってられない。
双六に同行を依頼し共にエジプトの地に降り立った。
数十年前に一度現地案内人と共に訪れた場所だったので記憶が曖昧になっており何度も海馬からの
申し出を断った双六だったが海馬の気持ちに心動かされ何処まで期待に応えられるか解らないが同行を
承諾した。
数十年ぶりに来た不毛の大地。
驚く程に蘇る記憶。それは、まるで昨日、今日の出来事の様に思い出されるのだ。
ただ双六の記憶と異なっているのは、守るべき物が無くなったトラップは、只の骨董品になり果てていた事。
誰が来ても襲ってくる事が無いのだ。
動かない幾つ物トラップの間を潜りぬけ辿り着いた小さな祭壇。
その祭壇の上に千年パズルを安置してあったボックスが在ったと双六が説明してくれた。
彼の魂を護り続けた場所・・・
海馬は、その場所を今度は、自分が護りたいと思った。
誰も住まない場所。そんな土地を海馬は、エジプト政府から買い取った。
担当官から「あんな土地を買うなんて頭がオカシイ」と言われたがそんな事を一々気にしてられない。
あの場所は、神聖な場所なのだから。
++++++
「僕達は、ここで待っているよ」
洞窟の入り口で待つと言うマリクとリシド。
そこから千年パズルを安置していた場所までは、イシズが同行する。
朽ちた作動しないトラップ。
護るべきモノを無くした為だろう。
そして何故かそのトラップ達に自分の姿が重なる。
最奥・・・
「遊戯 逢いに来たぞ」
誰も居ない場所なのに話しかける海馬。
その表情には、疲れを感じさせない慈愛に満ち懐かしさを感じさせていた。
『闘いの儀』は、彼が冥界に旅だった日。
その日を命日と定め瀬人は、毎年この地に訪れる。
出来る事なら月命日もしてやりたい。
だが多忙な海馬にそんな事が許される筈もない。
海馬Co.を守らなければならない。もし海馬Co,が倒れる様な事になれば系列会社や子会社に取引先
・下請け会社にどれだけの損害が出るか解らないしどれだけの人を路頭に迷わせる事になるか・・・
それにそんな事になればこの場所を護る事だって出来なくなる。
「瀬人 貴方のファラオに対する愛は、何処までも深いのですね」
海馬と一緒に来ていたイシズ。
彼女は、海馬の代わりにマリクとリシドと一緒に月命日をしてくれている。
海馬に頼まれたからやっているのでは、無い。
誰にも何も頼まれていない。
イシズは、遊戯に「マリクを助けて貰った礼として当然です。」と言い。
マリクは、自分の背に刻まれた刻印を見せなければ彼は、冥界に帰らなくて済んだのかもしれない
と言う思いから。
リシドは、遊戯のおかげで家族を手にした。その礼を兼ねてと言っている。
それぞれに感じる思い。
「瀬人 私は、部屋の外に居ます。」
それだけを言い残しイシズは、部屋を出て行く。
海馬が遊戯と話しをする時間を作る為に・・・
海馬は、小さな祭壇を背に石畳の上に腰を降ろす。
暫く部屋の回りを見渡しながらゆっくりを瞼を降ろしまるで何かの気配を探しているかの様に回りに気を配る。
だが何も感じない・・・
瞼に浮かぶ遊戯の面影。
あれから数年経ったのに色あせる事なく鮮明に思い出される遊戯。
思い出の中の遊戯に
「逢いに来たぞ」
「解ってる。海馬、また無理でもしたのか?何だか疲れている様に見えるぜ」
幻影の遊戯が戸惑いの表情を浮かべながら海馬の頬に触れてくる。
「何時もの事だ気にする事無い」
「余り無理するなよ。お前の身に何か有ったらモクバが心配し悲しむ」
「お前は、俺の身を案じてくれるのか?」
「当たり前だぜ。変な事聞くなよ」
「遊戯・・・もっと俺の傍に来い」
己が自ら造り出した幻想。
全て自分の意のままに動く遊戯。
本当の遊戯だったら照れて「恥かしいヤツ」なんて言いかねないだろう。
自分にとって都合が良い遊戯。
「なぁ・・・変な研究なんてしてないよな?」
「変な研究?」
自分に凭れ掛かる遊戯が俯き加減で話しかけてくる。
遊戯が言う変な研究とは、遊戯自身を作り出す研究の事だろう・・・
ダガ何処デソレヲ知ッタ?
海馬が取りかかろうとしている研究。
それの事は、誰にも口外していない。
(ああ・・・そうだコイツは、俺の心が生み出した遊戯の幻影・・・知っていて当然か)
「海馬・・・変な研究は、しないでくれ・・・」
「何故?貴様をこの世に迎える為の研究なのだぞ?」
「そんな研究でオレを造ったてオレの魂は、その中に存在しないんだぜ?
そいつ等に魂が宿るとも言えない。お前が傷つくだけなんだぜ。」
「何故 魂が宿らないと言いきれる?もしかしたら魂が宿るかもしれぬでは、ないか!」
「どうして解ってくれないんだ?もし魂が宿ったとしてもそれは、オレの魂じゃない!!オレ自身じゃない!!」
今にも泣き出しそうな顔で海馬に詰め寄る遊戯。
海馬は、そんな遊戯が発する言葉の一つ一つが己の心に突き刺さるのを感じる。
解っている・・・解っているのだ。
どんなに遊戯のレプリカを造ったとしてもそこに遊戯の魂が宿らない事を。
解っているが・・・もしかしたら?って思うでは、無いか。
少しでも可能性が有るのなら賭けてみたいでは、無いか。
遊戯の居ない世界は、色あせて行く。
月日は、酷でココに来ないと遊戯の姿がハッキリと思い出せないのだ。
写真や録画された遊戯では、意味が無い。
ソリットビジョンで生み出した遊戯は、あくまでも海馬の記憶を忠実に復元したモノ。触れるが出来ない。
生気を感じない。
生気を感じたい遊戯が自分の傍に居ると感じたい。
だから思い立ったのだ。遊戯自身を造り出す事を。
それなのに目の前に居る遊戯は、そんな研究を完全否定する。
俺が傷つく事を案じて・・・
しかし貴様が冥界に帰った時点で俺の心からは、取り止めなく血が吹き出しているのだ。
貴様を求めて・・・
「海馬 オレは、何時もココに居る。例えお前がオレの姿を思い出せなくなってもオレは、お前のココに居る
んだぜ。お前がオレ自身を忘れない限り・・・」
遊戯は、海馬の胸元を指さしながら言う。
自分は、海馬の心の中で生きているのだと。
「遊戯 俺がもし人生をまっとう出来たらココで眠っていいか?」
小首を傾げる遊戯のそんな仕草が可愛いと思う。
「貴様の魂が抱かれていた場所だから」
「お前が望むなら構わないぜ」
何処までも自分の求める言葉を言う遊戯。
暫く遊戯と他愛の無い会話をして過ごした。
生前ココまで遊戯を話したかと思うぐらい。
だがココに来れば自分の心を隠す必要が無い。
全てをさらけ出しても構わないと思う。ココでどんな話しをしても聞いているのは、自分が造り出した幻影の遊戯
なのだから・・・
それでも何故か心が落ちつく。
本物の遊戯と話している様な気がするから。
+++++++
歳月が流れモクバは、結婚をし新たな家族を築き上げる。
「おじいちゃんも律儀だよな。毎年毎年墓参りの為にエジプトに行くなんて」
「お前にも何時かそんな相手が出来たら解るだろう」
「そうかな?」
両手を後頭部に当てながらぶっきらぼうに言い放つモクバの孫に苦笑してしまう。
「義叔父様道中御気をつけて・・・」
<武藤遊戯>の娘でありモクバの息子の嫁。
まさかこんな形で武藤家と繋がろうとは、思いもしなかった。
「叔父さん気を付けて行って来てください。何かあったら連絡してくださいね」
「ああ 解ってる」
「兄様・・・」
「モクバ これから先の事は、頼んだぞ」
海馬の躰は、病魔に襲われ医師から絶対安静を言われている。
もし無茶をする様なら命の保証は、無いと・・・
だからモクバの子供達に猛反対された。
それでも海馬の意志は、強くエジプトへと向わせる。
多分これが最後なのだろう・・・
「兄様 今度は、ちゃんと逢えるといいですね」
「きっと逢えるだろうさ」
そう良いながら車に乗り込む。
ゆっくり発車される車を見送るモクバの目には、溢れんばかりの涙。
(遊戯・・・兄様の事・・・護ってくれよ)
何度と無く呟かれて来た思い。
それに対し病魔に犯されいる海馬の気持ちは、晴れやかだった。
こんな気持ちになれたのは、幾日ぶりだろうかと思う程・・・
+++++++
エジプト-カイロ空港-
「瀬人様御待ちしておりました」
イシズに瓜二つの年若い娘が毅然とした態度で海馬を出迎える。
「貴様は、確か・・・」
「覚えてくれてましたか。イシズの孫娘のアイシスです。祖母イシズの命により貴方様を聖地に
御案内させていただきます。」
イシズの孫娘アイシスと出会ったのは、10年程前。
海馬が最後この地で眠るまでの間、案内人として共に過す者として10代そこそこの孫娘を紹介して
来た。
「イシズは?」
「祖母は、先週旅立ちました。」
「そうか・・・すまない事を聞いた」
「いえ・・・構いません」
あの女らしい事だ。俺より先に逝く事を10年も前に察し孫娘に最後を託すとは・・・
これで遊戯の事を知る者は、この世にモクバ一人となってしまった。
遊戯貴様の事だ先に逝った者達と仲良く暮らしているのだろう・・・
ラクダに数日ゆられ海馬家が護る地に辿り着いたのは、明け方。
その間アイシスは、甲斐甲斐しく海馬の身の回りの世話をし続けた。
そして目的地である洞窟に辿り着いたのは、昼頃。
「海馬様 私の御役目は、この洞窟の入り口まで・・・名残惜しいですがココから先に入る事を
許されてません・・・」
本当に名残惜しそうにするアイシス。
数日とは、言え共に過せば情が宿るもの・・・
「ココまで世話をしてくれて礼を言う。お前を一人帰らせるのも偲びないが我が命は、後僅か・・・」
「海馬様それ以上言わないで下さい・・・」
聞けば寂しくなる・・・
「さぁ中に御入り下さい。私は、ココで見送らせて頂きますので」
そうとしか言えない・・・
海馬は、その言葉に促されまま洞窟内へと歩み始めた。
海馬が洞窟に入って間もなく獣数年閉じられる事の無かった洞窟の扉が勝手に閉まる。
アイシスは、それを見ながら
(彼の魂を護る為に扉が閉ざされた・・・きっとこれは、ファラオの御意志・・・)
その場に膝まつき深々を頭を下げた。
(どうか彼の魂が無事ファラオの元に召されますように)
今迄朽ちて動かなかったトラップが海馬が通った後、自己修復でもするかの様に復元していき
その活動を再開するべく定位置へと自動で移動をしだした。
海馬の足は、確実に一歩一歩と小さな祭壇に向っている。
そしてその身を蝕む病魔も確実に海馬の躰を犯していく。
苦しい筈なのに辛い筈なのに。
その足取りは、苦しさも辛さも感じさせない。
寧ろ羽が生えたかの様な軽やかな足取りだった。
いや軽やかなのは、足取りだけでは、無い。
その心もステップを踏んでるかのように軽やかに舞っている様だ。
目の前に見える入り口・・・
「遊戯 今年も逢いに来たぞ。だが今年で最後だ。
俺の躰に巣くう病魔によってこの命が費えよとしている」
加齢と病気で重かった足が若返る。
皺々だった手が若返る。
目の前の小さな祭壇の上に腰かける存在が目に止まると自分らしくないが嬉しさの余り走り出して
しまう。
腰かけて居た相手も肩にかけた学ランをなびかせながら祭壇から飛び降り海馬の元へと駆け出し
彼の胸に抱きつく。
「海馬 待っていたぜ。お前が自分の人生を放り出す事無く最後まで生きて・・・そして最後にココに
来るのを・・・オレ・・・」
「もしかして・・・俺がココに来る度に俺の傍に居てくれたのか?」
「毎年お前といろんな事話していただろう?」
毎年・・・俺は、自分の幻影と話していたと思っていたがまさか遊戯自身と話していたとは・・・
何十年ぶりかに感じる互いの存在感。
「遊戯こさから先、ずっと一緒だぞ。俺から離れられと思うな」
抱き締める遊戯の小鼻を掴みながら言うと遊戯は、その手を払いながら
「思わないさ。寧ろお前もオレの傍から離れられると思うなよ」
今一度開かれる冥界の門。
その中に歩みだす2人。
来世に向って共に歩むために・・・