顔を見ぬ婚約者殿-5-
ジャックと遊星が心を通わせてから1週間が過ぎた。
あの日以来ジャックは、遊星の元を訪れて来なかった。
最初の頃は、彼も忙しくて来れないんだ・・・と思っていた。でも1週間ともなると捨てられたと思う様になっていた。
仕方が無い事、住む世界が違うんだ。
モノ珍しさからきっと自分に近付き飽きられた。
それなのに悔しいとかは、思わなかった。
自分の気持ちを伝えられたと思ったから。あの一瞬だけは、両想いだと信じたかったから・・・
収容所で言われた
【貴女には、結婚当日まで清らかなままで居て貰いたい。さもなくばサテライトに居る貴女の仲間の身の保証は、
有りません。】
言葉が今重く圧し掛かる。
一度だけとは言え男を知ってしまっただ自分の所為で仲間が酷い目に遭うかも知れない。
明日になれば・・・
++++
不安な気持ちを抱いたまま遊星は、セキュリティの関係者に連れられて童実野帝国ホテルに来ていた。
同じネオ童実野シティにあるとは、思えなかった。
建物の回りを覆う木々。まるで別空間の様に思える。
この建物は、旧海馬邸。
現在居る海馬家の人達は、別の場所に移り住んでいる。
建物は、シティが買取りホテルとして利用しているが内装等は、昔のまま殆ど残されている。
遊星は、手入れの行き届いた庭が見える部屋へと通された。
相手は、まだ来ていない様だ。
「庭が綺麗だ」と同伴してきたセキュリティの女性がどれだけ言うがどれだけ綺麗だろうと今の遊星には、関係が
無い。
今日ココで自分は、自分の主となる者に会うのだ。
顔を見た事の無い婚約者を初めて見る。
相手の顔を見るつもりだった。でも見る気になれない。
逸る気持ち。心の何処かで未だ期待していた。ジャックが来てくれると・・・
コンコン・・・
ノックされる音、それに続いて開けられる扉。
遊星は、俯き顔を上げられない。
コツコツと聞こえて来る2人分の足音。
その内1つが自分の相手。
椅子が床の上を擦るを音が聞こえる。
セキュリティの女性が遊星に顔を上げる様に促すが遊星は、顔を上げようとしない。
制止されたのか諦めたのか何も言って来なくなった。
ここで自己紹介なのだろうがそれも無い。
互いに言葉を発しないからだ。
(当然か・・・サテライトの女なんかと口も聞きたくないだろ)
全て諦めよう。
そう思った。不意に遊星の目の前に差し出された1枚のカード。
そのカードを見た時心臓が止まるかと思った。
《スターダスト・ドラゴン》・・・探していたカード。
(まさか・・・)
探していたカードを差し出され俯いていた顔を上げた。
「!!」
「やっと顔を上げたな遊星」
信じられなかった。信じられる筈も無かった。
まさか目の前に座っている相手がジャックだなんて・・・
「・・・どうしてココに・・・」
「俺の婚約者に会いに来た。それだけだ。」
「えっ?!」
椅子の上で踏ん反り返えって居るジャックの言葉に驚きを隠せない。
今何テ言ッタ?
都合の良い聞き間違いかと思った。
だが
「何と言う顔をしているんだ。まさか俺が冗談を言っているとでも思っているのか?」
そんな言葉に何故か肯いてしまう。
「俺が今迄お前に冗談なんて言った事無いだろう?」
「それでも・・・お前とオレには・・・」
「身分云々と言うのなら関係無い俺は、俺の伴侶にお前を選んだんだ。それだけで充分だ。
それに俺は、お前の望みを叶えてやると言った筈だ。」
「!!」
(上層階級に君臨する奴の戯言かと思っていたのに本気だったんだ)
「そのカードは、お前のカードだ。受け取ってくれるな?」
ジャックの笑顔に隠された不安が綺麗な菫の瞳に宿る。
もし受け取って貰えなかったら・・・
だがその不安も遊星から伸びた手によって掻き消される。
「お前の心と共にこのカードも受け取らせて貰う。オレなんかを選んだ事後悔するな。」
「ククク・・・この俺が後悔する筈も無かろう!!」
心からの笑い。欲した者をこの手に入れた瞬間の昂揚何とも言えぬ。
「それでは、キングこの縁談を進めてもよろしいですね」
「ああ構わぬ進めろ」
「承知しました。」
ゴドウィンは、遊星の傍に居たセキュリティの女性に目で合図を送り自分と一緒に退室をした。
厄介者達が出て行ったのを確認するとジャックは、サッサと席を立ち遊星の傍に行く。
「何で言ってくれなかったんだ?」
「俺がお前の婚約者だって事をか?」
「ああ・・・」
「生憎と俺もその事を知ったのは、最近なんだ。」
遊星を横抱きにして入室時に使った扉とは、別の扉へと歩を進める。
「本当は、知った時にお前に知らせようと思ったんだがお前の驚く顔が見たかったので逢いにも行かず連絡も
しなかった。」
遊星と初めて躰を繋いだ後ジャックは、帰宅しデッキホルダーになおしている《スターダスト・ドラゴン》のカード
を探していた。
その時ゴドウィンから婚約者に会う日を聞かされた。
全く興味が無かった話しだったがゴドウィンが言う日時と場所が余りにも遊星が言っていた日時と酷似していた
ので自分の相手がどんな女性なのか気になり出した。
用意された写真を見て驚いたのは、言うまでも無い。
その写真に写し出されているのは、紛れも無く遊星だったのだから。
ゴドウィンが何処で遊星の事を知ったのか興味を抱き質問すると視察で向った収容所でサテライトの女が収容
されたとの報告を受けた。
ただそれだけなら別に大した事も無いと思っていたが相手は、D・ホイールを乗っていたと聞き。しかも既製品では、
なくフルチョイスされたモノだと聞かされ興味を抱く。
彼女のIQを調べ身体検査も行った。
言葉使いや態度に幾分問題が有ったもののIQ高さやデッキの引きの良さは、高い評価が付けられた。
身体的にも発育不良の点を除けば問題は、全く無い。
「きっとこの者ならキングの相手として充分に勤まりましょう」
と言う事で話しを勝手に進めたらしい。
当然回りから反発が無かったワケでもない。遊星がサテライト出身と言う事もありキングに不釣合いと言う意見も
あった。だが遊星のIQやカードの引きの良さに上回る者が誰一人として居なかった。
ゴドウィンは、遊星の身に変な虫が付かないように遊星自身に【貴女には、結婚当日まで清らかなままで居て
貰いたい。さもなくばサテライトに居る貴女の仲間の身の保証は、有りません。】釘を刺したのだ。
だがゴドウィンは、未だに知らなかったのだ。この御見合いの1週間に既にジャックが手を出していた事を・・・
それによって遊星が清らかで無い事を・・・
隣室に運ばれた遊星は、部屋を見渡して顔を朱に染めた。
そこは、寝室だったのだ。
「ジャック・・・」
「1週間も我慢したんだ。」
「だけど・・・」
「お前は、俺のモノだ。俺だけの・・・」
遊星は、ゆっくりベッドの上に降ろされ自分に伸しかかって来る男を見ていた。
++++
数日後各紙面(各誌面)にジャックが婚約発表を行ったがその数日後には、結婚会見を行った。
会見の席に遊星を同伴させるつもりだったが遊星から猛反対され単独会見になってしまった。
だがそれによって遊星を独占していると言う気持ちが芽生え満足感に満たされていた。
遊星は、デュエリストとしてスタジアムに立つ事が無くなったがジャックのD・ホイールの整備士としてまったジャック
が新たに構築したデッキの試験テスト役として精神面のサポターとして活躍していた。
「まったキングがそんな締りの無い顔をして・・・」
「フン。俺がどんな顔をしようがお前以外見る者など居らぬ」
遊星の膝の上に頭を乗せ寛いでいると不意に降りて来る口付け。
それは、啄む様な可愛いモノだったけど甘い気持ちにさせてくれるのには、充分だった。