ライバルから恋人へ-5-
校長の話しを何処か遠くで聞いている気持ちだった。
余りにも現実離れしている気持ちだった。
否 現実離れの話しだったかもしれない。
そして口々に説得して来る教師達。
遊星の事なのに自分達の事の様に捲くし立てる様に話す。
「すみません。考えさせて下さい。」
今は、それしか言えなかった。
『不動君宛てに海馬Co.から海外研修の誘いが来たんだよ。』
願っても無い事なのに・・・。
望んでいたのに・・・。
将来の事を考えたら大きなチャンスなのに。
即答出来なかった。
余りにも現実離れしている様に思えたから。
突然舞い込んだ幸運に考える必要なんて在るのだろうか?
即答すればよかったのか・・・。
解らない・・・。
ただ話しを聞いている最中に思い出したのがジャックの顔。
もし彼に話したとしたらどんな反応するのだろう。
だけど何故彼の顔を思い出す?
ジャックには、関係ない事なのに。自分自身の事なのに。
遊星は、そんな事を考えながら教室に向かって行った。
ガラガラ・・・
静まり返った教室。
一斉に遊星に注がれる視線。
授業中に戻って来た遊星。
教師は、遊星に席に付くように促しただけで何の咎めも無い。
授業内容が頭に入らない。
教師の話しが遠くで聞こえる。
困惑して来る。
チャイムが鳴ると遊星は、カバンを取り出し教室を出て行く。
男子生徒達は、遊星が何故職員室に呼ばれたのか興味が在ったが青褪めた顔の遊星を見て何も聞けなかっ
たし今朝ジャックが女子生徒と登校して来た事を言えなかった。
遊星は、一先ず担任に早退する事を告げると
「不動 焦る事は、無い。ゆっくり考えてから答えを出せばいい。」
と言ってくれるがそれが建前で在る事ぐらい気が付いている。
遊星は、生返事だけをして帰宅した。
そうとは、知らないジャックは携帯を見ていた。
携帯に写し出されているのは、メールの画面。
宛名は『不動遊星』件名は、未だ書かれていない。用件は『放課後 生徒会室に来い。』の1行。
このまま何時もの様に送信すれば良いだけなのに送信が出来ない。
ジャックは、遊星にメールを出す時件名なんて書いた事が無かった。
必要無いと思っていたから・・・。
だが送信ボタンが押せない。
多分遊星も知っているだろう自分が女子生徒と一緒に登校して来た事を。
例え自分の意志じゃないとしても・・・。
ジャック自身何時でも遊星と一緒に登校したかった。
でもそれが叶わないなら・・・多分自分でも知らない内に自棄を起したのかもしれない。
(クソッこの俺が何故ここまで悩まなければならない)
送信する事無く予鈴が鳴りジャックは、携帯を直した。
メールが遊星の元に送信されたのは、昼休みの時。
ジャックは、メールを送信し終えると一仕事した時の様な疲労感を感じた。
だが送信した以上 遊星がメールを確認するのは必死。
何時ものメールを見て遊星が放課後生徒室に来るのかどうか解らない。
昨日の今日なのだし今朝の事だって有る。
もしかしたら遊星は、来ないかもしれない。
そう思うと自業自得なのだが気持ちが沈んで行く。
そして放課後・・・
結局 遊星は、生徒会室に現れなかった。
(来ないのなら来ないでメールをすればよかろう!!)
遊星が来ない事に苛立つが
(もしかしたら部活の方に行っているのかも知れない・・・)
自分に会い難くて生徒会室に来ないのかもしれない。
もしかしたら部員に呼ばれて来ないのかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られなくなり急いで部室の方に行った。
・・・だが部室に遊星の姿が無い。
「遊星なら今朝職員室に呼ばれてたよな」
「授業中に帰って来て授業後に帰ってしまいましたよ。」
「何か顔色悪かったモンな」
「アイツが職員室に呼ばれるなんて何があったんだ?」
遊星の同級生が口々に報告してくれる。
クロウもこの時間になるまで遊星が帰った事を知らないで居たので
「オイ!!遊星が呼びだされたって本当か?」
後輩に詰よってしまう。
「本当です。担任の先生が呼びに来てたし・・・」
「わりぃ〜遊星の事心配だから俺帰るわ」
デッキをカバンに入れると急いで教室を飛び出そうとしたが
「クロウ 俺も遊星の所に行く。」
ジャックの呼び止めに出て行くのを止めた。
「はぁ〜?何でお前が遊星の所に行くんだよ。」
「むっ・・・それは、同じ部員なんだし後輩だからな心配して当然だろう。」
訝しい顔付きでジャックを見るクロウだったが
「ダメだ。」
「何故だ!!」
「ダメったらダメ。」
昨日の遊星を思い出せばジャックを連れて行く事なんて出来るワケが無い。
憶測とは、言えきっとジャックが絡んでいる筈だから・・・。
ジャックにダメだしをして急いで帰るクロウ。
呆然と立ち尽くすジャック。
だが暫くして急いでジャックも教室を後にする。
その光景を見ていた部員が
「ホーガン先輩が遊星を心配するのは、解るけど何でアトラス先輩まで???」
「そりゃ〜アトラス先輩並にデュエル出来るのってホーガン先輩と遊星だからじゃないか?」
「それだけの理由なのか?」
「他に何が有るんだ?」
「さぁ〜?」
+++
自宅に戻らず学校からそのまま遊星の元に行ったクロウ。
遊星の顔を見て少し安堵するが・・・確かに顔色が悪い。
「心配させてスマナイ・・・」
「いいって。それよりお前 職員室に呼ばれたって聞いたけど・・・」
一瞬目を見開いた遊星だったが逡巡した後 教師から言われた事をクロウに話し出した。
「・・・そうか・・・お前の夢の一つだもんな。」
遊星から話しを聞き終え何となく納得しているクロウ。
海馬Co.の開発兼研究室に入るのが遊星の夢だった。
父親が発見した『遊星粒子』に未知なる力をもった『モーメント』
デュエルストの憧れD・ホイールの開発。
遊星は、子供の頃からそれらに携わる仕事がやりたかったのだ。
「本来なら家族に相談なんだろうけど・・・お前んとこの両親は、海外に居るしな。しかも研修先が両親の居る
所なんだろう?」
「ああ・・・」
子供の頃からの夢への1歩だと言うのに・・・嬉しい誘いなのに素直に喜べない。
「昔のお前なら悩む事無く喜んで行っただろう・・・でも今のお前は、楽しい事が出来て離れられない・・・」
そう仕向けたのは、自分なのに・・・それが遊星を苦しめる事になるなんて思ってもみなかった。
「・・・」
否定も肯定もしない遊星だったがそんな遊星を見て肯定なのだと判断したクロウ。
「その話し今じゃないとダメなのか?もし未だ時間が有るんならもう少し延ばして貰うってのも有りなんじゃない
か?」
「1週間だけ時間を貰っている。」
「1週間!!そんなの短過ぎるだろう?」
「明日から休む気だったんだ。」
家財道具は、そのままに必要最低限の荷物を持って旅立つ気だった。
「明日からって・・・学校には、挨拶無しで行くつもりなのか?」
「ああ・・・」
もし挨拶にでも行ったら・・・きっと自分は、旅立てなくなる。
彼の顔を見たら・・・。
だから挨拶に行かない。
「迷ってしまうからか・・・。だったら挨拶無しで行った方が良い。どうせ担任が上手く言ってくれるだろうよ。」
クロウには、解っていた遊星が挨拶に行かないと言うワケを。
だが口には、出さない。遊星の事を思えば。
それが遊星に良くない事だとしても・・・。
暫く遊星と雑談をした後時間が遅くなると悪いからクロウは、帰宅する事を遊星に伝える。
「クロウすまない。」
「何水臭い事言ってんだよ。俺と遊星の仲だろう?」
そう言いながら玄関の扉を開けると
門の所にジャックの姿が。
「お前 着けて来たのか?」
ジャックが遊星の家を知っている筈が無い。
「この俺がそんな真似をするワケが無かろう。偶然ココを通りかかっただけだ。」
威張って言うが本当は、クロウの後を着いて来たのだ。
クロウの傍で俯いている遊星の姿を見てドキッとするが
「遊星 明日は、学校に来るのだろうな?」
と「何故帰った」と問いただす事が出来ないので情けないと思いつつも『明日』の事を訪ねる事しか出来ないで
いた。
「いや・・・行かない。」
掠れる様な小さな声。それなのにジャックの耳には、ハッキリと聞こえた。
「何故 来ぬ?」
苛立ちにも似た感情に支配される。
こんなにも遊星に固執するなんてジャック自身自分の気持ちに戸惑っていた。
「ジャック 遊星にだっていろいろワケってモンが有るんだ。その辺を考慮してやれよ。
第一 今日は、体調崩して早退してんだし回復するまで休ませてやってもいいだろう?」
「フン お前に聞いているワケでは、無い。俺は、遊星に問うているんだ。」
「理由が何であれ行かない・・・」
あくまでも理由を言わない遊星。
きっと押し問答しても答えてくれないだろう。
それに今朝の事をクロウが遊星に話した様にも思えない。
明日学校に来ないと言うならそれは、それで考えがあると言うモノ。
「これ以上 お前に問うても答えは、得られそうに無いな。」
諦めにも似た感じでジャックは、遊星の家に背を向けて歩き出す。
良からぬ考えを胸に抱いて。
「スマナイ遊星。俺が油断したばかりにアイツを連れて来てしまった。」
「クロウの所為じゃない。オレの方こそスマナイ。クロウとジャックの間にヒビが入る様な真似して。」
「気にすんなって。あんな言いあいなんて何時もの事だからよ。」
そう言ってクロウは、遊星の家を後にした。
一抹の不安を抱きつつ・・・。