惹かれて-3-


ベッドで横たわる遊星。

その姿は、全裸だった。

怒りにも似た感情・・・激情なのかも知れない。

抑えられない想いに突き動かされ遊星を抱いてしまった。

「イヤだ!!」と泣き叫び暴れる遊星。

これほどまでに抵抗されるのは、初めてかもしれない。

遊星を優しく抱きしめたい想いだったが自分には、目的がある。

その目的の為に今は、試合に赴かなければならない。

断腸の想いでジャックは、試合会場へ向かった。

 

ジャックが出掛けるのを気配と物音で感じていた。

「酷い人・・・」

小さく口を突いて出た言葉。

嫌がる自分を無理矢理犯した。

あんな乱暴な扱いを受けたのは、初めてだった。

そしてあんなに抵抗したのも初めてだった。

ダルイ躰を起して自分の胸元を見ればジャックによって着けられた痕が所狭しと在った。

「酷い人・・・他にも女の人居るクセに・・・」

(どんなに酷くても離れられない・・・)

涙が浮かんでくる。

遊星は、シーツを抱きしめ声を押し殺し泣いた。

 

 

+++

 

試合会場選手控え室。

「ジャック 機嫌が悪いようだけど遊星と何かあったのか?」

「お前には、関係無い。」

「あのさぁ お前が機嫌悪い時って何時も遊星が絡んでるんだぜ。それに大事な試合だ・・・」

「解っている。」

今迄見た事の無い遊星。

泣かしたまま置いて来た。

何故遊星は、自分の想いを疑う?

何故自分の想いが遊星に伝わらない?

何がいけないんだ?

解らない事ばかりだった。

「余計な世話かもしんねぇけど昨日カーリーから聞いたんだけどお前何時からミスティ・ローラと付き合っているん

だ?」

「何の話しだ?」

「お前ミスティ・ローラと付きあっているんだろう?」

「知らんな。第1俺が認めているのは、遊星只一人。そんな事ぐらいお前も知っているだろう?」

何を今更聞いてくるんだ?と言わんばかりで居るジャックにクロウは、安心した。

「昨日の試合でお前にミスティ・ローラが抱きついただろう。」

その言葉にジャックは、昨日の試合後を思い出す。

確かにミスティが自分に抱きついてきたのは、事実。

だがそれが何だと言うのだろう?

「その時MCが『ジャック・アトラスの恋人であり世界で活躍するトップ・モデル、ミスティ・ローラだぁ!!』って言ってた

らしいぜ。」

その言葉にジャックの目が見開く。

「もしその宣言が遊星の耳に入ってたらヤバイんじゃねぇの?」

遊星が不機嫌な理由がもしそれだとしたら?

遊星は『自分が都合の良い女だ』と誤解しているとしたら・・・。

『私は、貴方の欲求を満たす・・・道具じゃないのよ。』と言った意味が解る。

遊星は、確実に誤解をしているのだ。

溢れんばかりの愛情を注いでいると言うのに。

「ジャック?」

アメジストの瞳を見開き固まっているジャックにクロウは、眉間に皺を寄せ声を掛ける。

「お前のお影絵で遊星が不機嫌な理由が解ったぞ。」

「不機嫌って・・・遊星と喧嘩でもしたのか?」

「あいつは、俺とミスティの関係を誤解しているんだ。」

「誤解ね・・・まぁ相手は、世界を飛びまわるトップモデル。片やメカニックとしての腕は、超一流とは言え無名の

只の女だもんなぁ。ミスティとお前じゃ美男美女のカップルだからな。」

そう遊星のメカニックとしての腕は、超一流。

亡き不動博士の頭脳を受け継いでいるとだけの事は、あるが・・・だが遊星の腕前を知っているのは、仲間内だけ。

遊星は、自分の才能をひけらかすような事はしない。

それにジャック自身遊星の事を知れば知るほど彼女に惹かれていき彼女が表舞台で活躍する事を許さなかった。

自分だけが彼女の才能を知っていれば良いのだ。

先程まで抱いていた怒りが愛しい気持ちに代わって行く。

そうなれば今日の試合を早く片付けて遊星の誤解を解かなくては、ならない。

「早く仲直りしろよ。」

「言われんでも解っている。」

モニターに写しだされる試合。

次ぎの試合が終わればジャックの出番。

ジャックは、控え室を出て準備に移る。

「全く遊星一筋のクセに何で喧嘩の元種となるような事をするんだかな・・・」

ジャックが試合会場で見せるのは、全てパフォーマンス。

本当の自分を曝け出すのは、遊星の前でのみ。

昨日のミスティとの事だってジャックにしてみれば只のパフォーマンスでしかない。

本人の演出かどうかは、別にして。

だがそれは、遊星にだって解っている事だと思っていたがもし本当にそれが喧嘩の火種だとしたら自分達の見解

がズレている事を表している。

(遊星・・・お前ジャックの事どう思っているんだ?)

その場に居ない遊星に問うてみる。

 

 

 

暫くして行われたジャックの試合。

遊星の誤解を解きたいジャックは、相手を何の躊躇いもパフォーマンスも無いまま瞬殺した。

見ている方としては、つまらない試合だっただろうが当事者にしてみればそんな事関係無い。

勝つか負けるかしかないのだ。

昨日と同様に現れたミスティ。

満面の笑みを浮かべてジャックの元に行く。

その光景を見ていたクロウは、気が気でない。

もしこのシーンを遊星が見ていたら・・・仲直り所の話じゃない。

更に事態は、悪化しかねない。

ハラハラしているクロウを他所にミスティは、ジャックの傍に立ち。

「お疲れ様」

と声を掛けジャックに抱きつこうとするがジャックは、それを片手で躱しクロウの居るピットへと向かった。

そんなジャックの行動に驚くミスティとMCだったがピッチに居たクロウは当然の行動だと思った。

「クロウ俺は、一旦控え室に戻るからホイール・オブ・フォーチュンを回しといてくれ」

「了解。早く遊星と仲直りしろよ。」

「フン。解っている。」

ジャックは、着替えをするべく控え室へと向かった。

愛しい遊星の姿を脳裏に描いて。

 

そうとは、知らない遊星。

亡き父親の旧知と待ち合わせをしていろんな所を歩いていた。

「まさかこんなに素敵なレディーに育っているとは、思わなかったよ。」

「素敵だなんて・・・ありがとう・・・」

「素敵な恋でもしているのかい?」

「・・・」

黙り込む遊星に対して相手の人物は、

「どうかしたのか?」

「ううん・・・何も無い。素敵な恋なんて過去の事だから・・・あっでも気にしないでこれから先どんどん素敵な恋

をするんだから。」

脳裏に過ったのは、ジャックとの楽しい思い出と先日テレビで見た光景。

結局ジャックにとって自分は、どういう存在なのか聞く事が出来なかった。

・・・と言うより聞く勇気が出なかった。

当然と言えば当然なのかもしれない。

彼を失いたく無いのだ。

彼以上に好きになる相手なんて居ないだろうから。

例え彼に本命の女性が居たとしても・・・。

「君みたいな素敵なレディーを1人きりにしているなんて世の男は、見る目が無い。私が若ければ立候補している

だろうに。」

「口が上手ね。父一筋で未だに独身だと言うのに。」

「君のお父上は、偉大な人だよ。私にとって君のお父上は、雲の上の人。どれだけ手を伸ばそうと届かない存在

だった。それ故に追わずには、居れなかった。追い付きたかった・・・」

何処か遠くを見つめる目に遊星は、彼にとって自分の父親が如何に偉大な存在だったのか思い知る。

「父のお墓・・・日本に作りたいなんて我儘言ってゴメンなさい。私は、分骨でも良かったのに・・・」

彼がどれだけ父を慕ってくれていたのか今の言葉でも充分解る。

「あの時も君は、そう言ってくれました。嬉しい言葉でしたよ。例え一部とは、言えど博士を傍に置いておけるので

すからでもそんな事は、私に出来る筈が無いのです。博士の躰のパーツをバラスなんて出来ない。

そんな私に君は、大切な博士の遺品を私にくれた。そのお影で私は、毎日博士の存在を感じ毎日博士と共に

研究をしていると思えるのです。」

そう言いながらペンダントトップを遊星に見せる。

それは、小量の液体の入った小瓶。

生前博士が愛用していたフレグランスが小量入っていたのだ。

遊星から博士の使いさしを1瓶貰ったのだが持って歩くのには、量が多いので小瓶に移し替えて持ち歩いている。

行き詰まった時には、その匂いを嗅いで博士の事を思い出し『彼ならこんな時どうしたのだろうか?』と思うと何故か

答えが導き出されて来た。

彼にとってこの匂いは、博士の存在を感じる為のモノなのだ。

そして遊星にしても同じ事・・・。

「ルドガー・・・私ね最近解った気がするの父にとって貴方は、とても大切な人なんだって。」

「遊星・・・」

「だって貴方と父の話しをする度に知らない父の一面を垣間見るの。父は、貴方にしか見せない自分が在った

と思うの。」

遊星の言葉にルドガーは、否定しなかった。

確かに不動博士は、自分にしか見せない顔を幾つも見せてくれていた。

「ルドガーの前だけでは、我儘を言えたんだと思う。主任なんて父は、なりたくなかったのかもしれない。

ただ大好きな研究をしていたかっただけだと思うの。でも研究を悪用されたくなかったから主任なんて立場を選び

自分の研究を守ったと・・・

そしてルドガーやレクスは、そんな父を支えてくれていた。父にとって安心出来る場所だった。」

憶測でしかない父の気持ち。

「確かに博士の研究は、善にも悪転びうるモノです。博士は、研究を守りながら生きとし生けるモノを守りたかった。

それが博士が主任の道を選び守ったモノ。

遊星、私と共に・・・」

「!!」

 

 

+++

 

「遊星 居るのか?」

居ようが居まいが鍵を掛けておく事になっているのでジャックが玄関先で遊星が居るのかどうかなんて解らない。

ただ彼女が出掛けていて自分より少し早く帰宅する予定で在る事が解っているだけ。

だが幾ら自分より早く帰宅すると言っていてもその時の事情によって遅くなる事も予想出来る。

「遊星?」

何の返事も返って来ない。

まだ帰宅していないのか?。

それとも・・・。

室内は、まだ暗い。

時間にして夕刻。既に日は、傾きだしている。

嫌な予感がする。

ジャックは、玄関に近い場所から扉を開け遊星を探す。

風呂場やトイレ、キッチン、寝室、リビングを見るが居ない。

遊星の部屋を開けてみると室内は、暗いまま。

まるで主が居ないとでも言うように。

だがカーテン越しに映るシルエットを見て

「遊星!!こんな所に居たのか?何故明かりを灯さない?それに躰を冷やしては・・・」

文句を言いながらベランダに出てみる。

「あっ・・・おかえり・・・」

まるでジャックの言葉が耳に届いていないとでも言うような反応をする。

「こんな所で何をしていた?」

何時もと何か違う遊星の雰囲気。

「別に・・・景色を見ていただけ。」

「景色って・・・何時も見ているだろう?」

初めて来た場所じゃない。自分達が住んでいる場所の景色。

見慣れているシティの景色。

「そうだけど改めて見てみると新鮮な気持ちなの・・・あっ・・・」

自分から目を逸らし景色を見だす遊星にジャックは、不機嫌になる。

「こんな所に居たら風邪を引く。」

遊星の腕を掴み部屋へと入る。

部屋に入るといきなり遊星に抱きつき

「躰が冷えている・・・一体何時間あんな所に居たんだ?」

「さぁ・・・覚えてない。」

 

そんな2人の光景を遠くのビルから覗く存在が在る事を2人は、知らない。

 


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