惹かれて-2-
「はぁ〜・・・」
痛む腰を摩りながら遊星は、家事をこなす。
一時休憩と言わんばかりに遊星は、ソファに座り傍に有ったTVのリモコンを手にするとスイッチを入れる。
写し出された画面には、ライディングデュエルの実況中継。
時計を見れば始まったばかり。
遊星は、痛い腰を起し急いでキッチンに向かいポットとカップにお茶受け菓子を持って急いで戻って来る。
一時休憩の筈が完全に中断。何時再開されるのか判らない。
Aブロックの1回戦第1試合が始まる。
ジャックが出るのは、Cブロック。
新聞には、今日行われる試合が全ブロック2回戦まで。
残りの試合は、明日以降に持ち越し。
白熱するライディングデュエルに遊星は、腰の痛みを忘れ魅入る。
遊星自身プロとして活動していないがアマチュアでは、ライディングデュエルの上位に君臨している強者なのだ。
それ故に同じライディングデュエルをする者の興味を抱く。
瞬く間終わって行く試合。
何だか寂しさを感じるが次ぎは、ジャックが出る試合。
ジャックが勝つのは、見るまでも無く判っているがどんな試合運びをするのかが気になる。
暫くすると行われた試合。
ジャックが出るのは、Cブロックの第2試合。
今行われているデュエルの次ぎ。
思っていたより早く終わったが第2試合が始まるまで時間がかかった。
何故ならデュエル中バランスを崩したD・ホイールが横転炎上。
D・ホイーラーの救出と事故の片付けで手間取っていたのだ。
その全てが終わった上で行われる第2試合。
軽快なエンジン音で現れる対戦者に対しジャックは、声高らかに登場してくる。
スタンディングデュエルは、何度と無く見ているがジャックがリアルタイムでライディングデュエルをするをする姿を見る
のは、久しぶりだ。
しかしあの元気の良さは、何処から来るのだろう?
夕べ遊星の足腰が麻痺する程やっと言うのに・・・その所為で遊星は、腰痛で辛い思いをしていると言うのに・・・
原因を作った当の本人は、平然としながらD・ホイールに跨がっているのだ。
「化け物・・・」
もし腰痛を起していたらエンジンの振動が腰に伝わり辛い筈だろう。
でもパフォーマンスは、別にしてやはりジャックは、カッコイイと思う。
白を基調として所々にブルーをあしらった衣装。
世界に1台しかないホイル・オブ・フォーチューンは、唯一ジャックが乗る事が出来るD・ホイール。
遊星は、整備のかたわら跨がる程度だった。
何時もながら派手は、パフォーマンスで会場をわかせているがそれでも彼は、余裕で勝っている。
スクリーン越しでも白熱したデュエルなんだから
(会場に行けば更に興奮するんだろうなぁ)
そんな事を思う。
何処かぼんやりとしながら試合を見ている。
歓声が上がりデュエルが終わった事が解る。
ソリットビジョンに写しだされるジャックの顔と勝者を表す『WINNER』の文字。
興奮するデュエルだったのには、間違い無いが遊星は何処か冷めた感覚で試合を見ていたからジャックが勝っても
『当然』としか思えなかった。
D・ホイールを降りたジャックの元に女性が行くまでは・・・。
綺麗な女性がジャックの元へ行く姿を遊星は、カップを片手に見ていた。
MCがジャックの元へ行く女性を紹介した時、自分の耳を疑った。
MCが言ったのは、
『ジャック・アトラスの恋人であり世界で活躍するトップ・モデル、ミスティ・ローラだぁ!!』
ジャック・アトラスのコイビト・・・ミスティ・ローラ・・・。
その言葉通りなのか女性は、ジャックに抱きつくと頬にキスをする。
そしてその女性の背中を優しく抱きしめるジャック。
MCの声が何処か遠くに聞こえる・・・。
ジャックと女性の抱擁シーンがカメラのコマ送りの様に見えてくる。
現実世界じゃ無い様に思える。
ガシャン・・・
割れる音が遊星を現実世界に引き戻す。
テレビ脇の壁が濡れており床の上には、割れたカップ。
無意識の内にカップを投げていた。
ジャックと御揃いのカップ。
遊星は、テレビの電源を切るとゆっくりと割れたカップを拾いに行く。
カップの欠片を拾いながら
(何考えているんだろう?)
思った言葉。
それは、ジャックに対してなのか自分に対しての言葉なのか定かじゃない。
(私は、ジャックにとって都合の良い女なのかな?)
躰の相性が良いと言うだけで恋人じゃない人と寝る人が居ると言う。
好きでも無い相手と性欲を満足させる為に行為に及ぶ人が居ると言う。
だったら自分達の関係は?
恋人以外と言うのならライダーとメカニックの関係?
そう思うと答えが見つからない。
見つからないのじゃなくて今見た現実を受け入れたく無いだけ。
今さっきテレビで見た光景が頭から離れない何度もリプレイしている。
「いっ・・・!!」
指先に小さい血溜まり。
カップの破片で切った。
(何で・・・)
複雑な心境に陥る。
そんな時鳴る電話。
フラフラしながらも遊星は、電話に出た。
+++
何時もの様に帰宅したジャック。
だが何時も出迎えてくれる遊星の姿が無く部屋も暗い状態で静まり返っている。
「遊星?」
不審に思い部屋の中を探しまわる。
ダイニングの電気を灯るとテーブルの上に料理が1人分置かれている。
ラップに包まれておりメモ紙には<温めて食べてね>の文字。
メモを手にジャックは、室内を散策すると寝室で遊星の姿を確認する。
ベッドでスヤスヤ寝息を立てながら眠る遊星。
サイドテーブルに置かれた飲みかけの水。
ジャックは、遊星の姿を確認すると安堵の溜息を零す。
「全くこの俺が女1人に振り回され様とは・・・」
部屋の中が暗かった時不安で仕方が無かった。
自分に愛想をつかし遊星が出って行った?とさえ思えた。
何故そう思ったのか解らないが・・・そう思ったのだ。
そして遊星の姿を確認して安心したのだ。
+++
翌朝目が覚めると幾分躰がだるかった。
それでも遊星は、躰を起そうとするが思うように動かない。
その原因が自分の前に置かれている腕で解った。
背後からジャックに抱きしめられているのだ。
(何時帰って来たんだろう?)
そう思い記憶を辿るが知らないのは、当然だった。
遊星は、就寝前に睡眠誘導剤を飲んで寝ていたのだ。
寝ている最中に帰宅したジャックの記憶が無いのも肯ける。
何とかジャックからの束縛から抜け出した遊星は、少しふらつく躰でキッチンに向かう。
シンクに置かれた桶の中に汚れた食器が水に浸かって入ってる。
数分後・・・
「遊星・・・」
少し寝惚けて居る表情で起きてきたジャック。
「おはよう。御飯出来ているから」
そう言いながらもジャックの方を見ようとしない。
明らかに何時もと態度が違う遊星。
「どうしたんだ?」
「何が?」
「何か隠しているのか?」
何かを隠している様に見える。
だが普通問われて簡単に明かす人なんて居るのだろうか?
大抵は、はぐらかすと思う。
滑稽だと解っているが問わずには、おけない。
だが案の定はぐらかされてしまう。
「私に隠し事が有ると言うけど・・・そう言うジャックにだって隠し事ぐらい有るんじゃないの?」
「俺?俺がお前に隠し事なんてしていない。」
身に覚えが無いと言わんばかりに眉間に皺を寄せながら遊星を凝視する。
「・・・そんな事より早く朝食を取ろう。」
今は、聞きたくない。知りたくない。この関係を終わらせたくない・・・。
ここで中断させなければイケナイと思った。
例え思い違いであっても・・・。
「遊星・・・」
はぐらかされたままにするのは、不本意だがこのままでは埒があかない遊星から何も言わないのなら言うのを待つ事
にした。
知りたいと言う気持ちを胸の奥深くにしまって。
朝食中気になる事があった。
遊星の指に巻かれている絆創膏・・・。
夕べ自分が帰宅した時には、既に寝ていたから確認する事が出来なかった。
「どうしたの?もう出かけないと遅れるわよ。」
今日も試合がある。
「夕食・・・外食してくれる?」
「何故だ?」
「用事があって出かけるの。遅くならないと思うけど用意している時間まで取れないと思うの。」
「何処に行くんだ?」
「旧知と会う約束しているの。」
「旧知・・・それは、男なのか?女なのか?」
「どうしてそこまで聞くの?私が誰と会おうとジャックには、関係無いでしょ?」
「俺もそいつの事知っているのか?」
「知らない。その人お父さんの知り合いだから。」
故不動博士の知り合い・・・確かにジャックが知らない相手ばかりだろう。
「そいつは、男なのか?」
「どうしてそんな事聞くの?」
「お前は、俺のモノだからだ。」
その言葉にグッと来るがそれでも昨日のテレビでMCが言った言葉と抱きしめあう光景が脳裏に浮かび
上がる。
「・・・とにかく今日は、私出かけるから。詮索しないで。」
「何時に帰ってくるつもりなんだ?」
「貴方より早いかもしれないけど解らない。」
遊星は、出かける準備をする為にカップを手に席を立つ。
何時もと違うカップ。
「遊星何時ものカップは?」
「昨日落して割ってしまったの。」
それだけ言ってリビングを出て行く。
ジャックも会場い行かないといけないので遊星の後を追う形でリビングを出て行く。
何処かよそよそしい遊星に不満が溜まる。
服を何着も出して鏡の前で悩む遊星。
朝から自分を見ようとしない。
避けられている気分になる。
このままじゃ試合に出たって遊星の事が気になって仕方が無い。
せめて遊星に触れる事が出来たら・・・。
遊星が服を取るために手を伸ばした瞬間ジャックは、その手を掴み自分の方に抱き寄せる。
柔らかい・・・落ちつく・・・。
そのまま唇を重ねあわせる。
1日触れられなかっただけだと言うのに咽の渇きが癒される気持ちになる。
急な事だったので抵抗する事を忘れていた遊星は、ジャックの唇を受け入れてしまっているが・・・。
(こんなのイヤだ!!きっとあの女性にも同じ事しているんだ。)
ミスティ・ローラの顔がちらつく。
満面の笑みを浮かべ勝ち誇った様な彼女の顔が・・・。
遊星は、渾身の力で抵抗をするがジャックが更に力を込め遊星を抱きしめる。
それでも抵抗をする遊星にジャックは、腕を緩め彼女をほんの少しだけ解放する。
「・・・はぁはぁ・・・何・・・朝から・・・盛っているの?・・・私は、貴方の欲求を満たす・・・道具じゃないのよ。」
言っては、イケナイ言葉だと思ったが口を突いて出てしまったものは、どうしようも無い。
「何度も同じ事を言わせるな!!俺は、お前を道具なんて1度も思った事が無い。」
大切で大切で仕方が無い無いのだ。
それが遊星に伝わっていないと感じた。
そして怒りにも似た感情を抱いた。