残想
どれだけ失敗した事か・・・
今 海馬の目の前には巨大なカプセル
その中には人工羊水と小さな赤ん坊が・・・
赤ん坊からは何本ものチューブやコードが繋げられている
だがそれもこの瞬間に外される
目の前にあるボタンを押せば長年の成果が現れる
ゆっくりとボタンに指を乗せるが押す事が出来ない
もしこのボタンを押したと同時に目の前の存在が
崩れ消え去ったら・・・と想うと押せないのだ
その時フト脳裏に過った台詞『海馬勇気を示せよ』
懐かしい声
その声に後押しされボタンに乗せられた指先に力を込める
ゴポゴポ・・・
カプセル内の人工羊水の水位が下がりだす
それに合わせて人工羊水内に浮いていた赤ん坊もゆっくりと
降下してくる
全ての人工羊水が抜けると海馬はカプセルを開け
今尚チューブやコードに繋がった赤ん坊を抱き上げる
それと同時に元気な産声を上げ海馬に安堵と喜びを与える
共に喜びを分かち合うべき存在は既にこの世には居ないが・・・
それからと言うものどんなに忙しかろうが海馬なりに赤ん坊に愛情
を与え続け
子供と共に過ごす時間も作る様になった
モクバも育児書を買って来り育児書で解らない事が有れば
杏子や舞に相談したりと育児参加をしているお陰で『遊人』と
名付けられた赤ん坊は表情豊かに育って行った
また育児参加をしているのはモクバだけでは無い
当主家族とは一線を引いて接しなければならない海馬邸に
仕える侍従長を筆頭とする男性スタッフもメイド頭を筆頭とする女性スタッフも
一線を越え各々の仕事をしつつもこぞって育児に参加をしていたのだ
沢山の愛情に包まれ健やかに育つ遊人・・・
遊人が育つに連れて海馬には一抹の不安が付きまとい出した
遊人の遺伝子を調べていた時の事だが偶然と言ってもイイのか
解らないが遺伝子に異常らしきモノが見つかり海馬Co.の医療機関に
調べさせたら遊人が長く生きられない事が判明したのだ
しかも成人する年まで生きられない確率が高いのだ
現在の医療では、どうする事も出来ないのが現状であり
その時が来るまで医療が進歩するという保証も無い
遊人が成長すればする程つのる不安
それでも親なのだから子供の成長は嬉しい
特に遊人は遊戯と自分の遺伝子をあわせもつ子なのだ
遊人が幼稚園に通いだした頃
部屋で寂しそうにしているとメイドから聞いたモクバが遊人の部屋に行くと
部屋の片隅で膝をかかえながらうつむいている遊人の姿があった
モクバが優しく訊ねると
幼稚園の友達が『なんで遊人のママは居ないんだ?』『遊人のパパは
未婚だってママが言ってた』『遊人を赤ちゃんの時無理矢理ママから引き離した』
等有りもしない事を言って来たらしい
無論言っている本人達は、言っている言葉の意味を理解していない親が言っていた
事を言っているだけに過ぎないのだ
だが言われた本人は、どうだろ?
ささいな事だけど心に傷が出来る
遊人に関して言えば海馬が全てを隠す事無く打ち明けている
だから母親が居なくても仕方が無いと想っていた
遊人自身海馬が言った事を全てを理解しているワケでは無い
ただ今の生活が自分にとって当たり前の生活なのだ
だけど母親が居ないのは寂しい
「遊人のママは遊人が生まれる前に冥界って所に行ったのは知っているよな」
モクバの膝の上に座る小さな存在
「うん・・・パパが言ってた」
「遊人のパパはママの事が大好きで一緒になりたかったんだよ
でも一緒になる前にママが居なくなったけどパパはママとの間に子供が欲しかったんだ
ママとパパの遺伝子をあわせもつ子供が・・・だからパパは一生懸命お勉強をして
その結果 遊人が生まれたんだよ
どんな環境で生まれたかより本当に望んで生まれた事の方が大事だと想う
それに遊人のママは遊人の細胞1個1個に生きているんだし
パパが誰とも結婚しないのもママの事が今も好きだからなんだよ」
「ママもパパの事好きだったのかなぁ?」
「オレが見た限りは、両思いだったよ」
「ママも遊人が生まれるのを楽しみだったの?」
「ああ・・・パパと別れる前に子供に逢えない事を残念そうにしてた」
遊人は写真の遊戯を見ながら
「ママは遊人の成長を楽しみしてくれてるのかな?
冥界って言う所から遊人を見ていてくれてるのかな?」
「きっと見ていてくれてるよ」
「モクバ叔父ちゃんはママの事好きだったの?」
「う〜ん・・・好きと言うより憧れてた
何時か追いつき追い越したいと思ってたから」
遊戯の事を聞く遊人の嬉しそうな表情
モクバは自分が知りうる限りの事を遊人に教えた
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