Recollection(追憶)-4-
マハードが王宮に来て1ヶ月になる
この1ヶ月間の間でアイシスが言っていた事が何となくだが
理解出来た。
余りにも邪な心を持った者が多い・・・
幾ら神の子と言われるファラオであっても我が子を守るのは
大変だろうと思う
アテムの性別は、王宮内でも一部の者しか知らされていない
アテム付きの女官と言えどアテムの素肌を見る事は許されていない
マハードの授業は今迄の魔術の授業と違い楽しい
でもアテムの心を満たす事が出来ない
満足出来ない想いを胸に抱きアテムは王宮を抜けだしナイル川を
眺めている
「オイお前こんな所で何をしているんだ?」
背後から声を掛けられ吃驚する
「・・・」
返答に困る
まさか王宮から抜けだして来たなんて言えない
言っては、ならないと教えられている
オロオロしているアテムをどう思ったのか
「お前もしかして迷子か?」
『迷子』の言葉の意味は知らないけどアテムは肯く事にした
相手はアテムより少し年上の様だ
茶色い髪に蒼い瞳・・・
空の様な蒼い瞳に魅入られる
その瞳が何故か綺麗だと思った
エジプトでは、見る事の無い瞳
思わず口を吐いて出た言葉は
「綺麗」の一言
少年は眉間に皺を寄せながら
「そ〜言う言葉は、男に言う言葉じゃない女に言う言葉だ」
「そっ・・・そうなのか?」
綺麗って女に使う言葉だったのか・・・初めて知ったぜ
「お前何処から来たんだ?」
家の近くまで送ってくれるらしいが
「あっち・・・」
と指を指すだけ
「あっちじゃ解らないだろ?」
余りにも小さな存在に思わず怒鳴りそうになる
「だって・・・」
泣きだしそうなアテム
どう説明していいのか解らないのだ
「・・・!」
そんなアテムに呆れつつも少年は、何を思いついたのか
「なぁ・・・お前王宮の場所知っているか?」
「・・・知ってるぜ・・・」
「だったら案内してくれ」
「?」
「俺は今日初めてテーベに来たんだ まだ土地感が無い
一応お前は地元の子だろうから案内してもらおうと思った」
本当は王宮の場所は知っている
王宮に着くまでにこの子の知りあいにでも逢う事が出来たら
と思ったのだ
だが流石テーベの都・・・
人口密度が高い所為かこの子知りあいに逢う事無く王宮に
着いてしまった
思惑違いに溜息が出る
少年は、王宮まで案内してくれたこの子の事が気に入った
話しをしていて楽しいと思ったのだ
ナイル川からそのまま王宮に来なかった
いろんな所を見て回った
大人びた様な口調と知識のアテム
でもその口調とは裏腹に街中で見るモノに興味を持ち少年に
いろいろと訊ねてくるのだ
しかも街中に住む子供なら誰しも知っている事でさえ・・・
少年は、今迄見た事の無い紅い瞳を輝かせているアテムに
目が離せない
その感情が何なのか理解出来ないが一緒に居たいと思っている
王宮の門付近
「なぁ・・・また遊んでくれるか?」
すがる様な紅い瞳
王宮に入れば早々と遊びに出る事なんて適わない
「わからない・・・」
そうとだけしか言い様が無い
「そうか・・・」
寂しそうに俯くアテムに
「今すぐには無理だけど・・・きっと王宮を抜けだし遊んでやるから」
「ああ・・・楽しみにしてる」
寂しそうな笑顔
その笑顔だけ残しアテムは、その場から離れる
少年も後ろ髪引かれる思いをしながらも王宮の門に足を踏み入れる
衛兵に宰相シモンとの取次ぎを願い入れ謁見に
その後汚れた身を湯浴みで清め真新しい衣服を身に纏う
「アテム様の身の回りの世話はそなたより3歳年上のアイシスがしている
魔術の教育は、そなたより2歳年上のマハードが担当している
セト そなたにはアテム様の遊び相手になってもらいたい
ただし神官見習の仕事の合間にじゃ」
自分より年上とは言え年若い2人
皇子の身の回りの世話も勉強も年配の者の仕事では無いのか?
一体何を・・・
大きな扉の前
この扉の向こうにファラオが・・・
緊張してくる
セトの喉が乾く
ゆっくりと開けられる扉
シモンの後に続きゆっくりと歩き出す
前を見据える事が出来ないシモンの足元を見るだけの精一杯
「ファラオ 神官見習のセトが参りました」
セトは、床に膝を着けると恭しく頭を下げる
「セトよ そう力む必要は無い」
そうは言われてもファラオは神の子
恐れ多い存在なのだ
「セトよ そなたには神官になる為の勉学を励んで貰うのと同時に皇子の遊び相手も
してもらいたいのだ」
皇子?そう言えばファラオには5歳に為られたばかりの御子が居ると聞いた事がある
皇女なら自分にも王位継承権を獲得する権利があると言うのに・・・
そう思いながらもセトの心には先程解れたばかりの少年の姿がチラツク
ナイルからこの王宮の門までの短い時間で自分の心に住み付いた少年
セトは、遊ぶ約束はしたものの相手の名前も住所も知らないのだ
ただの口約束・・・
「アテムよ 彼が神官見習にしてそなたの遊び相手を兼任してくれるセトだ
セトよ この子がアテムだ仲良くしてやってくれ」
一目皇子の顔を見ようと顔を上げて驚く
「・・・おっおま・・・」
そこに居たのは先程解れた少年
少年の神には皇子である証の黄金の髪飾りが・・・
何故少年が自分の名を明かさなかったのか
何故自分の住んでいる所を教えなかったのか
それは自分の見を守る為だったのだろう
「そなたら顔見知りか?」
ファラオの問いに
「先程 門の所で・・・」
きっと御忍びでナイルに出掛けていたのだろう
セトは、ナイルで逢った事を伏せる事にした
しかしそんな嘘は、シモンには通用しない
だって彼が門で最初に逢ったのは衛兵であり自分が門所まで直々に
迎えに行ったのだから
きっと皇子が王宮を抜け出しその先で出逢ったのだろう・・・
嘘は良くないが皇子を思っての嘘
今回に限り大目に見る事にしたシモン
シモンの御小言が落ちる事にビクビクするアテム
だがセトに向けられる顔は
「セト これからもヨロシクだぜ」
満面の笑み
セトは、思わず魅入ってしまっていた。
この時セト7歳