恋慕-10-
その夜行なわれたパーティで燕尾服を着せられた
あくまでもドレスは着れない様だ
靴は皮では無くエナメル
その理由を問えば「ダンスパーティだから」との答え
ダンスで思い出したのは相棒と見たテレビ番組
てっきり激しいダンスをするのだと思っていたが会場内で流れている音楽は緩やかなもの
踊るのはチークらしい
だが遊戯にダンス経験なんて無い
ダンスを楽しんでいる人達を見るだけ
そしてさっきまで自分の隣に居た男の周りには群れ集う女達
次第に開く距離
まるで今自分で感じる心の距離と比例しているようだ
それでも彼女達をおしわけて自分に近付こうとする海馬
「遊戯 俺の傍から離れるな」
離れているのはオレじゃなくお前の方だろ?
「彼女達をほったらかしにしていいのか?」
「別に構わない」
「ダンス・・・申し込まれたんだろ?」
「ああ・・・」
「だったら踊ってやれよ これも仕事の一環なんだろ?」
「確かに仕事だと言えば仕事だが・・・」
自分は遊戯と踊りたいのだ
「あの・・・一緒に踊っていただけません?」
恐る恐る近付いてくる女性
それを断ろうとする海馬に遊戯は
「折角女性の方から誘ってくれているんで踊ってきたらどうなんだ?
別に踊れないってワケじゃないんだろう?」
背中を押されてしまう
「俺が他の女と踊っても貴様は構わないと言うのか?」
「別に・・・」
無表情な遊戯
それがどれだけ海馬の感情を逆なでしているか
苛立ちを胸に抱え海馬は自分にダンスの申し込みをしてきた女性とダンスを始める
「私とダンスしてくれます?」
自分に話しかけてきた女性
自分より背が高くモデル並みに綺麗だ
「折角の申し出なのですがオレはダンスをした事が無いんです
それにオレの身長では貴女とつり合わない
貴女に恥じをかかせてしまいかねない・・・」
「それは残念です。またの機会に御相手して下さいね」
海馬には、断るなって言っておきながら自分では断ってしまう
矛盾していると思う
その後も遊戯に話し掛けて来る女性は後を絶たない
本当に自分と踊ろうとしてくれている女性も居るけど大半は海馬目的
自分に近付き踏み台にして海馬に近付こうと言う輩・・・
「遊戯 貴様は何故踊らない?」
「オレはダンスなんて踊った事が無い」
「だったら俺が手ほどきをしてやろう」
「遠慮しておくぜ」
「何故?」
「男同士で踊るなんて変だろ?」
練習で踊るのならまだしも・・・
男同士・・・俺は遊戯を男だと思ってないのに・・・
「そんな事気にする必要も無い」
「お前が気にしなくてもオレが気にするんだ」
「おお・・・これは、これは海馬社長お久しぶりですな」
顎髭を生やした高齢の男が声をかけてくる
「お久しぶりですね 未月会長御元気そうでなによりです」
海馬の顔に浮かぶのは営業スマイル
「可愛い少年を御連れになっているんですね 名前は何と言うのかな?」
「あっ・・・いえ・・・」
返答に詰る・・・
オレが少年と呼ばれても否定しないんだな
「僕の名前は海馬遊戯です」
「海馬姓とは親戚筋ですかな?」
「はい」
遊戯の顔に浮かぶ笑みを見て複雑な心境に陥る海馬
何故自分は遊戯が『少年』と言われた時に否定しなかったのだろうか?
ナリこそは男だが遊戯は正真証明女なのだ
もしかしたら遊戯は・・・
この時になって自分が遊戯に対してどういう扱いをしていたのか気付かされる
でもそれに気付いたからと言って直に対応を変える事なんて容易では無い
車中何時までも自分の方を見ない遊戯
「そう言えばモクバが企画したゲームは最終調整に入ってるんだよな」
「ああ・・・発売に向けてCM撮りも順調だ」
「それじゃ延期とかは無いんだな」
「そんな事させるワケが無い」
会話もこんな調子・・・
私室に戻ると遊戯は着ていた燕尾服を脱ぎ脱衣所のカゴの中に入れシャワーを浴びる
ぬるい湯・・・
自ずと零れ出る涙
何かを思い出して流しているのでは無い
ただ心の中にある何かがそうさせて居る様に思える
嗚咽さえも出ない
出せば少しは楽になるかもしれないのに
この身に刻まれた過去が許してくれないのかもしれない
シャワーを終え濡れた髪を乾かしながら鏡に写る自分を眺める
鏡に写る自分の背後に立つ男の姿を眺めながら
「何の用だ?」
「貴様は自分を『少年』と言われて何故否定しなかった?」
「そんな事か・・・仕方が無いだろ?オレの格好は、どう見たって少年・・・
女には見えないと思うぜ」
それに・・・それを言うなら海馬だって否定しなかったでは無いか
「貴様は自分を女として扱って欲しいのか?」
「さぁ?そんな事考えた事無いからな」
考えた事は有る
願った事だって有る
「オレはオレだし 人がどう思おうが関係無い」
そう言うとその場から離れる
「遊戯・・・貴様だけなのだ・・・」
力強い腕に抱きしめられる
背中に感じる相手の体温
耳元で囁かれる様に紡がれる言葉
嬉しいのにその都度あの日の朝の事が思い出され胸を苦しめる
問いただしたいのに勇気が出ない
「海馬 明日も仕事なんだろ?早く休んだ方がいいぜ・・・」
何時までも抱きしめていて欲しい腕を自分から解きベッドへと向う
手に残る温もり
今の仕事が一息吐いたら遊戯に自分の気持ちをちゃんと伝えよう・・・
しかし自分がココまで一人の人間に執着をし臆病になるとは
苦笑してしまう