紅玉-至高の宝-5


(遊戯は、厩舎の場所なんて知らない筈・・・一体何が・・・)

息を切らせ厩舎の中を覗いた瀬人の蒼い瞳が見開かれる。

そこに居たのは、額から淡い光を発した遊戯の姿。

何時もより凛とした表情で話しかけているは、遊戯が記憶を無くす前まで一緒に居た黒馬。

ボソボソと話していてハッきりと聞き取れないが微かに聞こえたのは、

「・・・解けない・・・理由が解らない・・・」

だったが大方遊戯にかけてある魔法が解けないと話しているのだろう。

だが魔法をかけられている事を記憶を無くした遊戯が知っているワケが無い。

だとしたらあそこで黒馬に話しているのは、記憶を取り戻しつつある遊戯・・・

もし遊戯の魔法が解けたら遊戯は、自分の元から離れて行く。

遊戯が何を話しているのかもう少し聞いて居たかったが遊戯が自分の傍から離れるかもしれない思いから

「遊戯!そんな所で何をしている」

声を荒げ中断させてしまった。

 

瀬人の声を聞いた瞬間遊戯の額から光が消え軽く目を閉ざし次に見開かれた時には、瀬人が知っている

遊戯の表情になっていた。

「瀬人様。 あれ???オレなんでこんな所に居るんだ???」

さっきまで自分が居たのは、王宮内の庭・・・そこで瀬人の部屋に飾る花を選んでいた筈・・・それなのに今

自分が居るのは、花では無く馬達が居る厩舎内。

ワケが解らず戸惑う遊戯を厩舎から連れ出すと

「誰に厩舎のある場所を聞いた?あそこで何を話していた?」

遊戯を問い詰めるが遊戯だって何故自分が厩舎に居たのか解らない。

「風が吹いて・・・そうだ呼ばれている気がしたんだ。でも気が付いた時には、瀬人様が居た・・・」

何とか思い出しながら説明をする遊戯が瀬人が遊戯を見る目には、疑いの色が見え隠れする。

「オレを疑うのか?」

今迄瀬人から向けられた事の無い視線にいたたまれない気持ちになる。

この場から逃げたい・・・疑われた事に遊戯の心は、傷つきその表情を曇らせ俯かせる。

しかし庭に居た後から瀬人に声をかけられるまでの記憶が無い・・・上手く説明が出来ないのだから仕方が

無い遊戯がそう思っていると。

「遊戯・・・本当に何も無いのだな?貴様の記憶が戻ったワケでも無いのだな?」

俯く遊戯に手を伸ばし抱きしめてしまう。

今の彼は、自分の傍に何時も居る彼と同じ。自分に安心と安らぎを与え時には、欲を狩りたてる遊戯。

額に淡い光を放つ遊戯とは、似て非なる存在。

(記憶なんて取り戻すな。貴様は、今のままでイイのだ。)

「遊戯 俺から離れるな。傍に居ろ」

囁かれる様に何度無く言われて来た言葉。まるで瀬人の切なる祈りの様に聞こえる。

 

 

 

たまたま偶然なのだろうか瀬人が遊戯を抱き締める光景を目にしていた者が居た。

その光景を後宮に居る己が女主の耳に入れると

「瀬人様の寵愛を・・・許せない・・・許せない・・・」

瀬人が後宮の女達の事を何とも思っていないのは、解っていた。

だから女達は、対等の立場を保ち続けていた。

『瀬人様は、誰も愛する事は、無い』と・・・

それなのに身分のハッきりしない遊戯を王宮に連れ込み自分専属の従者にし片時も離そうしない。

生まれ出る嫉妬心・・・

「お父様に頼んでこの帝国を・・・」

我が祖国の属国にする。

嫉妬に歪む己が主の姿。報告した者は、哀れみを感じずには、居られない。

そしてその者も(遊戯さえいなければ我が主は、こんなに醜く嫉妬にかられる事も無かったのに)と憎しみに

その身を妬き主の策略に手を貸す事にした。

 

 

暫くして瀬人からの抱擁から解放された遊戯。

扉の所に挟まれた紙切れ。

自室に入ると紙切れをテーブルの上に置き我が身を抱き締める。そして我ながら変な行動だと思うがその身

に残る瀬人の移り香を堪能してしまう。

抱きしめられている間動悸が酷くて息苦しくて何処か不安になってしまうのに何故だか残り香を嗅いでいると

安心してしまう。

我に返り遊戯は、先程扉に挟まれていた紙切れを見てみると『明日の午前皇帝陛下には、内密で後宮に

来たし』と書かれている。

何故皇帝には、内密にしておかないといけないのか疑問だったけどきっと知られたくない悩みが有るのだと解釈

した遊戯は、その紙切れを一先ず寝室のベッド下に隠した。

瀬人と言えば遊戯を解放した後厩舎に行き遊戯の黒馬に対し

「貴様がどんな力を持っているのか知らぬが遊戯は、俺のモノだ。もしこれから先遊戯を呼び寄せたりしたら

貴様の命は、無いと思え」

馬に人語が理解出来るのかどうかなんて関係無い。否寧ろこの馬は、人語を理解していると判断した上での

事・・・馬は、無表情で瀬人を見つめる。まるで瀬人の心を見透かそうとしているかのように・・・

自分の心を見透かされるそんな不愉快な気持ちに見舞われながら瀬人は、厩舎を後にした。

 

近衛隊にモクバを呼びに行くように指示を出し自室に戻る瀬人。

近衛は、離宮に住む瀬人の良き理解者にして唯一の弟モクバを呼びに行く。

離宮とは、言っても王宮から数キロ先と言うわけでは、無い。

王族が住む敷地内にあるので歩いてでも行ける。

ただ幾ら弟と言えど皇帝が住まう場所には、皇帝の許可無くして簡単には、入れない。

久しぶりに逢える兄にモクバの心は、舞い踊る。

近衛の案内の元兄の自室に向うモクバ。

ノックをし兄の部屋に入ると兄は、ソファに腰かけ書面に目を通している最中。

見慣れない紅い髪と紅い瞳をした少年がお茶の用意をしている。

「モクバよく来た。座るがイイ」

兄に促されソファに腰かながら自分にもお茶を用意している少年に目が行く。

「急で申しワケ無いが明日からしばし俺の名代でウィザース国に行って来て貰いたい。」

「ウィザース国?」

「明後日ウィザース国で戴冠式が行われる。新国王にユギが就任するそうだ。これがその招待状だ。」

手にしていたウィザース王家から送られてきた書状をモクバに手渡しをする。

「そんな大事な式にオレなんかが出てもいいの?兄様」

「お前もカイバ帝国の王族。それにそろそろ諸外国を見て回るのに適した年齢にも達している。

ウィザース国は、他国に比べて治安が安定しているから不安な事は、無い」

生まれてこの方カイバ帝国から出た事の無いモクバに諸外国を短い時間とは、言え見せてやりたいと常々

思っていた。それに今回は、ウィザース国が遊戯を奪取する可能性があると懸念し遊戯の傍を離れたく

無いと言う気持ちもあった。

「解ったよ。兄様・・・それより兄様その人は?」

遊戯の事が気になるモクバは、瀬人に率直に訊ねると

「俺の身の回りを世話する従者だ。」

そう紹介され遊戯は、モクバに会釈をしながら

「瀬人様の身の回りを御世話させて頂いてます。遊戯です。御見知りおき下さい」

自己紹介をする。

兄が他人を自分の部屋に入れ身の世話をさせている事にモクバは、信じられない気持ちになる。

否兄の身の回りを世話している者が居る事をモクバ付きの側近である河豚田から聞いていたが何処か

信じられないでいたのだ。

そしてそれが事実で目の前にその光景が有っても何処か夢の様で・・・

「あ・・・オレ・・・モクバ。瀬人兄様と血の繋がった兄弟だぜ」

きっと自分の事は、知っていると思ってたモクバだったが

「瀬人様に弟君が居られるなんて今日初めて知った・・・」

まさか皇帝にこんなあどけない表情を見せる弟が居たなんて・・・兄弟・・・自分にも兄弟が居たのかな?

モクバを見る遊戯の優しそうな表情に隠された寂しげな瞳の色。

(オレの親兄弟ってもし居るのならどんな人達なんだろう?もしかしてオレの事探してるのかな?)

もし探していたら・・・そう思うとギュ〜と胸が締め付けられてる様で苦しい・・・

 

「兄様今日は、兄様と昼食を一緒に取りたいんだけど良い?」

そんな弟の頼みに

「ああ かまわない」

と答えながら瀬人は、遊戯の方を見ながら

「遊戯 3人分をこの部屋に運ばせろ」

命じる。

遊戯が『何故?』と問いたそうにしているのを感じ

「俺とモクバと貴様の分だ」

当たり前の様に言うと

「折角御兄弟水いらずでの食事の場に使用人が同席するのは、どうかと思う」

皇帝であり自分の主人に意見する遊戯を見て驚くモクバ。

どんな人間であれ兄に臆する事無く意見するヤツなんて見た事が無い。この帝国の重臣だって息子や孫程に

年が離れた兄を怖れているからだ。

なのに兄に年が近く兄より小柄で体力面でも劣っている筈の遊戯が全く怖れを抱かずにいる。

しかも兄は、怒る事無く寧ろ自分に意見する遊戯とのやり取りを楽しんでいるかのようだ。

「ククク・・・貴様は、俺の使用人だぞ。主の言う事は、絶対の筈だが?」

「それは・・・」

そうなのだが・・・折角久しぶりで兄弟が顔を見合わせるのだゆっくりと話しをしながら食事をすれば良いのに

何故彼は、自分に同席を求めるのか遊戯には、理解出来ないでいた。

それでも彼が一度言った事を簡単に覆さない性格だと言うのは、解っていたので軽く溜息を吐くと

「解りました。直に用意します」

会釈をしながら夕食の準備の為部屋を出て行った。

 

 

「兄様 兄様は、よっぽど遊戯の事が気に入ってるんだね」

人に執着しない兄。そんな兄がモクバでも見た事の無い顔で遊戯を見ていた。

何だか遊戯に嫉妬してしまう程兄の顔は、嬉しそうだった。

「そうだな・・・モクバには、本当の事を話しても問題ないな。モクバこれから話す事は、他言無用だ」

瀬人は、遊戯の事についてモクバに全てを話した。

遊戯と何処で出逢ったのかどうやって連れて来たのか・・・

兄の話しを終始聞き終えたモクバの顔には、焦りの色が見えている。

「兄様それってただの誘拐じゃないか」

「フン 俺が見つけた時遊戯は、共の者も連れずに居たのだ。本当に大事な王子なら衛兵ぐらいは、連れて

当然だろう」

(よく言うよ〜兄様だって共の者をロクに連れず。フラッと居なくなるクセにぃ〜)

そこで何故自分が兄の名代でウィザース国に行く事になったのか解った。

兄が不在中に遊戯を奪取されるかもしれないからだ。それを防ぐ為に兄は、遊戯の傍に居ると決めたのだろう。

(しかし元々ウィザース国から奪取したのは、兄の方なんだけど・・・ウィザース国にしてみれば遊戯を返して

欲しいだけだろうな)

 

 

コンコン・・・

「瀬人様 御食事をお持ちしました。」

そう言いながら遊戯は、数名の給仕を共に戻って来た。

テーブルに並べられた夕食。しかし食べきれる様に量は、ちゃんと考えられているみたいだ。

(そう言えば兄は、時折部屋で食事を取っているって聞いたあったな)

兄が部屋で食事を取るようになってからは、残さずちゃんと食べているとイソノが言っていた事を思い出す。

給仕の者が退室した後遊戯が取り皿に食事を盛り付け瀬人とモクバの前にそれぞれ置いて行くと瀬人は、

すかさず遊戯の腕を掴み自分の隣に遊戯を座らせ料理の乗っている取り皿を遊戯に持たせた。

遊戯が取り分けた食事に気に入らないモノでも有ったのかと思っていると

「遊戯・・・」

少し甘える様な声を出し遊戯の方を見る。

困った様な顔をしつつも取り皿に乗っている料理を瀬人の口元に運ぶ遊戯。

何時も精悍な兄の姿しか見た事の無いモクバにしてみれば兄は、雲の上の人であり憧れの存在。

そんな兄が見せる姿にショックを受けつつも彼もまた人の子だと思わせ何だか親近感が湧いてきた。

(もしかして部屋で食事を取るたびにこんな事してるのかな?)

兄が遊戯の事をどう思っているのか見れば解る。本当に好きな人から食べさせてもらっているのだ残す理由

なんて無いのだろう。

しかし尋常では、無い程の甘えっぷりに流石のモクバも苦笑せざるえない。

瞳の色に負け時と劣らぬ程に顔を真っ赤にしている遊戯には、ただただ可哀想としか言い様が無い。

だって耳や首筋まで真っ赤だから。

 

時間をかけて終えた食事・・・遊戯は、後片付けの為給仕を呼びに部屋を出て行く。

毎度の事は、言え瀬人との食事は、本当に疲れている様だ。

(弟君の前であんな事しなくても・・・)

指をしゃぶられたり掌を舐められたり。本当に恥かしかった。

 

 

給仕の者と部屋に戻れば瀬人の姿が無くモクバが一人で居た。

「モクバ様瀬人様は?」

「重臣達と大切な話しが有るって言ってた。その後、後宮に行くって言ってたぜ」

もう夜だと言うのに相変わらず落着きの無い事だ。滅多に逢えない弟をほったらかしにして。

後片付けを給仕の者達に任せて遊戯は、しばしモクバの話し相手をする事にした。

「ねえ 遊戯は、兄様の事どう想ってるの?」

遊戯の膝に手を乗せ身を乗り出してくるモクバ。

「せ・・・瀬人様の事・・・性格は、変ってらっしゃるけど背は、高いし格好良いし頭の回転も早いと思う」

スラスラ言っているようだがどちらかと言うと『う〜ん??』と声が聞こえてきそうな感じで話している。

「そうじゃなくて兄様の事《好き》か《嫌い》かを聞いてるの」

このままだと何時まで経っても兄に対する感情を言ってくれそうに無いので率直に訊ねると

「嫌いなんて思った事無い・・・寧ろ好きなのかもしれない」

自分が瀬人に対する気持ちに既に気が付いている。でもそれを瀬人の身内であるモクバには、言えない。

否モクバだけでは、無いこの城に居る全ての人には、言っては、いけない。

「それって曖昧な言い方だよな。だけど兄様がもし遊戯に告白したら兄様のモノになる可能性が有るって事

だよな」

(告白したら・・・?男同士で恋愛なんて難しいぜ。ましてや瀬人様は、一国の主。将来の事考えたら

非生産的な事を考える筈も無い。)

滅多に逢えないからなのか兄の事をアレヤコレヤと考えているモクバが微笑ましい。

「なぁ・・・オレもう離宮に戻らないといけないんだ。遊戯も一緒に来てよ。オレもう少し遊んで欲しいんだ」

「う〜ん・・・瀬人様の承諾無く勝手な事出来ないからな・・・」

「そこを何とかさぁ〜」

訴えかける大きな瞳に飲み込まれそうになる。

瀬人には、後宮が有る分、自分の年に近い者達が多いがモクバには、自分の年に近い者なんて居ない。

話しも遊びも合わないのだ。

兄も皇帝の責務に追われている日々。我儘なんて言えない。

「仕方が無い。モクバ様の御要望にお応えしましょう」

きっとこの少年は、寂しいのだ。

「やった!!!!」

嬉しそうにはしゃぐモクバが可愛い。

モクバに手を引かれながら遊戯は、瀬人の部屋を後にする。

離宮に着くとモクバは、河豚田を呼び遊戯が今離宮に居る事を兄に伝える様に指示を出す。

 

何して遊ぶか考え出すモクバに遊戯は、一先ず御風呂に入る事を進めた。

一人で入る事を拒むモクバだったが遊戯が一緒に入るとなると大急ぎで風呂場に向った。

背中の流し合いをしたり湯舟で御湯のかけ合いっこをしたり御湯鉄砲で遊んだり給水性の有る布に空気を

含ませ湯舟に浸けて大量の気泡を作ったりと風呂場で遊んでいた。

今迄一人で入っていた御風呂。ツマラナイと思っていたのに今日は、とても楽しい・・・そう言うかの様にはしゃぐ

モクバ。

御風呂から出た後もボードゲームをしたりし時間がアッと言う間に過ぎる。

楽しい時間もそう長くは、続かない。

「モクバ様就寝をされる時間なのでは?」

「嫌だ。未だ起きて居たい」

「そう言われても・・・」

「じゃぁさ そのモクバ様って呼び方辞めてくれたら寝るぜ」

「?」

「オレの事モクバって呼べって言ってるんだ」

「しかし・・・」

皇帝の弟にそんな大それた事なんて出来ない。

「しかし・・・じゃない。オレが良いって言ってるんだ。問題無いぜ」

きっと彼も皇帝に似て頑固者なのかもしれない。もしそうだとしたらここは、遊戯が折れるしかない。

内心溜息を吐くと

「モクバ」

躊躇いがちに言うと呼び捨てにされるのが嬉しいのか満面の笑みを浮かべ小さな躰が自分に抱きついてくる。

その温かく柔らかい感触が擽ったい。

 

 

モクバは、遊戯と一緒にベッドに入りながらそれでも楽しくて楽しくて仕方が無いと言わんばかりにいろんな

話しをしてくる。

でもそれも長く続かない。モクバの会話が途切れ途切れになってきたからだ。

眠そうに何度も目を擦る。時折欠伸もしてくる。

静かになったと思ったら可愛い寝息をたてている。

遊戯は、モクバの髪を梳きながら自ずと笑みを浮かべていた。

モクバが寝たのを確認するとベッドを出て王宮に戻ろうと思ったがモクバの手にしっかり服の裾を掴まれて

出る事が出来ない。

それを払いのける事は、出来るぐらいの弱い力。それなのにそれを払いのけられない。

仕方なくその日の晩は、モクバの部屋で泊まる事にした。

多分明日の朝になればこの手は、離れているだろうから。


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