紅玉-至高の宝-6
まだ空には、星々が輝き綺麗な宝石として君臨しその中で一際己の美を主張している月の明かり
を浴びながら王宮から離宮へ一つの影が移動していた。
河豚田から遊戯がモクバの元に居ると報告を受けた瀬人が向っていたのだ。
一晩ぐらい遊戯をモクバの所に居させても問題無いと思っていたのに・・・彼の気配を感じられず姿が見えない
と思うと居てもたっても居られず後宮で性欲処理を終え遊戯を迎えに行く事にした。
(全くこのカイバ帝国皇帝の俺が一人の人間に執着するなんてどうかしてる。)
欲しいモノは、何でも手に入る。それが当たり前だと思った。だから自分から何も求めなかった。
求める必要が無いと思っていた。
それなのにまさかそんな自分が何かに執着し欲しがるなんて今迄思っても見なかった。
(俺が遊戯の事を欲している事をヤツ自身が知ったらどう反応するのだろうな・・・)
嫌悪し罵声を浴びせるかこの城を抜け出そうとするか・・・どっちを選んでも遊戯を手放す気なんて毛頭に無い。
モクバの寝室。
近寄れば微かに寝息を発てて気持ち良さそうに眠るモクバと遊戯。
「・・・ん・・・」
しかし自分の気配を感じたのかモクバの瞼が微かに動き、ゆっくりとだが開かれる。
(流石我が弟・・・それに引き換え。コイツは・・・)
瀬人の気配に気付く事無く可愛い寝顔を晒す遊戯。
普段の遊戯は、その鋭い眼差し故か凛とした美しさを醸し出しているが今の遊戯は、あどけない感じがする。
「にぃ・・・さま・・・?」
「スマナイ起こしたか・・・」
眠気眼を擦りながら兄の方を見るモクバ
「もしかして遊戯を迎えに来たの?」
河豚田に遊戯が自分の所に居る事を兄に伝えに行かせた。
まさか迎えに来るなんて思ってみなかった。
「兄様は、本当に遊戯の事大切にしてるんだね
オレも遊戯の事気に入っちゃったよ」
モクバは、どんな理由であれ兄が来てくれた事が嬉しいのか兄が退出した後の事を満面の笑みを浮かべて
話し出した。
そんな弟を瀬人は、穏やかな気持ちで優しく見ていた。
(そう言えば モクバをこんなに話しをするなんて何年ぶりなんだろう・・・)
自分の責務の多さ故に弟に会う時間が取れない日々。
その間モクバがどれだけ寂しい思いをした事か・・・こんなに嬉しそうなモクバを見てつくづく自分の不甲斐なさ
に恥かしさを感じてしまう。
モクバは、風呂場での事も瀬人に話すと
(俺は、まだ遊戯の素肌を真直で見た事が無いのに・・・)
瀬人の瞳には、ショックを受けた色が・・・しかしモクバからは、瀬人の顔は、影になっていて窺い知る事が
出来ない。
「そうだ遊戯に兄様の事どう思っているのか聞いたんだ」
その言葉に瀬人の心の中は、不安と期待が入り乱れる。
聞くのが怖かった一言。どうして子供は、そんな一言を簡単に聞き出してしまうのだろう・・・
「『嫌いなんて思った事無い・・・寧ろ好きなのかもしれない』だって」
一瞬眩暈がした。
嫌われるのかもしれないと思っていたから。
誰かを好きになんてなった事が無いのでどう接していいのか解らなかった。
だから遊戯の気持ちを確認する事無く抱きしめたり撫でまわしたりしながら遊戯の中に自分の存在を植え
付ける事にしたのだ。
瀬人の心に募る更なる想い。
瀬人は、遊戯の頬を撫でていると
「兄様 また遊戯と遊んでイイ?」
控え目に訊ねられて
「ああ・・・日中なら構わない」
しかし夜は、自分の手元に返してもらう。そこだけは、譲れない。
「やった!!」
大声を出して喜びたい所だけどモクバは、小声で喜びの声を上げガッツポーズを取った。
「モクバ もう寝るんだ。次に起きたらお前には、ウィザース国までの事を教えるからな」
そう言いながら瀬人は、遊戯を横抱きで抱き抱えながらモクバの寝室を後にする。
何も知らない遊戯は、薄手のシーツに身を包まれ心地好く揺れる中不思議な夢を見た。
自分と瓜二つの顔をした褐色の肌の少年。
自分と同じ紅い瞳が悲しみに彩られている。
「どうしたんだ?」
問えば
「また・・・同じ過ちが繰り返される。」
「過ち?」
「オレは、また大切な人を失うのかもしれない・・・」
少年が指差す先には、小さく盛られた土。
「守りたかった。最後まで傍に居て欲しかった。」
最愛の人。
遊戯の心が締め付けられるくらい悲しい感情。
きっと自分の目の前に居る少年の感情が自分の心の中に流れて込んで来ているのだろう。
「もっと早く彼に自分の想いを告げていたら・・・」
少年の想い人は、男・・・
少年にこんな事を聞くのは、酷かもしれないと思いながらも
「何故君の大切な人は、亡くなったんだ?」
「人の妬み憎しみ恨み・・・その負の感情がオレを襲い彼が身代わりとなった。」
少年の顔が更に曇って行く。
「オレは、気が付いていたんだ。負の感情が自分に向けられていた事を・・・」
地上最強の魔術師と言われていた。だからどんな魔力でもはね除ける自信があった。
負の力にでさ打ち勝つ自信があった。
共に闘う仲間を守る自信もあった。
だから自分より魔力が劣る仲間から守られる必要が無いと思い誰の力も借り様としなかった。
そんな驕った考えが最愛なる人を死に追いやったのだ。
「仲間の助言を聞き仲間の協力を仰げば大切な人を失わずに済んだのに・・・」
少年の悲しく苦しい後悔の心が遊戯に伝わる。
「お前は、大切な人を失わないでくれ・・・」
本当に少年が仲間の事を軽く考える様な人物なのならきっと仲間は、既に少年の元を去っていると思う。
少年がどれだけ仲間の事を思っているか・・・それを仲間達は、知っていただから少年の元を誰も去らなかった。
仲間達なりに少年を助け様としていたのだろう。
ただ少年の言う様に彼がもう少し仲間の事を頼っていたら大切な人を失わずに済んだのかもしれない。
遊戯は、大切な人を失った事が無い。例え有ったとしても今の記憶の無い状態では、無いにも等しいだから
少年に何と声をかけてイイのか解らなかったがただ少年を抱きしめながら
「お前がそんなに悲しんでいたらお前の大切な人は、もっと悲しむかもしれない・・・悲しむな・・・とは、言わな
いけど自分を責める事だけでも止められないかな?きっとお前の大切な人も望んでいるかもしれない」
少年の心が少し軽くなったように感じられる。
少年は、遊戯の耳元で「ありがとう」と言うと遊戯の腕の中から消えた。
そして回りの景色もボヤケ始め少しずつ薄くなっていく。
否代わりに他の景色が次第に色濃くなっていく。
「!!!!!!!!」
色濃くなっていく景色の中遊戯が目にしたのは、皇帝瀬人の寝顔。
思わず自らの両手で口を塞ぎ大声を出す事を免れたが心臓がドラを叩いた時の様に大きく鳴り響く。
(この人は、オレを殺したいのか?)
そう思いながら何故自分が皇帝と枕を共にしているのか思い起こす。
夕べモクバの頼みでモクバのベッドに一緒に入った。
自分より先に寝たモクバの可愛い寝顔を見ながらベッドを出ようとしたら衣服の裾を掴まれていたのだ。
その小さな手を振り払えばイイのに何故かそれが出来ず結局モクバの部屋で泊まる事にした。
多分なかなか帰って来ない自分を皇帝自ら迎えに来たのだろう。
そして寝ていた自分を連れ帰り一緒に寝た・・・
遊戯は、瀬人の寝顔を見ながら
(何故そんなにオレに拘る?貴方がオレに特別な感情でも有るのか?なんて都合の良い事考えてしまうだ
ろ・・・)
瞼に隠された蒼い瞳。その瞳が自分を見つめている時に感じる得も言われぬ昂揚感。
彼を独占していると思えてしまう。
瀬人の顔を見ていると胸が急に苦しくなってくる。
何故か彼を失いたくない・・・彼を守りたい・・・と思えて来る。
皇帝は、強い筈なのに・・・彼は、最強の魔法剣士と言われているのに。
何故、彼を失うと思ってしまうのだろう。
心が沈んでくる。遊戯は、瀬人の腕の中で少し俯くと力強く抱きしめられる。
「何を考えている?」
掠れた声で問われ瀬人の顔を見ればまだ少し眠いのか半分閉じかかった蒼い瞳に出逢う。
「何も・・・」
自分が今考えていた事なんて口に出せるモノじゃない。
「何か辛い夢でも見たのか?」
夢?そう言えば何か夢を見たような・・・悲しい夢だったような・・・
「解らない・・・覚えてないんだ」
「辛い夢なら思い出すな。貴様は、俺の夢でも見ていればいいのだから」
「そんな・・・」
息が出来ない程に抱きしめられる。苦しいのに何故か安心してしまう。自分は、ココに居てイイのだと思える。
++++
瀬人がモクバの部屋から遊戯を連れ帰りベッドの上に横たえると涙を流す遊戯に驚いた。
その表情は、何処か苦しそうにさえ見えた。
(遊戯 貴様は、今どんな夢を見ているのだ?俺の所為で失った記憶でも垣間見たのか?
もしそうだとしたら思い出さないでくれ俺は、貴様を手放したく無い。このまま俺の傍に居てくれ・・・
遊戯 俺は、貴様だけを愛している・・・)
口に出せない心からの想い。
あの泉で自分は、一瞬で彼に恋した。一度も話した事の無い相手なのに・・・しかも自分と同じ男なのに。
++++
「瀬人様苦しい・・・もう少し緩めて・・・」
気持ちがイイ・・・このままオレの全てを奪って欲しい。
恐る恐るだが遊戯の腕は、瀬人の背中に回り抱きついてくる。
思いがけない遊戯の行動に瀬人の鼓動が高鳴る。その鼓動を遊戯は、聞きながら心地良さを感じていた。
甘い時間。時がこのまま止まればいいのに・・・だが時は、無情にも流れ互いを抱きしめあって寝ていた2人を
引き離す。
そう言えば今日は、モクバが名代で他国に行くんだよな。
御見送りしてあげたいんだけど・・・やっぱり無理かな?
いろいろ考えながら瀬人の身の回りの世話をする遊戯に瀬人は、
「遊戯 これに着替えろ」
と言って白い衣服を遊戯に渡す。
「これは?」
「モクバを見送るんだろ?皇帝の名代として行くモクバを正装で見送ってやろうと思ってな」
そう言う瀬人の服は、淡い水色がかった長衣。胸元には、金糸銀糸で刺繍されたカイバ帝国の紋章。
長身の彼には、似合いの衣装だと遊戯は、思った。
だが気になったのは、見送りの為だけに正装する意味があるのだろうか?
もし正装するのなら皇帝と重臣を近衛隊ぐらいでいいと思う。たかだか使用人如きが正装したって意味が
無いと思った。
だから遊戯は、服を受け取っても何の反応も見せる事が出来ない。
「遊戯 これは、皇帝である俺の命令だ。 貴様に拒否する事は、出来ない」
そう言われれば遊戯には、断る理由が無い。
仕方なしに遊戯は、その衣装を持って自分の部屋に戻ろうとすると
「貴様何処に行くつもりだ?」
「自分の部屋で着替えるんだけど・・・」
「ココで着替えればよかろう?」
瀬人様の前で・・・
次第に顔を赤らめ遊戯は、首が千切れんばかりに左右に振る。その光景が瀬人にしてみれば自分の傍で
着替える事を否定されている気になるが正直な所否定されているのだ。
(そう言えば遊戯が着替えている所なんて見た事無いし遊戯の裸自体見た事が無いな・・・
まぁおいおい見れるだろうが・・・)
「俺の前で着替えるのが恥かしいのなら寝室を使えばいい」
そう言われ遊戯は、そそくさと寝室に篭る。
渡された衣装は、どう見ても女物にしか見えない。
しかも婚礼の衣装と勘違いしそうな刺繍が施されている。
やはりこの衣装の胸元にもカイバ帝国の紋章・・・
(これって婚礼の衣装じゃないよな?って男同士じゃ有り得ないぜ)
慣れない長衣。しかもズボンが無いし傍目では、解らないがスリットが腰付近まであるのだ。
仕方が無いので先ほどまで自分が穿いていたズボンを穿く。
何とか着替えを終えた遊戯は、瀬人の元に・・・
瀬人の前には、カイバ帝国の花嫁衣装を見に纏った遊戯の姿が。
余りの光景に瀬人は、遊戯を抱きしめ口付け様と思ったが、そこは、グッと堪えてテーブルの上に置いていた
小さな入れ物を手に遊戯の前に立つと。
「少し目を閉じよ」
とだけ命じる。当然拒否権の無い遊戯は、それに従うだけ。
遊戯の唇に触れる瀬人の指。それが何故か遊戯には、恥かしかった。