紅玉-至高の宝-7
瀬人の指が何往復か終えた後、ゆっくり目を開ける遊戯。
小さな唇は、微かにピンク色をしている。
瀬人に触れられて恥かしかったのか顔も少し赤い。
これでベールを被ればまるで本物の花嫁を思わせる程に・・・
まぁ遊戯本人には、知らされないが今日は、瀬人と遊戯の略式の結婚式なのだ。
瀬人に手を引かれモクバが出発する門前に行く。
兄に聞かされていたけどまさか本当にするとは、思ってもみなかった。
カッコイイ兄に綺麗な遊戯・・・
しかしどう見ても遊戯は、何も聞かされていない様子。
(多分知ったら即刻衣装を脱ぎ捨てられるかもしれないもんな)
モクバは、遊戯の前まで行くと
「多分最初は、辛いかもしれないけど我慢してくれ」
そう励ますものの遊戯には、何の事だか解らない。まさか初夜の事を言われているなんて毛頭に無いからだ。
「????」
「モクバ道中気を付けるんだぞ」
それ以上言えば幾ら鈍い遊戯と言えど気付くかもしれない。そう思い割り込んで来る。
「兄様 オレちゃんと役目を果たしてきます。」
瀬人にしてみれば略式では、無く正式に大々的に挙式を挙げたかった。
本当は、瀬人の中で挙式までのプランがあったのだ。
遊戯の心を自分に向かせてから雰囲気のある場所で告白し頬を染めながら承諾する遊戯。
その後、国中に伝達し民の祝福の元で神殿にて挙式を挙げる。
誓いの言葉を唱えながら誓いの口付け・・・遊戯が我がモノとなった事を噛みしめる。
そして初夜で遊戯の躰を堪能する魂胆だったのだ。
それを変更までして略式で遊戯に告白する事なくこんな手に出たのは、瀬人の心の中で鳴り響く警笛が
『彼を失うかもしれない』と煩く鳴る。
そしてそれが日を追う事に酷くなるのだ。
(遊戯を失ってからでは、意味が無い。遊戯は、俺のモノだ。俺の傍から離れる事は、許さない)
暫くして高々となるトランペットを合図に城門が開かれモクバと数人の重役と兵が旅立つ。
旅立つと言ってもウィザース国までは、朝出ても夕方には、着くと言う短さなのだ。
モクバ達が出た後、閉ざされる門。遊戯は、いそいそとその場から離れ様とする。
「何処に行くつもりだ?」
「着替えに行くんだぜ」
「何故?」
「御見送りは、終わったんだ。早く着替えて仕事しないと」
まさか自分達の結婚式も兼ねていると知らない遊戯が仕事に着こうとするのも無理は無い。
もう少し遊戯の花嫁衣装を見ていたい瀬人。
瀬人は、自分の傍から離れ様とする遊戯の腕を掴み。
「貴様に見せたいモノがある。着いて来い」
そう言いながらグイグイ遊戯の腕を引っ張り歩き出す。
「瀬人様痛い!!」
歩幅が全く違う2人。大又で歩く瀬人に対し小柄な遊戯は、小走りで必死になって着いて行く。
掴まれている腕が痛い。何度も「痛い」と言っているのに瀬人は、その手を緩めてくれない。
「うわ〜!!」
急に吹いた風に驚く遊戯。
瀬人が連れて来たのは、城壁の上。
「遊戯 見てみろ。ここから見える土地全てがカイバ帝国の領土だ。」
そう言われ遊戯は、城壁の上から見える風景を見てみる。
大きな街・・・
その奥に見える小さな森。森が小石の様に小さく見える。
遊戯は、吹く風に耳を済ませてみる。微かにだが耳で聞く事の出来ない心の声が聞こえて来たから。
「遊戯 ここから見える全ての土地を俺は、支配しているのだ。」
(貴様は、この地を治める俺の最愛なる妃。この帝国の秘宝なのだ)
遊戯に自分の力を見せたかった。カイバ帝国の国力を見せたかった。
だが遊戯の心は、別の所に有るようで・・・
「瀬人様 あの街の中心に何があるのです?」
こんな事を聞いてくる始末。だが瀬人は、そんな遊戯に対し嫌な顔一つ見せずに
「あの街の中心にあるのは、噴水だがそれがどうした?」
心に聞こえて来る声は、祈りの言葉。しかも現代の言葉では、無く失われた古代での言葉。
古代語を習った覚えが無いのに遊戯には、何故かその言葉の意味が解る。
この地に眠る最愛の人の魂を守り来世に出逢う事を祈り続ける言葉。
(ああ・・・この言葉一つ一つがあの街を大きな結界で守っているんだ・・・あの街に居ればいかなる攻撃からも
身を守る事が可能・・・)
たった一人の人の亡骸と魂を守る為に数百年もの間張り続けられている結界。
術者の想いがどれだけ強いモノだったのか思い知らされる。
「瀬人様 この城は、昔あの街の直傍に在ったのでは、ありませんか?」
結界から離れた場所にある城。多分この国が出来た当初は、あの結界の傍に在ったか結界内に在った筈
「ああ。200年程前まで街の傍に在ったが国が大きくなるにつれ今の場所に移築されたのだ・・・」
傍に自分が居るのに心が他に向いて居る遊戯。
瀬人は、何とかして遊戯の心を自分に向けたくて彼の華奢な躰を抱き締める。
「瀬人様????」
急に抱きしめられた事によって瀬人を意識してしまう遊戯は、恥かしさの余り顔を真っ赤にする。
「俺が傍に居るのに何故余所見をする?貴様が望めば何時だってココに連れて来てやる」
だから今は、俺を見ていろ。俺だけを感じていろ。
「瀬人様 人が見ています・・・」
「構うものか。見たいヤツには、見せておけ」
「そ・・・そんな・・・」
服越しに感じる瀬人の体温が何故か恥かしいと感じてしまう。
「瀬人様 御公務がまだ・・・あっ・・・」
頬に感じる温かい感触。瀬人の唇が押し当てられているのだ。
遊戯の唇まで後僅かだと言うのに重ねる事が出来ない。
(神聖な存在に対しこれ程までに緊張するモノなのか・・・神聖なモノ・・・無神論者のこの俺が?)
今は、重ねる事の出来ない唇。だが時間を掛けてでも触れてみせる。その神聖な躰も・・・必ず・・・
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何とか瀬人から解放された遊戯は、急いで普段着に着替え後宮に向う。
昨日自室の扉に挟まれていた手紙。
その差し出し人に会う為に。
その頃後宮では、
「静香姫 そう躍起にならなくても・・・
遊戯が来てからと言うモノ瀬人様は、頻繁にこの後宮に来られる様になったのだし」
「そうですわ。 寧ろ遊戯の存在が私達に幸運をもたらしてくれる・・・そう思いません?」
「私は、ただの性欲処理として扱われるのが嫌なんです。私は、世継ぎを生むだけの道具になりたくない
瀬人様の寵妃になりたいんです」
初めて好きになった相手だから・・・
父王からカイバ帝国へ行く様に言われた時どんなに嫌だったか。でも瀬人皇帝に会い一方的とは、言え彼に
恋したのだ。
時折後宮に現れる瀬人。それだけでも幸せだと思った。
皇帝は、誰のモノでも無いのだから・・・
だから性欲処理として扱われても何とか耐える事が出来た。
でも今皇帝の心を占めているのは、遊戯に対する想い。しかも侍女に聞いた話しによると皇帝の弟モクバの
見送りに現れた遊戯の衣装は、カイバ帝国の妃となる者が身に着ける花嫁衣装だったと言うでは、ないか。
遊戯に対し募る憎しみの感情。
「静香姫 私達は、カイバ帝国の世継ぎを生む事で自分の生まれた国を民を守らなければならないのよ
私達に色恋事は、禁物。王家に生まれた女は、政治的道具としてその身を儀性にしなければならない」
「幼い頃そう教わらなかった?」
確かに他の姫君達が言う様に王家や皇族の女は、政治的道具として扱われる事を教えられた。
そんな教育を受けたからって恋をしては、イケナイとは習わなかった。
初めての恋だった・・・
胸を締め付ける苦しい感情。
そこへ静香付きの侍女が現れて
「姫様 遊戯が参りました。」
深々を頭を下げながら報告に来た。
「解りました。」
そう答えると静香は、立ち上がり侍女の元へ。
「静香姫 遊戯に手を出しては、ダメよ。彼は、このカイバ帝国の寵妃なんだから」
「軽率な行動は、自身と国を滅ぼす原因となりましてよ」
各々口々に警告を発するがそれが何処まで本心なのか解らない。
寧ろライバルが1人でも減る事を喜んでいるのかもしれない。
女の恐ろしい所は、自分でも解っている・・・
静香は、燻る負の感情を抑え平常心を保とうと自分に言い聞かせ遊戯が待つ別室へ向った。
「遊戯・・・御足労です。」
椅子に腰かけていた遊戯は、静香に話しかけられ急いで立ち上がり
「姫様 オレの様な者に何用でしょうか?」
会釈をすると早速本題に入る。
遊戯にしてみれば回りくどい話しは、苦手なのとまだ従者としての仕事が残っているのだ。
無駄に時間を潰すワケには、いかない。
「では、遊戯・・・貴方に率直に訊ねます。貴方と瀬人様は、どういう関係なのです?」
遊戯と瀬人の関係なんて解っている。なのに何故自分は、そんな事を問うのだろう?
「オレと瀬人様の関係は、主従関係以外何も無い」
自分達の間にそれ以外の事が在るとは、思えない。遊戯は、そう言いたそうに静香を見る。
だが静香にしてみれば遊戯の言葉は、予想外だったので面食らってしまう。
「貴方は、主従関係だと言うけれど伽の相手もされているのでしょ?」
「・・・??? 何が言いたいのです。別にオレは、瀬人様の伽の相手なんてした事が無い。」
それにする理由も無い。瀬人が女に不自由をしているとか男色家と言うのなら話しは、別だろうが・・・
「主従関係で伽の相手もした事が無い・・・何故・・・何故そんな貴方が瀬人様の寵妃になれるのよ!!」
パチッ・・・小気味良い音が聞こえた。
静香の瞳から堪えていたモノが溢れ出す。自分の立場は、何なのか・・・ただの道具でしか無い自分・・・
目の前に居る男は、出身が不明の記憶喪失者・・・しかも瀬人と同じ男なのだ。
「汚らわしい!!貴方みたいな人が瀬人様の傍に居るなんて・・・瀬人様が汚れる!!貴方なんて・・・
貴方なんて・・・」
泣き崩れる静香。
遊戯は、ジンジンとする頬に手をあてがいながら
(今この姫は、何と言った?オレが瀬人様の寵妃?何時オレが瀬人様の寵妃になったんだ?
しかもオレも瀬人様も男だぞ?一国の王が男を妃にするワケナイだろう?第一非ィ生産的だ!!)
非ィ生産的
非ィ現実・・・
ありえない・・・
ありえない・・・
ありえない・・・!!!!
頭の中を駆け廻る言葉。その言葉に眩暈がする。
遊戯は、呆然と立ち上がりフラフラと入り口に向う。そんな遊戯の姿を見ていた侍女が
「遊戯 貴方は、本当に何も知らなかったのですか?」
信じられないと言うような表情の遊戯。それでも侍女の問いにコクンと肯いた。
(瀬人様は、何故遊戯に話されてないの?瀬人様にとって遊戯って・・・)
疑問に抱く想い。しかしそれを口に出す事が出来ない。
侍女は、目の前で泣き崩れる姫を抱き抱え後宮の姫の部屋へと向った。
遊戯・・・私から瀬人様を奪う貴方が許せない・・・
許せない・・・