変貌-2-
目が覚めると見なれた景色が飛び込んで来た。
今は、何時なんだろうと手を伸ばし目覚まし時計を探すが微かにと言うには、痛みが酷いが無茶苦茶と
言うには、軽いが痛みが走った。
ゆっくりと自分の手首を見てみると薄汚れては、いるが綺麗な包帯が捲かれている。
しかも両手首に・・・
上半身を起そうとするが痛くて起き上がれない。
特に信じられない場所が一番痛い。
夢だと思いたかった。
夢ならどれだけ良かっただろう・・・
何時かは、自分も誰かを抱き誰かに抱かれると思っていた。
それは、一方的では無く互いが合意した上での事。
そう思っていた。
だが現実は、違った一方的に抱かれた。
まるで性欲処理の道具の様に・・・
(一方的だなんて酷いぜ・・・ジャック)
ジャックが最初の相手になるだろうとは、思っていたし自分の心の何処かで(もし抱かれるのなら最初は、
ジャックがイイ)と思っていた。
男同士なのだから優しさとかは、求めないけど道具の様に扱われるのは、嫌だった。
でも合意でも同意でも無く拘束されたまま犯されたら・・・
遊星は、シーツに包まりながら声を圧し殺して涙を零した。
++++
それからは、何事も無かったかの様にジャックも遊星も同じ場所で一緒に住んでいた。
只違うのは、彼等が時折何処かボンヤリとしてる時間が増えた事。
ジャックと遊星の間に何が在ったのか誰も知らない。
2人の共通の友人達でさえ・・・
「遊星 何処に行く?」
あの日以降遊星が何処かに行こうとすれば必ずジャックは、訪ねて来るようになった。
もしかしたら遊星が出て行くのかも知れないと言う恐怖から。
だがそんなジャックに対し
「ジャンクを集めに・・・」
「俺も一緒に行く」
片時も遊星と離れたく無い。
今離れたら本当に離れ離れになるのでは?と思えて仕方が無い。
まさか自分の中にこんな女々しさがあろうとは・・・苦笑してしまう。
「否・・・オレ一人で行く・・・」
それだけを言い残し遊星は、廃線となった地下鉄跡地から離れる。
別にジャックを避けているワケでは、無い。
今迄小さなジャンクは、自分で集めていたのだ。
それに犯されたと言ってもあの場所から離れる気なんて更々無い。
あの日以来ジャックは、手を出して来ないのだから。
否 躰に触れて来ないだけでジャックが時折寝ている自分にキスをして来ているのは、知っている。
それを寝たフリをしながら甘んじて受け入れているのだ。
(あんな一方的にしなかったらオレだってジャックと・・・)
脳裏に浮かんだ光景を頭を振って消し去ろうとする。
「ヨォ!」
背後から聞きなれた声に遊星は、振り向く。
++++
遊星が出て行った後、暫く外で遊星の後姿を見送っていたジャック。
一緒に行きたかった。
だが煩わしがられたら?そう思うと行く事に躊躇ってしまったのだ。
「あら〜ジャック探したのよvvv」
「貴様は・・・」
++++
「どうしてアンタがこんな所に居るんだ?」
遊星に話しかけて来たのは、何度かD・ホイールでデュエルをした事があるセキュリティの人間。
遊星は、彼の名前を知らない。当然の事だが相手も自分の名前を知らない。
まだ遊星の顔には、マーカーが施されない、それ故に遊星の個人情報がセキュリティには無いのだ。
「な〜に ちょっとなテメェに頼みたい事があってな」
何時もと少し様子が違う相手に少し警戒をしながら
「何だ?」
と訪ねれば
「そう警戒するな。今日は、セキュリティとして来たんじゃないオメェのメカニックとしての腕を買って俺のマシーン
の修理を頼もうと思ってな」
鼻の頭を掻きながら少し先に置かれているこの男専用のD・ホイールに指指す。
「そんなのセキュリティの整備士に頼めばいいだろう?」
「頼むのは、たやすいが2〜3日かかるかもしれないだろう?それじゃ仕事に支障来す」
「だがオレの手元にある部品は、ジャンクから拝借したモノばかり新しいのなんて無い」
「それでも構わない。それにオメェの腕は、セキュリティの整備士より格段に上だ。」
ジャンクを集めただけでD・ホイールを作り上げるなんてセキュリティのメカニックでも出来ないだろう。
連中は、最新機器と最新の部品でしか組み立てられない。
それに比べて目の前に居る男は、自分の力だけでジャンクから高性能のD・ホイールを完成させ
セキュリティのD・ホイールを打ち負かせた。
そんなヤツが整備するD・ホイールに乗りたいと思うのは、当然だろう。
遊星は、牛尾が持って来たD・ホイールに近付き黙視検査を行う。
「詳しくは、分解しないと解らないが幾つかのパーツが劣化している。
それにこの部品のシリアルナンバーは、10年以上も前に製造中止になっていて今時手に入らない。
多分故意にパーツを替えられているのだろう・・・」
(黙視だけで言い当てるなんて・・・)
そう幾つかの部品は、遊星が言う様に予め古いモノに取り替えられたモノ。
しかも牛尾自身が取り替えたのだ。
何故?と問われれば答えは、簡単な事。
目の前に居る相手と共通の会話を作るため。
同じデュエリストならデュエルの話しが出来るだろう。簡単な個人情報も得られる。
だが牛尾は、それだけで満足する気なんて毛頭に無い。
自分が好意を抱いている相手から個人情報以外に手に入れる為に自分なりにいろいろと考えた。
彼が何処に住んでいるのか・・・
彼の名前は?出来れば彼が手に触れたモノも手にしたかった。
それには、何かしらのキッカケが必要だった。
「そう言えばテメェの名前聞いてなかったな。俺の名前は、牛尾哲って言うんだ。」
相手の名前を知るには、自分から・・・
相手が何を考えているのか解らないが名を名乗った以上自分も名乗らないとイケナイのかと戸惑いつつも
「オレは、不動遊星・・・」
(不動遊星か・・・)
名前を知る事が出来た。
もしかしたら警戒して名前を言わないかもしれないと懸念していたが簡単に名前を知る事が出来た。
「そのD・ホイール自分で運んでもらう・・・付いて来い」
「ああ・・・解った」
(これで遊星の住んでいる場所が解る・・・)
こうもトントン拍子で遊星の事が解るのは、牛尾にとって在り難いがこういう場合とんでもない事が
待ち受けている場合がある。
<もしかしたら知りたく無い事を知る羽目に遭うかも知れない>
そう心の片隅で声が聞こえた。
それでも知りたいのだ。自分が好きになった相手の事を。
牛尾は、遊星に連れられて歩を進める。
「そう言えば遊星には、好きなヤツが居るのか?」
「何故そんな事を聞く?」
遊星の言う様に何故自分は、そんな事を聞いたのだ?もし居たとすれば自分自身が傷つくのに。
「まぁこういう話しってよくセキュリティの連中とかしてるからな・・・」
「ふ〜ん・・・暇なんだな・・・」
「ハハハ・・・別に暇ってわけじゃねぇ。犯罪の話しばっかじゃ息が詰るだろう?気分転換にだよ」
「確かに息抜きは、必要だな・・・さっきの質問の答えだが『解らない』」
「はぁ?何で自分の気持ちなのに解らねぇんだ?」
訝しい顔をすると
「そんな事を考えた事も思った事も無いからだ。」
今迄そんな事を思っている暇なんて無かった。
あの日を迎える迄は・・・そうジャックに無理矢理躰を拓かれるまでは・・・
あの日を境に少しでも時間が空いたり作業の合間にフッと考える様になった。
でも答えなんて出ない。
ただジャックの事を考えると胸が苦しくなってくるのだ。
ジャックは、自分の事をどう思っているのか・・・何故あんな事をしたのか・・・
そして自分は、ジャックの事をどう思っているのか・・・