顔を見ぬ婚約者殿-2-
デュエルから一夜明け。
ジャックは、ベッドの上で昨晩の出来事を思い返していた。
初めてデュエルを楽しいと感じた。
初めてもう一度対戦したいと思った。
そして初めて相手に興味を抱いた。
話し掛けても振り向こうとせずひたすらD・ホイールの調整をしている遊星の顔を見たくて相手の肩を掴み
自分の方に向かせた。
大きな蒼い瞳に吸い込まれるかと思った。
まるで穢れをしらない美しい青。こんなに綺麗な瞳を見たのは、初めてかもしれない・・・
ただ気になったのは、左頬に施されたマーカー。
【罪を犯した者の証】それを何故着けられているのか?
そもそもマーカーを施された者がシティに居られる筈が無い。
それともマーカーに似せたファッションなのか?
ジャックが何を考えているのか解ったのか遊星の口を吐いて出たのは、驚きでしかなかった。
「オレは、サテライトから何の許可も無くシティに侵入した。その罪として着けられた。」
背けられた顔は、何処か寂しげで何処か諦めに似たモノだった。
(忘れられない・・・)
遊星の顔が・・・会いたい・・・
遊星が笑っている顔が見たい。
思い立って直にジャックは、ベッドから降りパソコンに向う。
必要なデータをマイクロチップに入れると急いで着替えを済まし出かける。
「アトラス様 おはよう御座います。今朝は、局長が御見得になられますが・・・」
「出かける」
「えっ!!アトラス様!!」
格納庫から聞こえるD・ホイールのエンジン音。
チップをD・ホイールに挿入しパネルを起動させる。
ハンドルを握り数回回すと勢いよく走らせる。
電自動で格納庫の扉が開き公道を真っ白いD・ホイールが颯爽と駆け抜ける。
街行く人達の歓喜の声が聞こえて来るがそんな事に構っていられない。
ジャックは、パネル操作をしながらマーカーから発せられる電波を探していた。
そうジャックが入手したデータは、遊星のIDと個人情報。
セキュリティをハッキングして手に入れた。
マーカーを施されていると言う事は、収容所送りになっている筈と思っていたが案の定収容所送りになった
経験があった。
そこで付けられた収容所でのID番号は《G2MA2-88》。
それさえ有れば遊星を探し出せる。
そしてその考えが間違っていなかった事が解ると胸が高鳴り出してきた。
パネルに小さく光る点あるのだ。
そこに行けば間違い無く遊星に逢える。
どれだけ走っただろう。
行き着いた場所は、廃屋。壊れた看板には、そこがかつて玩具屋だっと窺わせる文字が並ぶ。
(初代デュエルキングの生家・・・コレほどまでに荒れ果ててしまうとは・・・)
記念館にしたいと言う話しも実際には、有ったらしいだが初代デュエルキング武藤遊戯が首を縦に振らなかっ
たので話しが流れてしまったと言う。
しかも海馬Co.海馬瀬人も記念館の設立に猛反対したと聞いた。
真実を展示出来ない記念館に意味が無いと言うのだ。
だが何時の日にか記念館を造る為に武藤遊戯の生家を残しておきたいと支援者達によって残されたが
その支援者も一人また一人と旅立ってしまい終いには、管理する者が居なくなってしまった。
処分するにも出来ずそのまま放置される事となったらしい。
その武藤遊戯の生家からマーカー反応が有ったのだ。
(ココに遊星が居る・・・)
緊張する。どれだけ多くの観客を前にしても緊張なんてした事が無いのにたかだか人一人逢うと言うだけなの
にココまで緊張するなんて。
扉を押すとギ〜と錆付いた音とカランカランと鳴るベルの音。
それに誘われるかの様に聞こえる足音。
頭を掻きながら遊星が姿を現す。
だらしない・・・と思いつつもどうやら寝起きだったみたいだ。
だが誰が来たのか解ったとたん
「こんな所に何の用だ?」
蒼い瞳がジャックをキッと睨み付ける。
「用が無ければ来ては、ダメなのか?」
遊星に感じる違和感・・・それが何なのか解らなかった。
「・・・」
キングがこんな廃屋まで来るんだ何か用が有っての事だろうと思ったがどうも違うようなので瞳に込めた力を
抜き。
「ココまでどうやって来たんだ?」
交通手段を訪ねる事にした。
「D・ホイールに乗って来たんだが・・・」
その言葉に遊星が
「D・ホイールだって!!今すぐ裏に回せ!!」
と怒鳴って来る。
その意味が解らないジャックに尚も
「スクラップにされたいのか?早くしろ!!」
スクラップ・・・?何時もなら「何故」と命令口調で問い返す所だが訝しい顔付きで渋々遊星の言葉に従う
事にした。
扉を開け出ようとした時、遊星が言った言葉の意味が理解出来た。
数人の男が自分のD・ホイールに群がり何かしらしでかそうとしていたのだ。
「お前達そこで何をしている。」
問う言葉に怒気を含めて訪ねると男達は、慌てて振り向き
「キングだ!!」「ジャック・アトラスだ」
口々に言葉を発しながらも後ずさりをしながら去って行く。
(スクラップとは・・・こう言う事か・・・)
目新しい部品をだけを勝手に拝借し売りさばく。当然部品を取られてしまったのもは、代替の部品を付けるか
新しいのを付けるとかしないと動かす事なんて出来ない。
(何て物騒な所なんだ)
一先ず遊星が言っていた通り廃屋の裏に回る。
裏に一体何が有ると言うのだろう?
裏に回ってみたものの何も無い様にしか見えない。
ただD・ホイールと人一人通れそうな裏門があるぐらいだ。
その裏門を遊星は、「通れ」と指示して来た。
壁にも同じ幅の入り口が設置されている。
そこから室内に入ると遊星は、扉に施錠をした。
「こんな所にD・ホイールで来るなんて無茶な奴だな」
呆れた様な口調でジャックの白いD・ホイールに近付き黙視を始める。
何処にも傷らしきモノは、見当たらないし取られた部品も無い様だ。
安堵の溜息を吐く。
ジャックは、先程から感じる違和感が何なのか考えていたが暫くしてそれに気が付いた。
肥満の男ならまだしも細身の男では、有りえないモノの存在。
小ぶりながらも丸みのある胸の存在だ。
幾分躰つきも丸みがある様に見える。
「何をさっきから見ているんだ?」
ジーと自分を見つめるジャックの視線が痛いのだ。
「お・・・お前女なのか・・・?」
驚きの表情を隠さない、と言うより隠せないでいるジャックの言葉に遊星は、慌てて自分の躰を見、
バツが悪そうに胸元を両手で隠す。
「わっ悪いか・・・」
何時もなら白布を捲き胸を潰している。華奢な男を演じているのだ。そうでもしなければ襲われてしまう。
シティは、治安が良いと言われているがそれは中心部だけの事。そこを離れれば治安は、悪い。
まぁ悪いと言ってもサテライト程では、無いが。
顔を朱に染め胸を掻くしソッポ向く遊星の行動に何故か心臓が高鳴ってしまう。
華奢な躰を抱きしめたいと思ってしまう。
自分と遊星が出あったのは、昨晩。
しかも話しをしたのは、数分程度なのだ。
そう・・・会って間もないのに自分は、遊星の居所を探し会いに来ている。
有りえない・・・有っては、ならない事なのだ。
「そう言えばココのセキュリティは、どうなっているんだ?」
男装をしているとは、言え物騒な事に変りは無い。
性行為や人身売買をしている者にしてみれば男や女なんてモノは、関係ないのだ。
「上モノは、大した事はしてないけど地下は、万全だ。」
大した事は、してないと言っているがこの家には高圧電流が流れている。
何のためにそこまでしているのか?それは、遊星自身も知らない。
遊星が住み出した時には、既にその設備があったのだ。
そして地下室も・・・
ただ遊星は、それらの設備を間借りしている様なモノ。
多少は、弄りはしたけど。
地下を見たいと言うジャックに遊星は、渋々だが案内した。
「これが地下室だ。」
上モノより丈夫に造られている地下室。
それは、まるで地下シェルターを思わせる。
遊星のD・ホイールは、その地下に置かれていた。
真紅の綺麗なD・ホイール・・・
遊星は、真紅のD・ホイールに近付き愛おしそうに見つめる。
(コイツは、このD・ホイールが余ほど気に入っているんだな)
ライディング・デュエルをする者にとってD・ホイールは、デッキ同様に大切な相棒なのだ。
それを慈しむ気持ちが芽生えたってオカシクは無い。
そう思っているのに心の中で湧き起る苛立ち。それが何なのか解らなかった。
ただ遊星の蒼い瞳を自分に向けさせたかった。