顔を見ぬ婚約者殿-3-


それからと言うモノ殆ど毎日と言って良いほどジャックは、遊星の元を訪れた。

これと言って用事が有るわけでもない。時折デュエルをするか遊星がD・ホイールを弄る姿をただ眺めて

いるか、それぐらいしかなかった。

 

最初の頃は、幾分警戒していた遊星の表情に笑顔が浮かびだす様になった。

少しずつだけど喜怒哀楽が顔を覗かせる。

ただ表情が乏しいのかハッキリとした喜怒哀楽が解るわけではない。

表情が乏しい分瞳がハッキリと喜怒哀楽を見せている。

それに気がついた時どれだけ嬉しかったか。

遊星の躰を抱きしめそうになった。

そして遊星が自分に心を許しだしている事が解るのは、彼女が自分の前では晒を捲いていないと言う事。

在りのままの自分で居ると言う事だ。

時折遊星を連れて他者のデュエルを見に行く。その際 遊星は、必ず晒を捲きつけ胸を圧し潰す。

今遊星が住んでいる地区ならいざ知らずシティ中心部・・・セキュリティ上安全だと言うのにどうしてそこまです

るのかジャックには、解らなかった。

収容所に居た頃に何か否な思いでさせられたのか?それがトラウマになっているのか?

自分の知らない場所・知らない時間の中で遊星の身に・・・そう思うと居ても立ってもいられない。

真相を遊星に確かめたかった。

だが遊星を前にするとそれを問う事に躊躇われるのだ。

 

そう言えば以前ジャックは、遊星に訪ねた事があった。

それは、何故危険を犯してまでシティに来たのか・・・

サテライトの者がシティに来れば家畜以下の扱いを受けるのは必死。

それなにの何故?

その問いに「大切なカードを無くしたんだ。その所在を探し求めていたらシティに行ったと聞いただからそのカード

を取り戻すべく来たんだ」と言っていた。

遊星の膝の上に頭を乗せ彼女の顔に付けられたマーカーを見上げながら指でなぞる。

痛々しい痕。きっと想像を絶する痛みだっただろう・・・

(女の顔にこんなマーカーを付けるなんて・・・)

「そのカードは、シティの何処に在るんだ?」

そんな事を聞いてどうする?見つけたら遊星の渡すのか?

そんな事をしたら遊星は、サテライトに帰ってしまうかもしれない。自分の傍を離れてしまう。

だがデュエリストにとってカードがどれほど大切なのかキングとして君臨している自分には、解る。

彼女がカードを無くした時の心境。そしてそのカードが消却されず存在していると知った喜び。

それが解るからなおさら彼女の・・・遊星の望みを叶えたかったし叶えたくなかった。

だから無くしたカードの名前を聞かなかった。

 

 

 

 

何時もの様に遊星の元を訪れるジャック。

自分達の関係は、何なのか?

互いの気持ちを言いあったワケでは、無いし手を繋いだ事は有ってもそこから先・・・キスとかは、していない。

もしかしたら遊星にしてみれば自分は、『大切な親友』クラスなのかもしれない。

自分にしてみたら遊星は、『大切な女性』なのだが・・・

 

ジャックは、自分自身の気持ちに気が付いてた。

そうでもなければ毎日の様に訪れは、しない。

 

廃屋と化した『亀のゲーム』店の裏へと回りD・ホイールと一緒に所定の場所から家の中に入る。

「・・・」

「・・・・」

リビング辺りから聞こえて来る話し声。

遊星が誰かと話しているようだが誰と?

盗み聞きをするつもりなんて毛頭に無かった。ただ遊星の話し相手が発した言葉を聞くまでは・・・

『・・・そのままそこに居たら見知らぬ男を結婚させられるんだろう?だったらサテライトに戻って来い』

(結婚?なんの事だ?)

「それは、出来ない。知っているだろう・・・このマーカーが在る限り何処にも逃げられない」

諦めた様な口調。

『だからって治安維持局が決めた相手と結婚するのか?どんな相手か解らないんだろう?

俺達サテライトの住民は、シティでは家畜以下の扱いをされるんだぞ。お前の結婚だって物好きな上流階級

が飼っているペットと交尾させる為かもしれない。』

「・・・」

『カードの事は、今は諦めろ。時期が来たらまた探せばいい』

「時期って何時だ?どのみちこのマーカーが在る限り逃げられないのなら・・・だったらオレは、カードを探す。

何時訪れるか解らない時期なんて待たない。」

『お前・・・もしかして心を奪われたのか?誰か好きな奴でも出来たのか?』

一瞬だがトーンが落ちた声が段々大きくなって行く。

『もしかしてソイツの為にソコに残るって言ってるんじゃないよな?解っているのか?俺達・・・』

「そんな事解っている・・・解っているんだ・・・でも想ってるだけじゃダメなのか?想う気持ちまで捨てないとイケナイ

のか?オレ達には、誰かを想う事は、許されないのか?」

(心の中でオレが好きになる事でさえもしかしたら相手にとって迷惑な事かもしれない・・・

それでも好きなんだ・・・でもオレがどれだけアイツの事が好きで居てもオレは、見知らぬ男の元へ嫁がされる身。

オレに恋愛の自由は、無い・・・でも心だけでも自由にさせて欲しい・・・)

そう思うと心が次第に重く苦しささえ感じてしまう。意識していないけど表情が曇り俯いてしまう。

『遊星・・・本当に好きになってしまったのか?』

モニターに写る相手が・・・気になるのだろうか遊星に問うてしまう。

その質問に遊星は、ただただ素直に肯くだけ。

『俺達サテライトの者がシティの人間を好きになってもキズつくだけだ。そんな想いは、捨てろ』

「・・・想うだけでもダメなのか・・・?」

弱々しく訪ねると

『お前が辛い想いをするだけなんだぞ。』

ただでさえ自分の意志に反し見た事の無い相手と結婚させられるのに・・・

 

途中からとは、言え事のあらましを聞いしまったジャック。

心が張り裂ける思いがした。

初めて好きになった相手が自分の知らない所で決まった縁談によって奪われてしまう。

しかもその相手・・・遊星には、心に秘めた相手が居ると言うでは、ないか。

その者の想いを胸に抱いて見知らぬ男の元へ行こうと言うのだ。

許せなかった。遊星を奪う相手も心に男の面影を抱く遊星にも・・・

誰にも遊星を触れさせたく無い。自分だけのモノにしたかった。

初めて知った嫉妬。

 

「遊星!!」

「ジャック!!」

急に現れたジャックに遊星は、驚き固まる。

その表情は、驚きと怯えが入り混じった様な複雑なモノだった。

『遊星?どうしたんだ・・・』

ジャックからは、モニターに写る相手の顔が解らない。そしてそれは、モニターの相手も同じ事。

ただ遊星の表情が強張っているのを見て異変に気が付いたのだ。

遊星は、問われても応える事が出来ない。目の前に居る相手に気持ちが集中してしまっている。

ジャックは、テーブルの上に在るパソコンを薙ぎ払い遊星に近付く。

床に落されたパソコンは、壊れてしまったのだろう電源ランプが点灯しているのにも関わらず何も写し出さない。

「ジャック・・・」

(もしかしたら聞かれたかもしれない・・・)

一番聞かれたくなかった内容。

もしかしたらこの男は、聞いたかもしれないと言う一抹の不安。

だがジャックの表情を見て間違い無く聞かれたと確信した。

背筋をゾクッとしたモノが駆けあがる。

「遊星・・・」

今迄聞いた事の無い低い声。

きっと不機嫌なのだろう・・・

だが遊星には、解らなかった何故ジャックが怒っているのか・・・そしてそんなジャックに何故自分は、怯えて

いるのか・・・

「結婚すると言うのは、本当なのか?」

思わずビクッとしてしまう。やっぱり聞かれていた。

ジャックには、聞かれたくなかったのに・・・

「本当だ・・・」

「相手は・・・相手に会ったのか?」

首を左右に振る。

「何故 俺に黙っていた?」

「・・・言う必要なんて無い。お前に関係無い事だからだ」

そうジャックには、関係無いのだ。これは自分の問題なのだ。

[お前に関係無い]その言葉に更なる怒りが込み上げる。

(何故この女は、自分の気持ちに気が付かない?)

あれほど一緒に居たのに。

「ジャック・・・もうココに来るな。お前は、お前にとって相応しい場所に居ろよ」

ジャックの中で何かが音をなして崩れて行く。

気が付けば腕の中に愛しい者を抱きしめていた。

顎を持ち上げ柔らかいであろう遊星の唇に自分のを重ね様としていた。


「晒」と書いて「さらし」と読みます。

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