捕われて-22-
ほんの少し前、龍可から遊星が目を覚ました事を告げられたジャック。
意識が戻った遊星が顔の激痛に悶え苦しんでいた事を聞かされどれ程苦悩した事か。
遊星との約束が無ければ彼女の傍に居て痛み苦しむ彼女の躰を抱きしめたのに・・・。
目覚めている間、彼女と会わない約束をしたばかりに痛み苦しんでいる彼女に何もしてあげられなかった。
こんなに近くに居るのに・・・。
ベッドの上で苦悩しているジャックの元にアキがやって来た。
「貴方とあの子の間にどんな約束が交わされたのか私には、解らないけどあの子は激痛に襲われている最中
決して貴方の名前を呼ぶ事が無かった。」
遊星も又ジャックと同じ様に自分が起きている間、会わない様にしているのだ。
もしジャックの名前を呼んだら誰かがジャックを呼びに行くかもしれないしジャックが心配して来てくれるかもしれ
ない。
でもそれでは、ダメなのだ。
遊星がジャックに告げたのだから・・・顔の傷が癒えるまで会わないで欲しいと・・・。
「俺とアイツとの間に交わした約束だからな。」
「そう・・・深くは、追求しないでおくわ。何となくだけどどんな約束を交わしたのか想像つくから。」
2〜3日後にジャックは、退院をしたがその時でさえ2人は、顔を見合わせる事が無かった。
そして毎日続く遊星の顔の治療。
当初の様に手術室を使う事が無く病室でサイキック治療が行われていた。
そして遊星が起きている日中ジャックは、遊星の言葉通りに病室に訪れる事が無かった。
ジャックと遊星の間に交わされた約束の内容を知らない者達からジャックに対し誹謗する言葉が発せられた。
だがその都度「ジャックは、私との約束を守っているだけ。彼は、悪く無いの。彼は、私の我儘を聞いてくれて
いるの」そう言うだけ。
決して約束の内容を話したりは、しなかったしジャックもその約束の内容を誰にも告げなかった。
「遊星・・・早くお前の蒼い瞳が見たい・・・お前の声が聞きたい。俺を・・・俺だけを呼ぶお前の声が俺だけを
写すお前の蒼い瞳が」
ジャックは、遊星と約束通り遊星が眠っている時に見舞いに来ていた。
触れる頬は、温かく零れる吐息は、ジャックに安心感を与えてくれていた。
「貴方って本当に律儀なのね。あの子を卑怯な手で無理矢理奪った男だとは、思えない。」
薄暗い部屋。
アキは、両腕を組ながらジャックの後ろに立っていた。
だがアキの方を見る事無く。
「何とでも言えばいい。」
アキが言うようにジャックは、卑怯な手で遊星を手入れた事に変わりは無いのだ。
ただあの頃、どうすれば遊星を自分だけのモノに出来るのか解らなかった。
力で奪う以外思いつかなかった。
だがただデュエル挑んだだけでは、彼女に勝つには難しい。
彼女に勝てる条件を探し出さなければならなかった。
その時知ったのだ。彼女が両親の月命日だけは、デュエルを行わない事を・・・。
そして過去に1度だけ彼女が月命日にデュエルをして負けている事を。
この日にデュエルをすれば彼女は、自分のモノに出来ると確信を抱き挑んだデュエル。
そしてその通り彼女は、負けたのだ。そして自分は、彼女を手に入れる事が出来た。
包帯の下に隠された醜い傷跡。
サイキック治療でも1度に全部を治せるワケでは、無い。
特に酷い傷なら尚更時間がかかる。
「遊星の顔を元に戻すのにどれだけの時間が必要なんだ?」
「早ければ半年・・・。遅くても1年って所かしら。」
アキから告げられた内容に愕然としてしまう。
遊星の声を蒼い瞳を半年も見る事が出来ない。
「遊星・・・俺がお前を手に入れなければお前は、こんな酷い目に遭う事が無かっただろうに。」
悲嘆にくれるジャックにアキは、
「遅かれ早かれ遊星は、酷い目に遭わされていたと思うけど。」
淡々と告げる。
遊星が鬼柳を拒み続けている以上 何時かは、痺れを切らせた鬼柳が事を起すのは必然なのだ。
それが早いか遅いかの違いであって。
「貴方に確認したい事があるんだけど遊星と会って話しが出来ない間誰かに心奪われる事なんて無いで
しょうね?」
ジャックが誰かに心奪われる事なんて無い事ぐらいアキにだって解っている。解っているけど聞いておきたかった。
「フン 俺のコイツに対する気持ちが簡単に揺らぐとでも思っているのか?愚かしい事だ。」
遊星に対する揺るぎ無い言葉に
「その言葉を聞いて安心したわ。貴方に遊星を任せても大丈夫そうね。」
笑みを浮かべるがジャックの瞳は、遊星に向けられたままなのでアキの表情を知るよしも無かった。
ただその約束故にジャックは、長い間遊星の声を聞く事も蒼い瞳を見る事も出来ない苦痛と苦悩を強いられる
事を今は、知るよしも無かった。
日中ジャックは、言葉の通り遊星の面会には来なかった。
仲間内からは「キングは、クィーンを捨てた。」と言う者も居た。
いろんな噂が密やかに囁かれていたがジャックは、気にしていなかった。
「ねぇ キングがクィーンの面会に来てないって本当なの?」
「私がそう頼んだの。私が起きている間この顔を見られたく無いから・・・」
顔半分を覆う包帯。
好きな人に見られたく無いのだ。
「もし面会に来るのなら私が寝ている時にして欲しいって・・・」
寝ている時なら意識が無いから何をされても解らないと思ったのだ。
「でも好きなら声とか聞きたいと思うんですけど。クィーンは、キングの声が聞けなくても平気なんですか?」
「平気じゃないかもしれない。でも何時もジャックが傍に居る様な気がして顔が見れなくても声が聞けなくても
我慢出来るの。それに治ったら何時でもジャックの顔を見れるし声が聞けるでしょ?」
遊星が浮かべた笑みが綺麗だとアンジェラとカーリーは、思った。
「しかしキングって本当によく平気で居られるわね。」
「う〜ん。誘拐される前に会っていただけでその後会ってないんでしょ?それで平気なのかな?」
「寝ているクィーンに会っていると言ってもそれじゃ何の話しも出来ないし表情だって乏しいと思うんだけど。」
遊星が病院に運ばれ手術を受けている時ジャックは、傍に居たが傍に居ただけで遊星の声を直接聞いたワケ
じゃないし遊星の蒼い瞳を見たワケでもない。
それは、その時一緒に手術室前まで行った2人が良く知っていた。
「私達の知らない何かが2人を結び付けているとか?」
「何かって何よ?」
「解らないから何かじゃない。」
+++
「貴方も毎夜見舞いに来るなんて小忠実な男ね。しかも遊星と精神世界で交わした約束を守るなんて。」
ジャックと遊星が交わした約束。
その内容だけをアキは、遊星から聞いていた。
「お前には、関係の無い約束事だ。」
深夜の遊星の病室前。
ジャックだけがこの時間の面会を許されている。
その手配をしたのが目の前に居る十六夜アキ。
彼女の助力が無ければ深夜の面会なんて実現しなかった。
ジャックは、病室に入るとベッドの上で眠る遊星に近付き彼女の顔を眺めそして優しく触れた。
薄暗い室内。
それでも遊星の顔半分を覆う包帯の存在が解る。
この白い包帯の下は、醜い傷跡。
毎日アキとディヴァインが時間の限りサイコ治療を施してくれているので当初に比べてマシになって来たとは、言え
未だ包帯を取る事なんて出来なかった。
毎夜遊星の顔を見る事が出来るのに・・・触れる事が出来るのに声を聞く事も笑みを見る事も自分を蒼い瞳に
写す事も出来ないもどかしさがこれ程までに苦痛に感じ様とは、思いもしなかった。
早く遊星と一緒に暮したいと言う気持ちが募る。
遊星の温もりを感じたいと心が急く。
だが遊星との約束故にその気持ちを抑えた。
もう2度と遊星に卑怯な事をしないと自分自身で誓っていたから。
「遊星 早く俺の元に帰って来い。早くお前の声を聞かせろ。お前の蒼い瞳に俺を写してくれ。」
愛おしい気持ちで遊星の顔を撫でるジャック。
アキは、暫く2人きりにさせるべく病室を出て行った。
+++
アキからジャックが来た事を知らされた遊星は、頬を染め俯いていた。
その表情は、アキから見る事出来ないけど見なくても解る気がした。
きっと嬉しそうにしているに違いないから。
遊星の反応は、今迄アキが見た事無いモノだったのだ。
ただ少しだけ・・・ほんの少しだけジャックに対して嫉妬してしまった。