捕われて-23-
遊星の治療は、1年近くかかった。
顔と目の治療で1年と言うのは、長いかもしれない。
だが時間をかけた事もあって遊星の顔は、元通りに治っていた。
ただ顔にマーカーみたいなのが痕として残っているが・・・。
潰された蒼い瞳は、以前と同じ視力を持っている。
「遊星 顔の包帯外しても大丈夫なのよ。」
「うん・・・解っている。でも恥ずかしいの・・・。」
包帯をしたまま外に出ると人目を気にしないといけないに・・・。
解っているけど外す勇気が持てないのだ。
「本当に連絡しなくてもいいの?」
「うん。」
「迎えに来てもらえばいいじゃない。どうせ彼と一緒に住むんでしょ?」
「そうだけど・・・。」
今日遊星は、退院する。
アキやサティスファクションのメンバーが迎えに来ると言っていたがそれを断った。
ジャックに口外する事も禁止した。
遊星は、入院中ジャックが何をしていたのか知らない。
彼の行動は、遊星に知らされていなかったのだ。
それは、遊星が退院する時まで内緒にするようにジャックから言われていたのとアキの監視があったからだ。
それに遊星の病室にテレビは、無かった。
片目でテレビを見ると疲れる・・・とアキが禁止していたからだった。
確かにそれも理由の一つだったがジャックが何をしているのか解るからだ。
ジャックは、遊星が退院するまでにある目標を掲げていた。
-プロのデュエリスト-
プロになるのは、遊星を幸せにする為。
アマチュアでも収入に困らないがプロとの収入は、雲泥の差があった。
それと正々堂々と闘っても自分は、強い事をアピールする為。
元々遊星を手に入れる際、人質を取ったり遊星が勝てない月命日を選んでデュエルをした。
ジャック自身心に引っかかっていたのだ。
帽子を深く被りタクシーに乗り込む遊星。
「ジャックには、伝えなくて本当にいいの?」
「いいよ。驚かせたいから・・・」
「じゃ・・・気を付けてね。何かあった連絡するのよ。」
「解ってる。今迄ありがとう。」
「お客さん行きますよ。」
「ええお願い。」
閉まる窓。
窓越しにアキと遊星は、手を振りあう。
「全く遊星の意地っ張り。本当は、帰らないのでしょう?」
遊星がジャックと共に過す予定のマンションに戻らない事は、容易に想像出来る。
「あの男が顔の傷ぐらいで気にする様なタマじゃないのに・・・」
でもそれは、遊星自身解っている筈。
遊星は、自分が許せないのだろう。
今回の事で遊星は、関係の無いジャックやサティスファクションのメンバーを危険に晒してしまったのだ。
勿論、アキやディヴァインにだった余計な心配と労力をかけさせてしまった。
鬼柳の気性に気が付いていれば・・・無関心を装わなければこんな事にならなかった。
自意識過剰だったのかもしれない。
そう思うとやるせない気持ちになる。
もう2度と彼等を巻き込まない様にしなければならない。
それには、彼等に近付かない様にしなけれなならない。
「遊星貴女彼の事甘く見ているわよ。」
「君の妹は、苦労症みたいだね。」
「ディヴァイン。」
「ジャック・アトラスのスケジュールをチェックしてみたんだけど彼今日の全試合休んでいるよ。多分・・・だと思うよ」
「心の繋がりかしら?さぁ〜て私達も任務に着きましょ。」
そう言うとアキは、病院内に戻っていく。
自分達の荷物を取りに・・・
+++
(ジャックには、申し訳無いけど気持ちの整理が付くまで会えない。また今回の様な出来事に巻き込んで
しまうかもしれない。それだけは、避けたい・・・)
胸の奥はギュッと締めつけられる思いがした。
自分に強くなるまで会わない。
その為なら嘘だって居留守だって使う。
逃げている様で狡いかもしれない。
・・・かもしれないじゃなくて本当に狡い。
ちゃんと彼に言えば解ってもらえるかもしれないのに・・・。
車窓を流れる景色。
見た事の無い景色から次第に見慣れた景色へと変わって行く。
そして微かに見えるマンション。
亡き両親が残してくれたマンション。
(お父さん・・・お母さん・・・)
思い浮かぶ両親の顔。
近い内に両親の墓参りに行こう。
両親の命日の日には、入院していて行けなかったから。
月命日にも手を合わせてないから謝ろう。
そしてあの日ジャックと一緒に助けに来てくれた事お礼を言おう。
ジャックの事も報告しないと・・・。
1度思い出した事は、後から後からいろんな感情を引き連れてアレやコレやと思い出させる。
一頻り思い出した後・・・ポッカリと穴が開いた様な感じに陥る。
どんなに思い出してもそれは、過去の事。もう居ないのだ。
自分は、老いるのに思い出の中の両親は、決して老いない。
そして思い出の中で何度も同じ行動をリプレイしているだけ・・・。
その先が無い。
そう思うと無性に悲しくなった。
『お前は、俺の女だ。俺の傍に居ろ!!』
「えっ・・・?」
聞き覚えの在る居る筈の無い相手の声。
辺りを見渡すが車内に居るのは、運転手と自分の2人だけ。
運転手は、初老の男性。
「お客さん着きましたよ。」
そう言ってマンションの入り口付近にタクシーを横付けする。
遊星は、運賃を払った後荷物を手にマンションの入り口でロック解除のボタンを押す。
今一度帽子を深く被りなおし
「ふう〜」
と軽く溜息を吐く。
(まさか幻聴を聞くなんて・・・)
あの声は、紛れも無くジャックの声。
(幻聴まで聞くなんて重症だよ。)
でもその御陰で悲しい気持ちは、吹き飛んだ。
エレベーターに乗り停止する階を押す。
暫く壁にもたれながらデジタル表示をボンヤリと眺めていた。
チンと言う音と共に開けられる扉。
エレベーターを降り部屋へと向かうが何かを確認した遊星の足は、一瞬止まる。
(えっ・・・まさか・・・嘘でしょう?)
部屋の前に居たのは、ジャック・アトラス。
今日自分が退院してくるなんて知らない筈なのに・・・どうして部屋の前に居るのか?
アキが知らせたとは、到底思えない。
もしかしてサティスファクションのメンバー?と思ったが例えそうだとしても自分がこのマンション戻って来るなんて
誰にも告げていない。
それは、アキにも告げていない事。
なのにどうしてこの男は、ココに居るのだろう?。
グルグルと取り止めも無く回る思考。
だが立ち止まっていては、どうする事も出来ない。
俯きジャックの存在を気付かないフリして彼の前を過ぎるつもりだった。
自分の前を遊星が居るのにも関らずジャックは、声を掛け様としない。
部屋のカギを開けて居る時でさえ声を掛けず行動にも出さない。
根比べ・・・と言うわけでは、無い。
「そこで立っていたら他の人が不審がるわ。中に入ったら?」
ジャックの方を見る事なく声を掛ける遊星。
遊星から声を掛けられて漸く動き出すジャック。
室内に入っても遊星は、簡単に帽子を取ろうとしない。
ジャックをリビングにまで案内し
「ココで待っててくれる?直にお茶の用意するから。」
「ああ」
ジャックが持って来た大きな荷物。
それが何を意味しているのか遊星には、解らなかった。
もしかしたらジャックのマンションに残して来た遊星の荷物なのかもしれない。
もしかしたらジャックがココに遊星と一緒に住む為に持って来た荷物なのかもしれない。
もしかしたら別の荷物なのかもしれない。
遊星は、一先ず自分の部屋に行き病院から持って帰って来た荷物を置くとキッチンに向かいお茶の用意をする。
「ゴメン・・・お茶は、在るんだけどお茶菓子が無いの。そう言えば昼食は、もう食べたの?」
時計の時刻が13時を指している。
「いや・・・まだ食べていない。」
「今食材が無いから店屋物でもいいかな?」
1年近く帰ってきてないのだ。
食材が無くて当然。
遊星が入院した直後アキがこのマンションに来て冷蔵庫と冷凍室内にあった食品を全て破棄し電源を切って
いた。
「何が食べたい?」
遊星は、端末を片手に受話器を取ろうとしたがジャックは、大きな荷物の中からナイロンの袋を取り出し遊星に
差し出す。
遊星は、差し出されたナイロンの袋を受け取り中を確認したらナイロンの袋の中には、ジャガイモ・ニンジン・玉葱・
牛肉・カレールー・お米に数種類の野菜が入っていた。
ジャックは、カレーが食べたいと事なのだろうしかも遊星の手料理で・・・。
「解った。直に用意するから待っててね。」
ナイロンの袋を片手に遊星は、キッチンに向かう。
暫くして聞こえて来る包丁がまな板に当たる音。
小気味好い。
やはり自分の為に誰かが料理を作ってくれるのは、嬉しい。
しかもそれが意中の相手なら尚更だ。
1人でスーパーで買い物なんてした事が無い。
料理もした事が無い。
だから何を買えばいいのか検討が着かなかった。
クロウやアンジェラやカーリーが「買い物を代わりにしようか?」と言ってくれたがジャックは、断った。
自分でやらなければ意味が無いと思ったのだ。
(覚えているのだろうか?お前が初めて俺に作ってくれた料理を・・・)
1年程前遊星が初めて作ってくれたカレー。
同じパッケージのカレールーを用意した。
味も『中辛』にした。
暫くして水の音が聞こえる。
お米を研いでいる音なのかサラダ用の野菜を洗っている音なのか・・・。
暫く前・・・
ジャックを無視する事ぐらいなら出来た。
でもそうしなかったのは、別に悪い事をしたワケでもないのに不審者扱いでセキュリティーに連行される彼の姿を
見たくなかったし後悔したく無かった。
(私ってバカだ・・・無視するぐらいなんて考えても出来ないじゃない。出来ない事なら初めからしない方がいいの
かもしれない。)
だがその考えは、良しにつけても悪しきにつけても同じ事が言えるのかもしれない。
(それにしても・・・)
それにしても隻眼と言うのは、遠近感が取り難い。
包丁を使っている手前怪我に気を付けないと大怪我しかねない。
遊星は、傍に置いているカレールーのパッケージを見ながら
(もしかしてジャック覚えていたのかな?初めてジャックに作ってあげたカレーの事・・・)
そんな事を思ってみた。
遊星にしてみれば親族以外で初めて手料理を作った相手。
しかもおかわりまでしてくれた相手なのだ。
あんなに嬉しいと思った事なんて無いような気がする。
遊星は、野菜を刻み終え鍋の中に入れて煮込みだす。
その間にお米を砥ぎ炊飯器へ。
ナイロンの袋からサラダに使う野菜を取り出し流し台へ。
野菜を洗いながら手で千切ってザルへ入れて行きそれ意外の野菜は、別のザルに入れて行く。
カレーが出来るまでに野菜サラダを作り終える。
その間に気になる視線・・・。
「準備が出来たら呼びに行くからそれまでリビングで待っている事出来ないの?」
「そんな事無いが」
今自分の為に料理している相手が遊星なのか気になって仕方が無かった。
確認せずには、居れなかった。
そしてキッチンで料理している遊星を確認して安心した。
更に料理している遊星の姿に見惚れて居たのだ。
テーブルの上に置かれたサラダとグラスに水差し。
微かに香るカレーの匂い。
「ジャック出来たよ。」
遊星に言われて大人しくリビングに居たジャックは、ダイニング・ルームへと来る。
ランチョンマットの上に置かれたカレーライス。
初めて遊星に作ってもらったカレーライスの事を思い出しながらスプーンで掬い口に運ぶ。
やはり遊星の料理は、美味しいと感じた。